12.嫌な予感
「ルリエルちゃん、カーティス、こっちこっち」
ミランダが待ち合わせであるケーキ屋の前で手を振って合図している。
アドルフはその横で苦笑している。
いかにも女性が好みそうな可愛らしい外観で、お持ち帰りの人とカフェになっている店内で食べる人とで、二列に並んでいる。
カフェ利用の列には多くの若い女性たちが並んでいるが、ミランダが予約を入れていたので、直ぐに奥の窓際の席に案内された。
女性が多いと言っても、カップルやグループがいて、男性客も少ないながらいるにはいる。
それでも、アドルフはその容姿端麗さで群を抜いていて、周りの注目を集めていたので、窓際とは言え、奥に案内してされてルリエルはここなら落ち着いて食べれそうだと内心ほっとしていた。
一番人気だという季節のフルーツケーキを口に入れながら、今更ながらになんでこのメンバーでケーキを食べてるのか、前の席に座るミランダとその横に座るアドルフを見た。
美味しそうに目を細めてケーキを頬張るミランダは無邪気でいつもより幼く見える。
隣のアドルフに目を移すと、そんなミランダを微笑ましそうに見ている。
明らかにお邪魔なのは私たちよね。
チラリと横に座るカーティスを見ると、視線に気づいたのか目が合ってしまった。
カーティスはルリエルが何を考えているのか察したのか、苦笑いを浮かべた。
「そう言えば。ルリエルちゃんって子爵令嬢なんでしょ?来月の王家主催の夜会には行くの?」
ミランダはケーキを充分に堪能した後、ふと思い出したように言った。
「!?」
さっきその為のドレスを注文してきたばかりで、あまりにタイムリーな質問に、ルリエルは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになるのを何と堪えた。
ラグラン団長から何か聞いてるのかと、隣を見ても無表情で紅茶を飲んでいる。一緒に行く話をしていいのかどうか分からない。
「えっと…一応?」
ミランダとアドルフは微妙な言い回しのルリエルをちょっと不思議そうに見た。
「ミランダさんとアドルフさんは行くんですか?」
突っ込んで訊かれる前に話の矛先を変えようと二人に逆に質問する。
「私は夜会に出るような身分でもないし、治療院で急患に備えて待機よ」
「俺も警備だから、参加はしないよ」
アドルフは興味なさそうに、肩を竦めた。
しまった!
ルリエルは内心冷や汗たらたらだ。
アドルフは侯爵家の三男だから、参加してもおかしくないのだが、ミランダは商家の出だから、貴族が招待される王宮の夜会には参加することはない。
「二人ともお仕事なんですね。お疲れ様です」
余計なこと聞いちゃった。
「私たちのことはどうでもいいのよ。それよりルリエルちゃんの…」
ミランダが言いかけた時、コツコツと通りに面したすぐ横の窓ガラスを叩く音がした。
音のした方に視線を遣ると、緑色の小鳥が窓ガラスを突いていた。
普通の小鳥ではなく、魔法で飛ばす連絡鳥だ。
緑の小鳥は魔法師団で使われている緊急連絡用。
それを見ると、三人の表情が一気に引き締まった。
「店を出るぞ」
カーティスが立ち上がった。
飲みかけの紅茶をそのままに、急いで会計を済まし、店の外に出ると、カーティスの腕に小鳥が止まる。
その小鳥の足に括り付けられた手紙を外すと、小鳥はふわっと姿を消した。
「アルギナの森で魔獣が多数出没。冒険者が数名負傷しているらしい」
手紙を読むカーティスの表情は厳しい。
アルギナの森は王都から西に馬車で三時間程行った場所にある森だ。
「俺とアドルフはこのまま転移でアルギナの森に行くから、ミランダとルリエルは乗ってきた馬車で王宮に戻ってくれ。ミランダは念のため、治療院で待機して」
ミランダとルリエルが頷くと、いつの間にかローブを羽織ったカーティスとアドルフは目の前からすっと消えた。
「私、目の前で人が転移するの初めて見ました」
ルリエルは感嘆のため息を吐いた。
自分自身を転移させるのは、魔力が豊富で魔法の扱いが相当上手くないと出来ず、上級魔法師にしか使えないと言われている。
通常、魔獣討伐に行く時は騎士や他の魔法師が帯同する為、普通に馬で移動しているので、滅多にお目にかかれないのだ。
「緊急でしか使わないことになってるけど、実は内緒でカーティスとアドルフはよく使ってるのよ」
「そうなんですか!?」
驚いてミランダの方をがばっと振り返った。
「ルリエルちゃんは本当に魔法が好きなのね」
そのキラキラした目を見たミランダはふふふと笑って、馬車に向かって歩き出した。
「そう言えば、アルギナの森だって言ってましたよね。今まで魔獣がいるなんて聞いたことなかったんですけど、大丈夫ですよね」
ルリエルは王宮へと向かう馬車から外のいつもと変わらぬ賑やかな街並みと西の空に広がる黒い雲を見て、漠然とした不安を感じていた。
ブルーレの森も最近魔獣の活動が活発だし、あちこちで魔獣が増えてるのかもしれない。
「確かにアルギナの森で魔獣の話は聞いたことないけど…あの二人に任せておけば大丈夫よ」
ミランダが元気付けるように明るく言った。
「心配なら、治療院で一緒に連絡を待つ?あそこなら、真っ先に連絡が来るわよ」
「いえ、そんなお邪魔するわけには」
こんな時に迷惑はかけられないと慌てて遠慮しようとするルリエルをミランダが笑って引き止めた。
「大丈夫よ。私も連絡くるまで待機するしかないもの。暇だし、話し相手になってくれたら嬉しいくらい」
ルリエルは笑顔でぐいぐいくるミランダに、気がついたら連絡がくるまで治療院で一緒に待つことを了承させられていた。




