11.二人でお出かけ
翌々日、ルリエルは女子寮まで迎えに来たカーティスによって身柄を確保された上、馬車に乗せられ、あれよあれよという間に貴族令嬢御用達の王都で人気のドレスショップに連れられてきた。
「いらっしゃいませ。ラグラン様」
ドレスショップの店主とは知り合いなのか、カーティスを見ると、店の奥からすぐに飛んできた。
「本日はどのような物をお探しですか?」
落ち着いた感じの二十代の女性店主は尋ねながらも素早く物珍しそう店の中を見渡しながらカーティスの後ろに佇むルリエルに目をやった。
「彼女に似合うドレスを頼みたいんだが。一か月後の王家主催の夜会に間に合うようにできるか?」
店主の女性はカーティスの言葉に頷くと、ルリエルの方を見て微笑んだ。
「店主のケイトリンです。よろしくお願いします」
「ルリエル・ティールストンです。よろしくお願いします」
こんな高級ドレスショップに足を踏み入れたことのなかったルリエルは内心ワタワタとしながら、表面上はなんとか普通な顔をして挨拶を返した。
「オーダーメイドですと、比較的シンプルな物でしたら間に合うかと。それか既製品に手を加える程度でしたら割と早く仕上がりますよ」
「なるほどな。俺にはドレスのことは分からないし、任せるから彼女の希望を聞いてくれ」
「何かご希望はありますか?」
「えっと…」
カーティスとケイトリンと店員に見つめられて、ルリエルは冷や汗が止まらない。
ドレスなんてほとんど作ったことないんだから、何がいいかなんて分かるわけないでしょ…
高いのは知ってるけど、どれがどれくらいの値段かも分からない。
ラグラン団長にお金を出してもらうのに、勝手に高い物を選ぶのは気がひける。
「お任せします」
悩みに悩んだ末に丸投げすることにした。
「お任せいただけるんですか?それなら、今回はあまり時間もないことですし、既製品に手を加える形でよろしいでしょうか?」
「じゃあ、それでお願いします」
ルリエルが頷くと、ケイトリンと店員の女性は嬉しそうに次々とドレスを持ってきては置いていく。
え…どれも生地も滑らかで、いかにもお高そう。
お任せにしたから、高いのを持ってこられてる?
「お嬢様なら、どれもお似合いだと思いますが、瞳のお色にあわせてこちらなんてどうでしょう?」
ケイトリンが持ってきた中から、藍色のドレスを手に取った。
光沢のある生地にスカート部分には薄いレースが幾重にも施されていて、いかにもお高そうだが、派手すぎない上品なドレスだった。
「上半身に金糸のの刺繍を足して、レースをあと少し足すと更に華やかになりますよ」
すごく綺麗で素敵だけど、これは絶対お高い!
こんなの買って貰って大丈夫なの?
不安になるルリエルを他所にケイトリンたちは、是非とも試着をと試着室に押し込んだ。
「こんな高そうなドレス、私にはもったいないと思うんだけど」
店員たちに手早く採寸された後、藍色のドレスを着せられて、今まで着たことのない肌触りに慄いていた。
「好きな女性にドレスを贈るのも男の甲斐性ってものですから、気にしなくていいと思いますよ。ましてや今をときめく魔法師団長様ですからね」
ケイトリンが悪戯っぽく笑った。
「へ?いっいえ、違いますよ。頼まれただけで、そういう仲な訳じゃ」
好きな女性という単語にびっくりして、ルリエルが慌てて言いかけるものの、皆まで言うなというように
「そうでございますか。それでも、ラグラン様のパートナーとして、それなりの装いが必要かと存じますし、任せると仰っていたのだから、お言葉に甘えてもよろしいのではないですか」
笑顔で圧をかけてくる。
絶対誤解してると思うものの、確かに魔法師団長の隣に貧相な格好の女性がいたんでは、ラグラン団長の甲斐性がないと思われる可能性がある。
「そうですね。このドレスでいいかどうかはラグラン団長にお任せします」
色々考えて、やっぱりここはお金を出してくれるラグラン団長の考える通りにするのが一番だと結論を出した。
「では、サイズの調整は後でするとして、ちょっと見てもらいましょうか」
にこにこ顔のケイトリンに試着室を連れ出され、気がつくとカーティスの前に立たされていた。
「……」
ソファに座って待っていたカーティスは少し目を瞠った。
無言って怖い。
やっぱり、私には高級過ぎて似合わない?
「えっと、似合いませんか?やっぱり他の物を」
振り返ってケイトリンに他のにしてもらおうとすると
「いや、待て。よく似合ってるし、それにしよう」
カーティスが慌ててそれを止めた。
「では、先程言っていたように手直しの方もさせていただいてよろしいですか?」
「ああ、よろしく頼む。出来上がったらラグラン伯爵邸の方に届けてくれ」
ルリエルはカーティスがケイトリンと話を纏めるの戦々恐々見ていた。
ああー,本当に買っちゃったよ。
後で代金払えって言わないよね。
「ミランダたちとの約束までまだ時間があるし、どこか行きたい場所とかあるか?」
まだ待ち合わせの時間まで二時間ほどある。
「行くのはケーキ屋さんだし、軽く何かを食べませんか?」
丁度昼時だし、小腹が空いている。
「そうだな。何が食べたい?」
頷いたカーティスに尋ねられたが、ルリエルには一緒に街を散策するような友達もいなかったので、好きなお菓子のお店以外はどこにどんなお店があるか分からなかった。
「うーん…私、いつも食堂なんで、あんまり知らないんですよね」
「じゃあ、たまには屋台っていうのはどうだ?」
「屋台?面白そうですね」
ルリエルは屋台という言葉に目を輝かせた。
公園の近辺に賑やかな屋台が立ち並んでいた。
カーティスがその中から肉の串焼きを二本買って、一本をルリエルに差し出した。
「食べにくいかもしれないが、これがなかなか美味しいんだ」
「ありがとうございます」
ベンチに二人並んで腰掛け、ルリエルは熱々のお肉をはふはふとしながら齧り付いた。
貴族令嬢としては目も当てられないようなお行儀の悪さだけど、所詮底辺貴族だしね。
この串焼き、タレが甘辛くて美味しいわー
「すごく美味しいです」
満面の笑みのルリエルを見て、カーティスはクスリと笑った。
「タレがついてる」
口元を指差した。
ひっー
真っ赤になって慌てて口を手で拭う。
「こらこら、手でやるな」
カーティスはケラケラ笑いながら、ハンカチでルリエルの口元を拭った後、さっき口元を拭ってタレがついた手も拭った。
「すっすみません。ハンカチは洗って返します」
耳まで赤くしたルリエルは「いい」と言うカーティスから無理矢理ハンカチを奪った。
うー
恥ずかし過ぎるー
子ども扱いされた!
火照る頬を抑えながら、串焼きを食べる時はタレに気をつけようと心に刻むルリエルだった。




