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貧乏令嬢、魔法師団で働く  作者: 桃田みかん


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10/25

10.美味しいケーキが食べたい

「ルリエルちゃん、こっちこっち」

 ミランダが食堂の席を確保して、手招きしている。


 治療院で会ってから、ミランダは食堂でルリエルを見かけるたびに声をかけてくる。


「もう魔法師団での仕事には慣れた?」

 ルリエルがランチのトレーを持って、ミランダの前に座ると、早速話し始めた。

「はい、みんな親切にして下さいますし」

「それならよかったわ。魔法師ってみんなちょっと癖があるから、ルリエルちゃんが苦労してるんじゃないかと心配してたんだけど」

 ミランダがちょっと声を顰めた後、にっこり微笑んだ。


 最初は近寄り難い人かと思ったけど、ミランダさんって気さくでいい人よね。

 絶対、魔性の女っていう感じの見かけで損してる。


「美味しいケーキのお店があるんだけど、次のお休みの日にでも一緒に行かない?」

「美味しいケーキ!?」

 ルリエルの目がキラリと輝いた。


 ルリエルは甘いものに目がないのだ。

 節約生活の中でも甘いものだけは、唯一の癒しとしてある程度のお金をかけている。

 宝飾品より食い気なのである。


「行きます!」

 ミランダの手を取らんばかりの勢いで、返事をすると

「ミランダさんな次のお休みはいつですか。私は明後日が休みなんですけど」

 その次の休みはいつだったかと考える。


 そんなルリエルを見て、ミランダがふふっと笑い声を漏らした。

「ルリエルちゃんはケーキが好きなのね」

「ケーキだけじゃなく、他の甘いものも大体好きです」

 なぜか胸を張って答える。

「それはよかったわ。私も明後日は午後から休みだし、明後日に行くことにしましょう」

「うわぁ、すごい楽しみです」


 キャイキャイと二人で盛り上がっていると

「かわいいお嬢さんたちだけだなんて危ないし、僕も一緒に行きたいな」

 後ろから軽い感じの声をかける男がいる。


「アド。女友達の仲に,割り込まないで」

「別にいいじゃないか。変な男に絡まれたりして、もし何かあったら荒れ狂う奴がいるぞ。ねぇ、ルリエルちゃん」

 ミランダに睨まれても、アドルフは飄々としていて、最後にはルリエルに同意を求めた。


 荒れ狂う奴って誰?

 分からないけど、確かにミランダさんは色っぽい美人だから、変な男に絡まれるのは有り得そうよね。

 そうなった時に私では守ってあげることはできない。

 護衛代わりにこの人を連れて行った方がいいのかしら?


 チラリとアドルフを見る。


 二人は付き合ってるわけではないらしい。

 あんなに距離が近かったのに。意外だ。

 でも、ソリードさんはミランダさんのことが好きなんじゃないかな?

 ミランダさんによく絡みに来てるみたいだし。

 軽そうに見えて、結構一途?


 アドルフと言い合っているミランダを見る。


 仲は良さそうだし、嫌いってわけではなさそうよね。


「ミランダさんがいいなら、私は構いませんよ。変な人に絡まれるのは困るし」

「えー。折角女友達二人で楽しもうと思ってたのに」

 ミランダが不満そうに頬を膨らませた後、いいことを思いついたといったように目を輝かせた。


「それなら、ついでにもう一人連れてっちゃいましょう」

 ルリエルの方を向いたミランダは少し悪い顔をしていて、ちょっと身を引いた。


「ルリエルちゃん、お願いがあるんだけど」

 なんだか面倒臭いことになりそうな予感がして、ルリエルの顔が引き攣った。

「なんですか?」


「カーティスを誘っておいて欲しいんだけど」

「え!?ラグラン団長誘うんですか!?」

「ああ見えて、結構甘いものは好きだから大丈夫」


 ミランダさんはにこにこしながら言うけど、いやいや団長をケーキ屋に誘うなんてハードルが高すぎる。


「ルリエルちゃんはこの後、執務室でカーティスと会うだろうし、ついでにお願いね」

「ついでって…」

「そろそろ戻らないといけないから、よろしくね」

 ルリエルが戸惑っている間に、ミランダとアドルフは食べ終わった食器をもって去って行った。




 えー

 なんで私がラグラン団長をケーキ屋さんに誘うことに?


 午後からの仕事が始まり、書類を書きながらチラリとカーティスを見る。

 書類を確認してサラサラとサインをしている。


 いやー

 話しかけ辛い。


 悶々としながら仕事していると、カーティスが顔を上げてルリエルの方を見た。


「何か気になることでもあるのか?」

「えーと…仕事とは関係ないんですけど」

 気になるから話してみろと促される。


「明後日の午後、ケーキ屋さんに一緒に行きませんか」

 ルリエルが思い切って一気に言うと、カーティスは暫し瞠目した。

「ケーキ屋…」

「あっ、無理しないで下さい。ミランダさんと二人でケーキ屋さんに行こうと思ってたら、ソリードさんが女二人じゃ危ないから一緒に行くって言い出して。そしたら、ミランダさんがラグラン団長も誘おうって」

 言い訳がましく一気に捲し立てた後、そろそろとカーティスの様子を窺う。


「あ…ミランダか…なるほど」

 俯いてぶつぶつと言っている。

「あの、本当に無理しなくて大丈夫ですから」


「いや、まぁ、そういうことなら行くか」

 カーティスは思い切ったように顔を上げた。


「ところで、ルリエルに付き合ってもらいたいところがあるんだけど」

「どこですか?」

 首を傾げるルリエルを含みのありそうな笑顔を浮かべて見た。


「一か月後にある王家主催の夜会」

「え!?夜会?」

 思ってもいなかったことに目を瞬かせる。


「魔法師団長としてどうしても出席しろって言われてて」

 カーティスはため息を吐いた後、断るなよって圧を感じる目が笑っていない笑顔を向けてきた。

「今回はこの間の護衛の礼ということで、付き合ってくれ」


 夜会!?

 貧乏過ぎてデビュッタント以降参加したことがない。

 不安しかない。


「そういうのは、婚約者とか恋人にお願いするんじゃ」

「いたらルリエルに頼まない」


 そうですよねー

 この間の護衛の報酬だと言われたら、断れない。

 でも夜会に着ていけるようなドレスもないし。


「ドレスやなんかはこっちで用意するから」

「そんなに切羽詰まってるんですか」

「一人で行くと、色々面倒なんだ」

 カーティスが顰めっ面をするのを見て、なんだかまぁいいかと思えてきた。

 他に適当な人がいなかったとしても、私に貴族令嬢の振る舞いを期待されてるなら、一応言っておかないと。


「あの、私は一応子爵の娘ですけど、夜会には不慣れなので、ご迷惑をおかけするかもしれませんよ」

「大丈夫だ。俺がフォローするし、隣にいてくれればそれでいい」


「分かりました。護衛の報酬ですからお付き合いさせていただきます」

「そうか!よかった。じゃあ、ドレスを超特急で手配しないと。明後日は丁度休みだし、ケーキの前の午前中にお店に行こうか」

 カーティスはにこやかな顔をして言っているが、ルリエルはそこにすごい圧を感じてたじろいだ。


 流れるように一緒に夜会に行くことも、そのためにケーキ屋に行く前にドレスを見に行くことも決まってしまった。


 なんだか、最初から仕組まれていたかのようで、なんとなく腑に落ちないものの、美味しいケーキか食べられるなら、まぁいいかと無理矢理自分を納得させた。


 夜会のパートナーが決まって安心したのか、機嫌良さげに執務を熟すカーティスを横目で見て、息を一つ吐き出して、ルリエルも自分の仕事を再開したのだった。

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