10.美味しいケーキが食べたい
「ルリエルちゃん、こっちこっち」
ミランダが食堂の席を確保して、手招きしている。
治療院で会ってから、ミランダは食堂でルリエルを見かけるたびに声をかけてくる。
「もう魔法師団での仕事には慣れた?」
ルリエルがランチのトレーを持って、ミランダの前に座ると、早速話し始めた。
「はい、みんな親切にして下さいますし」
「それならよかったわ。魔法師ってみんなちょっと癖があるから、ルリエルちゃんが苦労してるんじゃないかと心配してたんだけど」
ミランダがちょっと声を顰めた後、にっこり微笑んだ。
最初は近寄り難い人かと思ったけど、ミランダさんって気さくでいい人よね。
絶対、魔性の女っていう感じの見かけで損してる。
「美味しいケーキのお店があるんだけど、次のお休みの日にでも一緒に行かない?」
「美味しいケーキ!?」
ルリエルの目がキラリと輝いた。
ルリエルは甘いものに目がないのだ。
節約生活の中でも甘いものだけは、唯一の癒しとしてある程度のお金をかけている。
宝飾品より食い気なのである。
「行きます!」
ミランダの手を取らんばかりの勢いで、返事をすると
「ミランダさんな次のお休みはいつですか。私は明後日が休みなんですけど」
その次の休みはいつだったかと考える。
そんなルリエルを見て、ミランダがふふっと笑い声を漏らした。
「ルリエルちゃんはケーキが好きなのね」
「ケーキだけじゃなく、他の甘いものも大体好きです」
なぜか胸を張って答える。
「それはよかったわ。私も明後日は午後から休みだし、明後日に行くことにしましょう」
「うわぁ、すごい楽しみです」
キャイキャイと二人で盛り上がっていると
「かわいいお嬢さんたちだけだなんて危ないし、僕も一緒に行きたいな」
後ろから軽い感じの声をかける男がいる。
「アド。女友達の仲に,割り込まないで」
「別にいいじゃないか。変な男に絡まれたりして、もし何かあったら荒れ狂う奴がいるぞ。ねぇ、ルリエルちゃん」
ミランダに睨まれても、アドルフは飄々としていて、最後にはルリエルに同意を求めた。
荒れ狂う奴って誰?
分からないけど、確かにミランダさんは色っぽい美人だから、変な男に絡まれるのは有り得そうよね。
そうなった時に私では守ってあげることはできない。
護衛代わりにこの人を連れて行った方がいいのかしら?
チラリとアドルフを見る。
二人は付き合ってるわけではないらしい。
あんなに距離が近かったのに。意外だ。
でも、ソリードさんはミランダさんのことが好きなんじゃないかな?
ミランダさんによく絡みに来てるみたいだし。
軽そうに見えて、結構一途?
アドルフと言い合っているミランダを見る。
仲は良さそうだし、嫌いってわけではなさそうよね。
「ミランダさんがいいなら、私は構いませんよ。変な人に絡まれるのは困るし」
「えー。折角女友達二人で楽しもうと思ってたのに」
ミランダが不満そうに頬を膨らませた後、いいことを思いついたといったように目を輝かせた。
「それなら、ついでにもう一人連れてっちゃいましょう」
ルリエルの方を向いたミランダは少し悪い顔をしていて、ちょっと身を引いた。
「ルリエルちゃん、お願いがあるんだけど」
なんだか面倒臭いことになりそうな予感がして、ルリエルの顔が引き攣った。
「なんですか?」
「カーティスを誘っておいて欲しいんだけど」
「え!?ラグラン団長誘うんですか!?」
「ああ見えて、結構甘いものは好きだから大丈夫」
ミランダさんはにこにこしながら言うけど、いやいや団長をケーキ屋に誘うなんてハードルが高すぎる。
「ルリエルちゃんはこの後、執務室でカーティスと会うだろうし、ついでにお願いね」
「ついでって…」
「そろそろ戻らないといけないから、よろしくね」
ルリエルが戸惑っている間に、ミランダとアドルフは食べ終わった食器をもって去って行った。
えー
なんで私がラグラン団長をケーキ屋さんに誘うことに?
午後からの仕事が始まり、書類を書きながらチラリとカーティスを見る。
書類を確認してサラサラとサインをしている。
いやー
話しかけ辛い。
悶々としながら仕事していると、カーティスが顔を上げてルリエルの方を見た。
「何か気になることでもあるのか?」
「えーと…仕事とは関係ないんですけど」
気になるから話してみろと促される。
「明後日の午後、ケーキ屋さんに一緒に行きませんか」
ルリエルが思い切って一気に言うと、カーティスは暫し瞠目した。
「ケーキ屋…」
「あっ、無理しないで下さい。ミランダさんと二人でケーキ屋さんに行こうと思ってたら、ソリードさんが女二人じゃ危ないから一緒に行くって言い出して。そしたら、ミランダさんがラグラン団長も誘おうって」
言い訳がましく一気に捲し立てた後、そろそろとカーティスの様子を窺う。
「あ…ミランダか…なるほど」
俯いてぶつぶつと言っている。
「あの、本当に無理しなくて大丈夫ですから」
「いや、まぁ、そういうことなら行くか」
カーティスは思い切ったように顔を上げた。
「ところで、ルリエルに付き合ってもらいたいところがあるんだけど」
「どこですか?」
首を傾げるルリエルを含みのありそうな笑顔を浮かべて見た。
「一か月後にある王家主催の夜会」
「え!?夜会?」
思ってもいなかったことに目を瞬かせる。
「魔法師団長としてどうしても出席しろって言われてて」
カーティスはため息を吐いた後、断るなよって圧を感じる目が笑っていない笑顔を向けてきた。
「今回はこの間の護衛の礼ということで、付き合ってくれ」
夜会!?
貧乏過ぎてデビュッタント以降参加したことがない。
不安しかない。
「そういうのは、婚約者とか恋人にお願いするんじゃ」
「いたらルリエルに頼まない」
そうですよねー
この間の護衛の報酬だと言われたら、断れない。
でも夜会に着ていけるようなドレスもないし。
「ドレスやなんかはこっちで用意するから」
「そんなに切羽詰まってるんですか」
「一人で行くと、色々面倒なんだ」
カーティスが顰めっ面をするのを見て、なんだかまぁいいかと思えてきた。
他に適当な人がいなかったとしても、私に貴族令嬢の振る舞いを期待されてるなら、一応言っておかないと。
「あの、私は一応子爵の娘ですけど、夜会には不慣れなので、ご迷惑をおかけするかもしれませんよ」
「大丈夫だ。俺がフォローするし、隣にいてくれればそれでいい」
「分かりました。護衛の報酬ですからお付き合いさせていただきます」
「そうか!よかった。じゃあ、ドレスを超特急で手配しないと。明後日は丁度休みだし、ケーキの前の午前中にお店に行こうか」
カーティスはにこやかな顔をして言っているが、ルリエルはそこにすごい圧を感じてたじろいだ。
流れるように一緒に夜会に行くことも、そのためにケーキ屋に行く前にドレスを見に行くことも決まってしまった。
なんだか、最初から仕組まれていたかのようで、なんとなく腑に落ちないものの、美味しいケーキか食べられるなら、まぁいいかと無理矢理自分を納得させた。
夜会のパートナーが決まって安心したのか、機嫌良さげに執務を熟すカーティスを横目で見て、息を一つ吐き出して、ルリエルも自分の仕事を再開したのだった。




