涙の卒業式
「収穫祭も終わったわね。今日は卒業式……この部屋ともお別れね」
三年間、お世話になった部屋を見渡す。
メアリーが、私が天狼星と籠っている間に、教科書やノートなど使わない物は運び出している。
残っているのは、暖炉の前のラグとベッドカバーと着替えだけ。
「ラグは、無いと寒そうなので……」
ふふふ、転生した頃のグレンジャー屋敷に比べたら、寮は暖かい。
メアリーが嘆くように狭いから、暖炉でぬくぬくなんだよね。
「確かに狭いかも?」
あの頃は、借りていた部屋と比べて、十分だと思ったんだよね。
今は、贅沢になったのかしら? でも、狭い部屋は、落ち着くね。
卒業式……学園長のスピーチがなるべく短いように! と祈ったけど、無駄だった。
卒業証書をもらう時は、かなり緊張したよ。私は、中等科二年だから、最後だったんだ。
勿論、最初は学生会長だったパーシバル。
知り合いの学生が一人ずつ卒業証書を貰っているのを見ているうちに、どんどん緊張してしまったんだ。
ここで、転けたら! とか悪いことばかり考えちゃったからね。
でも、転けずにちゃんと卒業証書を貰えた。ホッとしたよ。
パーシバルの卒業生総代のスピーチ、涙でよく見えなかった。
こんなに格好良いパーシバルが私の婚約者だなんて、夢じゃ無いのかしら?
転生したのも全て夢だったら……身震いしちゃったよ。
愛しい弟達と別れるなんて、絶対に無理! それにパーシバルと結婚するんだからね!
泣いていたはずなのに、拳を固く握っていた。
「ペイシェンス? 寮の皆に挨拶に行きましょう!」
パーシバルがエスコートしに来てくれた。暖かい手! 夢じゃない!
「ええ、女子寮の皆様に挨拶しますわ」
その間に、メアリーが全ての持ち物を馬車に運ぶだろう。
今日は、キャリーも連れて来ているので、ソファーを持ち上げてラグも丸めるのも手伝わなくて大丈夫。
通い慣れた特別室に行く。そこには、マーガレット王女だけじゃなく、リュミエラ王女、エリザベス、アビゲイル、リリーナがいた。
「「卒業、おめでとう!!」」
そんな事を言われたら、涙が出ちゃう!
「皆様、これからも友だちです。宜しくお願いします!」
女の子ってセンチメンタル! 一人が泣くと、全員に感染しちゃう。
「ええ、ペイシェンスとはずっと友だちよ!」
マーガレット王女とは、ソニア王国訪問が待っている。
「皆様、期末テスト頑張って下さい!」
「酷いわ!」
全員からブーイングが! そして、笑い合ってお別れした。
その方が良い!
「卒業パーティを忘れないでね!」とマーガレット王女。
「勉強会ですよ!」と言い返して、特別室を出た。
今回は、パーシバルとは別行動だ。私は、メアリーとキャリーと馬車で屋敷に帰る。
私は、これからしなくてはいけない事を考える。
先ずは、ソニア王国訪問の準備!
王妃様や同行するベネッセ侯爵夫人と、色々と話し合って準備しなくちゃいけない。
ドレスや高価な装飾品は、先行してソフィアの大使館に送る。
だから、旅行中のドレスや装飾品は、別に用意しなきゃいけない。
メアリーが「仮縫いをしなくては!」と手ぐすね引いている気がするよ。
でも、絶対に領地にも行かなきゃ! ずっと行けていないんだもの!
ワインの蔵出しも行けなかった。
卒業式で泣いている場合ではない。伯爵領地の問題も解決できていない。
リリーナの父親、クラリッジ伯爵との面会、要件は何だろう?
パーシバルは、多分、貴族主義者の領地を拝領して欲しいと頼むのでは? と難しい顔をしていた。
私も、それは気が重い。
実地を見ていないけど、納税もできなくて国に返還した領地、荒れている気がするんだもの。
それに、マーガレット王女の元学友の領地なんて! 関わりたくない!
これも、大人と相談してからだ! うちのお父様は……こういった事は、役に立たない。
モラン伯爵? 凄く今は忙しそうだけど……ノースコート伯爵? やはり親戚に相談しよう!
また領地が増えたら、人材を譲って貰わないといけないのだ。
幸い、グレンジャー子爵家には、頼りになる親戚も多い。
「あっ、パーシバル様との婚約パーティ……これも話し合わなきゃいけないのね!」
メアリーが初耳だと、驚いている!
「婚約パーティは、来年だと言われていましたよね?」
ガバっと詰め寄られた。
「ええ……まぁ、今夜にでもモラン伯爵家に行って、相談することになるわ」
あああ、メアリーの目が燃えている! 婚約パーティのドレスを作らなきゃいけないみたいだね。
ソニア王国訪問の為に、いっぱいドレスを新調したから、その中の一枚で良いと思うんだけど……メアリーを説得する時間が勿体無いから、作ろう!
ふと、馬車の窓から冬の灰色の空を見上げた。南の大陸は、夏の太陽が輝いているんだろうな。
「天狼星、元気に竜討伐しているのかしら?」
こんな事を思うだなんて、天狼星が怪我したんじゃないよね?
一度、気になると、心配になる。ゲイツ様が一緒なのだから、大丈夫! と自分に言い聞かせる。
涙の卒業式の余韻なんか、もう何処にもない。
でも、領地の件も、天狼星の心配も飛んでいっちゃう。
馬車が付いた途端、玄関からヘンリーが飛び出して来たんだ!
「お姉様、卒業おめでとうございます!」
私は、お淑やかさを投げ捨てて、馬車から飛び降り、ヘンリーを抱きしめた。
「ヘンリー、ありがとう! 良い子にしていましたか?」
ああ、王立学園を卒業したのだ! 愛しいヘンリーを抱きしめた時、実感した。
第一部 完
『異世界に転生したけど、生活魔法しか使えません』
書き始めた時、ペイシェンスが王立学園を卒業した時を終わりにしようと考えていました。
でも、書き残した事がいっぱい! 二部は、ソニア王国訪問、ロマノ大学入学、あああ、竜の問題も!
これからもペイシェンスの物語を宜しくお願いします。




