暇なようで、暇じゃない
天狼星がいるので、寮には行けない。
屋敷でいつも一人っきりのヘンリーの相手ができるのは良いのだけど、余計なゲイツ様が居座っているのが癇に障る。
パーシバルは、午前中は一緒に居てくれたのだけど、午後からは授業だ。
それに、下級官吏の試験を受けるので勉強もしなきゃいけないし、他国の王族のお世話係を継続中。
「モラン伯爵って、人当たりの良い優しい小父様に見えるけど……そんな人が外務大臣なんてできるわけないわよね」
息子のパーシバルの能力を見極め、こき使っている。そう言えば、何年か後には義理の娘になるんだ。気をつけなきゃ!
うちの父親の従兄弟だけど、あちらは世慣れた外交官だ。
義理の親として、立てなきゃいけない所もあるだろうけど、パーシバルみたいに外国の王族の世話係とか押し付けられないようにしないとね!
だって、私って押しに弱いじゃない! 今も、応接室で天狼星とぬくぬくしているゲイツ様! いい加減、屋敷に帰るか、魔法省に行って欲しい。
私は、寮には行かないけど、暇じゃないんだ。
領地からの報告書、それに特産品店の報告書をチェックしなきゃいけない。
それは、まぁ、しなきゃいけない事だし、良いんだよ!
でも、ソニア王国行きで、メアリーが張り切っちゃって!
いつもは寮だから、ドレスの仮縫いとかも週末だけなのに、屋敷にいるもんだから圧が強い。
この点は、ゲイツ様が居座っているから、仮縫い地獄から免れているのかもね。
図々しいお客様だけど、一応、身分も侯爵だし、王宮魔導師様だから、私が応接室でもてなしている感じなんだ。
メアリーは、やきもきしながら、隅の椅子に座って小物に刺繍をしている。
前みたいに、お客様の前でシャツの繕いをしなくても良くなったんだ。
縫い子を沢山雇った時は、失敗したかなと思ったけど、領地の兵や使用人の服も縫わなきゃいけないから、結果的には良かったよ。
ホテルの使用人の制服も、かなり格好良いんだ!
報告書を読んで、あれこれ指示を書いたら、他の手紙への返事だ。
伯爵に陞爵したお祝いの返事になるから、ほぼ定型文。でも、友だちには、もうちょっと砕けた感じも付け加える。
マーガレット王女からは、ソニア王国へ行く不安と期待が満ちた手紙。勿論、パリス王子への恋心もたっぷりと書かれている。
これには、私も同行するから、花の都ソフィアが楽しみだと不安を解消する方向で書くけど……彼方の王宮は冷め切っていそうなんだよね。
そこに嫁ぐマーガレット王女が、どれほど不安か、パリス王子は分かっているのかな?
あとで、パーシバルと話し合おう!
エリザベスやアビゲイルは、陞爵のお祝いと、寮に戻らないのかと質問。
寮には、行きたいけど、今は無理だと事情を説明しておく。フェンリルを知らない二人に何処まで理解して貰えたかは分からないけどね。
まぁ、マーガレット王女は、大きくなった天狼星を見ているから、説明してくれるでしょう。
討伐に参加した人達からも、陞爵のお祝い。これは、ほぼ定型文で済ませちゃった。
各国の王子達は、スレイプニルが欲しいって期待が陞爵のお祝いの手紙の裏から透けて見えているけど、何頭かは残して貰うけど、後は王家に丸投げする予定。
それをやんわりと書いておく。後は、各自で陛下と交渉するんじゃないかな?
そして、ワイバーンを、親戚や美麗様に配る手配もする。
肉だけあげるわけにいかないから、短い手紙も書かなきゃいけないんだよね。
本当に、書道を習わない令嬢達、どうするつもりなの? そっか、そんな事をさせる秘書を雇うのかもね。
私は、自分で把握しておきたいタイプなので、パーティの招待状とかは家政婦に任せるけど、手紙の返事は任せっきりはできない。少なくとも今のうちはね!
「手紙の返事は書き終えましたか?」
そう言えば、ゲイツ様を放置していたね。
「ええ、そろそろお茶にしましょう!」
何十通も書いて、流石に疲れたよ。これを届けるメアリーとキャリーも疲れるだろうけどね。
「それで、パーシバルと伯爵領について考えられたのですか?」
それ、大問題なんだ! 空いている領地はあるけど、今のハープシャーとグレンジャーとは離れている。
「それが……まだまだ領地の開発途中ですし……」
マナー違反だけど、つい溜息が出ちゃう。
「領地を貰うのは後にして、俸給にしてもらっても良いのですよ」
香りの良いお茶とチョコレートケーキを食べながら、ゲイツ様のアドバイスだ。
ケーキが気に入ったみたいなので、銀の鈴を鳴らして、お代わりを出させる。
「それ、詳しく教えて下さい!」
お父様は、こっち方面は頼りにならないからね。
「法衣貴族と同じですが、限定的なのが違いますね。幼い王族が公爵になった時に、例外的に取られる措置です」
幼くても、親が急に崩御して兄弟が王位に就き、公爵になる場合もある。
そんな時に、領地を管理する体制が整うまで、生活を維持する俸給を出すって感じみたい。
「でも……いつかは、領地を決めなくてはいけないのですよね?」
当たり前だと肩を竦められた。
「ペイシェンス様は、お忘れでしょうが、流行り病の時の貢献は、侯爵位に値しますよ」
うん? ゲイツ様は? との疑問が顔に現れていたみたい。
「私の場合、もう侯爵ですし、王宮魔導師としての俸給も頂いています。これ以上の領地を貰っても迷惑だと陛下には辞退しています」
それ、真似したいよ! でも、それが成せるのはゲイツ様だからなんだよね。
陛下も面子があるから、褒美を取らせないわけにはいかない。
「ああ、それにそのうち近くの領地が空くかもしれませんよ」
ゲッ、考えたくなかったけど、元マーガレット王女の学友の侯爵家の領地が近くにあるんだよ。
直接は、領地が接していないから、ホッとしていたんだ。
「そこは、遠慮したいです」
貴族主義者の領地って、搾り取られているイメージ。長年、領主不在だったグレンジャーみたいな荒れ方はしていないだろうけど、より民の意欲がない感じ。
「私の近くの領地を空けましょうか?」
それって怖い! どうやって空けるの?
「別に殺したりしませんよ。他の領地に移って貰うだけです」
それが可能なら、グレンジャーやハープシャー近くの領地にしたいけど、ノースコート伯爵領は親戚だし、モラン伯爵領も縁戚なんだよ。この手は打てない。
「ふむ、北なら空いていますが……」
ゲイツ様もだけど、私も寒いのは苦手! できれば南の方が望ましい。
香辛料とか南のフルーツ栽培もできるかも知れない。でも、それは皆が同じ意見みたいなんだよね。空きはない。
「パーシー様ともっと話し合ってみますわ」
これ、重要! だって、四年後には結婚するんだもの! きゃぁ、顔が赤くなっちゃう。




