交渉開始
伯母様の笑顔は、マーガレット王女より怖くない。そしてビクトリア王妃様の足元にも及ばないよ。さぁ、交渉開始だ。今回の目標はナシウスの制服とポニーだ。
「ペイシェンス、貴女は何故王子様のみならず王女様までも寮になど入らせるのか知らないかしら」
その寮になどに入っているのですが……まぁ、私も馬がいたら入らなかっただろうし、意味不明だよね。
「さぁ、マーガレット王女様は父上に命じられたと仰っていましたわ」
側仕えとして知った情報を易々と外に流すのは駄目だけど、これはあちこちで話されているから大丈夫だ。キース王子なんか学友達に盛大に愚痴っているもん。マーガレット王女が朝寝坊だとかは絶対に言わないよ。口チャックだ。
「まぁ、陛下が……では、ビクトリア王妃様が決められた訳ではないのですね」
それも知らなかったんだね。でも、交渉するには相手を知らなくてはいけない。私は全くモンテラシード伯爵夫人の事を知らないのだ。こんな時は相手に教えて貰おう。幸い、伯母様はお喋りだからね。
「伯母様のお孫様のアンジェラ様はジェーン王女様と同じ年なのですね。ではナシウスとも同級生になるのね。宜しくお願いしておきます」
あっ、伯母様の目が泳いでいる。ナシウスの事なんか忘れていた? 自分の実家の嫡男だよ。
「ええ、勿論ですわ。ラシーヌには従兄弟になるのですもの。アンジェラに仲良くするように言って聞かせると思うわ」
ラシーヌはサティスフォード子爵家に嫁いでも実家の母親と繋がっているんだね。前世によくいた双子親子かな?
「ありがとうございます。私は伯母様のモンテラシード伯爵家についても、従姉妹の嫁いだサティスフォード子爵家についても何も知らないのです。教えて下さると光栄ですわ」
モンテラシード伯爵家に嫁いだのはアマリア伯母様の誇りだ。なので、気分良くペラペラと30分ぐらい話してくれた。あっ、隣で父親が居眠りし始めている。ちょっとお説教モードは避けたいので、肘で起こしておく。
「モンテラシード伯爵家の領地はロマノの北東部に広がり、とても風光明媚なのですよ。そうね、ペイシェンスも一度訪ねていらっしゃいな。貴女の従兄弟のルシウスが領地経営を学んでいるのよ。それにロマノには第一騎士団に入ったサリエスもいるわ。是非、一度屋敷にいらしてね」
2人も男の子がいるならナシウスの制服をゲットしたいな。先ずはそれを第一目標にしよう。
サティスフォード子爵家は南部の港街を治めているから、結構内情は裕福みたい。そこが気に入ってラシーヌを嫁入りさせたみたいだね。お金持ちの親戚は大歓迎だよ。
「本来ならラシーヌを伯爵家か侯爵家に嫁がせたかったのよ。でも、生憎と年頃の合う嫡男はいなくて、次男に嫁がせても意味はないでしょう。サティスフォード子爵はとても誠意ある対応をして下さるけど、孫娘のアンジェラがジェーン王女の学友になるには少し家柄が……ねぇ、わかるでしょ」
伯母様の実家も子爵家だと忘れているんじゃないかな? まぁ、モンテラシード伯爵家に嫁いで、伯爵夫人だと煽てられ慣れてしまったのだな。そろそろ交渉開始だ。そうしないと父親が寝てしまう。
「あら、お茶が冷めてしまいましたわ。申し訳ありません」
テーブルの上の銀の鈴を鳴らす。よく売らずに残っていたものだよ。執事のワイヤットが応接室に入って来る。
「お茶が冷めてしまったわ。ああ、伯母様と私にはローズヒップティーをお願いするわ。それとクッキーもね」
あまり高くない茶葉の紅茶よりローズヒップティーの方が美味しい。それにクッキーの甘さがよく引き立つからね。(家のクッキーは砂糖ザリザリじゃない)
お茶が運び込まれるまで、少し雑談をして過ごす。
「ローズヒップティーとは聞き慣れませんわ」
まぁ、普通の貴族なら高級な茶葉を買えるから、庭の薔薇の実を採って飲んだりしないだろうね。
「あら、伯母様はご存知無いのですか? ローズヒップティーは酸っぱいですが、美白効果があると女学生の中では有名ですのよ」
美白効果に伯母様は飛びついた。シミは女性の悩みだもんね。
「まぁ、ペイシェンスは物知りなのね」
これで酸っぱいお茶に文句はつけないだろう。
ワイヤットがローズヒップティーとクッキーをテーブルに置く。
「このお菓子は見慣れませんわ」
そりゃ、砂糖ザリザリのケーキ擬きじゃないからね。
「ええ、夏の離宮で王妃様の料理長から頂いたレシピで作らせましたの」
本当は反対に教えたんだけど、箔が付くからね。
「まぁ、ペイシェンスは夏の離宮に招かれたのですか? それにレシピまで頂いたのですか?」
やはり王妃様のご威光は凄いね。クッキーをありがたそうに食べている。
「美味しいわ! ウィリアム、貴方ときたら一度も出してくれなかったのね」
実家の弟には容赦ないね。でも、今は伯母様には別の目標があるんだ。
「夏の離宮にはジェーン王女様もいらしていたのでは?」
餌に引っかかったよ。男子の制服とナシウスの為にポニーが欲しいんだ。レンタルでも良いよ。むしろ、レンタルが良いのかも。飼葉代が浮くからね。
「ええ、いらしていたわ。でも、マーガレット王女様とは違うタイプの王女様でしたわ」
きっと伯母様はマーガレット王女が音楽好きだとの情報で、孫娘のアンジェラにも音楽をみっちりと練習させているはずだ。貴族の令嬢としての嗜みだもんね。
「違うタイプなのですか? では、音楽好きでは無いのね」
そうそう、違うタイプなんだよ。まだ誰も知らない情報だよ。まぁ、ご学友達と遊びだしたらすぐに価値が無くなる情報だけどね。
「ええ、ジェーン王女様はとても活発で水泳や乗馬がお得意ですわ。特に乗馬はユージーヌ卿をお供に遠乗りをなさっていたわ」
王妃様だけでなくユージーヌ卿も出したよ。姑息な女と言われても良いもん。
「まぁ、ユージーヌ卿と……」
女の人ならユージーヌ卿を一目見たら誰でも憧れるよね。あっ、伯母様の目がハートだよ。
「私にも乗馬を勧められましたが、馬は怖くて、ポニーから練習いたしましたの。ナシウスは勉強は大好きですが……」
あっ、伯母様の目が父親に向く。悪口タイムだね。
「それはいけないわ。ウィリアムも勉強はできましたが、運動はサッパリでしたもの。いくら法衣貴族で領地を持たないからと言っても限度があります。ナシウスには貴族の子息としての嗜みが必要です」
自分に飛び火して冷や汗をかいている父親には悪いが、馬や剣を教える家庭教師が居ないのは無職のせいだから我慢して貰おう。
「そうは言うけど……」反撃しようとしたら姉の怒りを買うよ。
「まぁ、ではウィリアム。お聞きするけど、ナシウスに乗馬や剣術などの修練をおこなっているのですか?」
たじたじの父親が「下男のジョージが剣術を……」と言ったものだから、火に油を注いだ。
「剣術の家庭教師を雇えないなら、貴方が教えるべきですわ。それすらしていないとは。このままではナシウスは王立学園で大恥をかいてしまいます。それにアンジェラの評判にも影響するかもしれません」
怒る伯母様のお説教を父親と2人で「ごもっともです」と殊勝に受けた。
「アンジェラの乗馬教師を週に2日此方にも来させましょう。下の子にも受けさせなさい。それと剣術の教師はサリエスを非番の時に来させます。従弟が不甲斐ないのはあの子の恥にもなりますからね」
長いお説教に耐えたお陰で乗馬と剣術はどうにかなりそうだ。後は制服だ。
「まぁ、従兄のサリエス卿にお会いできるのは楽しみですわ。王立学園をご卒業されて第一騎士団に入られたのですよね。家には男子用の制服や剣の練習用の木剣や防具もありませんの」
あっ、伯母様の怒りが燃え盛る。
「ウィリアム、本当に再婚しなさい。こんなに子供を放置しているなんて。王立学園の制服のお古は沢山あります。それと子ども用の木剣や防具もお古ならあげますよ」
やったね! これで目標は達成だ。あっ、横の父親から恨みがましい視線を感じるけど、無職なのが悪いんだよ。裕福なサティスフォード子爵家で経理かなんかの職に就けないかな?
それと父親が免職になった理由の一部が分かったよ。カッパフィールド侯爵と揉めたみたいだね。まぁ、子爵家なんて吹き飛ばされたんだろう。誰か詳しい事情知らないかな?