フェンリルだぁ!
王都近くになったら、パレードの為に隊列を整える。
「ああ、メアリーはこのままゲイツ様の馬車で屋敷に戻ってね」
王宮までのパレードにメアリーは不参加だ。羨ましいよ。
北の門から王宮までの距離が短いだけが安心材料。南門から王都縦断とかは無理だからね。
「天狼星、これから王都をパレードするのよ」
パレードの意味が通じるかな? 首を捻っている天狼星。可愛いから抱きついちゃう。
首を抱きしめたまま、目を見て言い聞かせる。
「人が天狼星を見に集まってくるの。だから、行儀良くしてね!」
「ワン!」『わかった!』
「良い子ね!」
わしゃわしゃ毛皮を撫で撫でしておく。
「ペイシェンス、そろそろ降りて……皆が待っているよ」
ああ、しまった! 天狼星待ちなんだ。
パーシバルが素早くエスコートしてくれるので、馬車からもスムーズに降りれる。
パレードだからと、メアリーが張り切って髪に緑のリボンを編み込んでいる。魔物討伐なのにリボンを鞄に入れてきたメアリー。侍女の鑑だよ。
ただ、黒の乗馬服の上にダウンコートなのが、メアリー的には不満みたい。
ゲイツ様以外は、上等な外套やマントだけど、私は寒いのが苦手。閲兵式までに凍えちゃう。
なんと、今回は北の門でトイレ休憩もできた。良かった!
去年は、馬の王で走ったから、閲兵式の間、トイレに行きたいのを我慢していたんだ。
今年は、馬車だし、もふもふ天狼星の毛皮に足首まで入れていたから、大丈夫だったけど……一応、行っておこう。
天狼星関連で長くなりそうな予感がするからね。
パレードの先頭は、旗を持った騎士! その次は……リチャード王子と私なんだよねぇ。できれば、リチャード王子と第一騎士団長になってもらいたかった。
パーシバルとゲイツ様と第一騎士団長がすぐ後ろにいるから、何かあっても大丈夫だと信じたい。
馬の王に乗る前に、もう一度天狼星に「大人しく横を走ってね!」と言い聞かせる。
それと、やはり本来の大きさの天狼星でパレードするのって、見物客が騒ぎそうで不安。
「大きくなって!」
でも、今のままでは大型犬だから、フェンリルをテイムしたと徹底したいのなら仕方ない。
「ワン!」と一吠えしたら、みるみる間に天狼星が大きくなる。
「門を通れるかしら? 大丈夫そうね」
ふぅ、それより神経質になっている馬の王と金の鬣を宥めなきゃ。
「天狼星は二度と馬の王や金の鬣を襲ったりしないわ」
馬の王の首を優しく叩きながら言い聞かせるけど「ヒヒヒン!」『馬鹿狼だ!』って態度。
こうなったら、ご褒美作戦に変更するしかない。
「良い子でパレードしてくれたら、美味しい物をあげるわ! 金の鬣もよ!」
「「ヒヒヒン!」」『『わかった!』』
金の鬣に乗っているパーシバルが笑いを堪えている。
「ペイシェンス様が餌付けしたのなら、大丈夫でしょう!」
ゲイツ様、口に出さないのが大事なんだよ!
「それでは、出発だ!」
ほら、リチャード王子はできた人だから、余計な事は口にしないじゃん。
北の門を潜ると、わぁ、すごい観衆だ。ワイバーンを討伐したのを知って、見に来たのかしら?
「おおお、フェンリルだぁ!」
「大きいなぁ!」
あっ、そっちの噂、早いね!
「天狼星、良い子にしてね!」
あまりの歓声の大きさに驚かないか心配になる。
「ワン!」『わかっている!』
天狼星は、歓声に驚くどころか、喜んでいるみたい。
ただ、フェンリルが喜ぶとスレイプニルや戦馬は怯えちゃうんだよね。
私は馬の王を宥めるのに必死! パーシバルも野生だった金の鬣を制するのに苦労しているし、リチャード王子や第一騎士団長もスレイプニルが神経質になっているので、手綱を引き締めている。
歓声の殆どは、フェンリルに向けてだったけど、8本脚のスレイプニルや他のスレイプニルも注目されたよ。
特に馬の王は、とても綺麗なスレイプニルだからね。
そして、今度のスレイプニルのリーダー金の鬣も金色の鬣がキラキラで綺麗!
私がパレードしないなら、見る価値があると賛成できる。
「わぁぁ、ワイバーンだ!」
後ろから、荷馬車二台を繋げた上にワイバーンが載せられてパレードに参加する。
ワイバーンを見た観衆からは、拍手が巻き起こる。
それにリチャード王子は、手を振って応えているけど、私は馬の王から落ちないように必死。
「ヒヒヒヒン!」『落とさない!』
馬の王の首を撫でておく。信じているからね! 私の乗馬術は信じられないけどさ。
後ろからも黄色い歓声が上がっている。今回のパレードには、飛行隊に参加したメンバー、アルーシュ王子、ザッシュだけじゃなく、何故かパリス王子、キース王子、オーディン王子も連なっているんだよね。
見た目が良い王子達は、ロマノの女の子達から大歓迎を受けている。それに、手を振って応えるから、キャーキャー煩いぐらい。
私は、馬の王にこれ以上の刺激は与えてほしくないよ。
やっと王宮に着いて、ホッとする。パーシバルが、素早く金の鬣から降りて、その手綱を騎士に渡してから、私を抱き下ろしてくれる。
普段は、私だってエア階段で降りれるし、馬の王が気を効かせて跪いてくれる時もあるけど、横に天狼星がいるからね。
「フェンリルだぁ!」
王宮の前の広場でも、初めて見るフェンリルに驚きの声が上がる。
「ペイシェンス、さぁ、前に出よう!」
リチャード王子に促されて、渋々、前に出る。
馬の王の手綱は、パーシバルが金の鬣の手綱と共に持っていてくれる。
他のスレイプニルの何頭かは王家に譲って、他の貴族や騎士に分配して貰っても良いけど、金の鬣はパーシバル用に置いておきたいんだ。
だから、所有権は主張しておいた方が良いと言うゲイツ様の珍しく役に立つ助言に従うよ。
いや、ゲイツ様の助言は役に立つ場合が多いかも? ただ、迷惑を掛けられる事も多いからさぁ。
ああ、階段の上の国王陛下、困った顔で天狼星を見ている。
いや、私を困った顔で見ているの? マジ?
リチャード王子、私、第一騎士団長、ゲイツ様、パーシバル、アルーシュ王子が前列。
サリンジャーさん、サリエス卿、ユージーヌ卿、ザッシュが二列目。
飛行隊に参加した上級王宮魔法使い、第一騎士団の騎士達が三列目。
騎士達は、それぞれの愛馬と共に今回捕獲したスレイプニルの手綱も持っている。
キース王子、パリス王子、オーディン王子は、スレイプニルや戦馬を預けて、階段の上の王族席に加わる。
ワイバーン戦に参加していないから、本来はパレードもしなくても良い立場だからかな?
「今年の冬の魔物討伐に参加した全員に感謝する。特に、ワイバーンの脅威から我が国を護ってくれたメンバーには、あとで褒美を取らそう!」
ここまでの国王陛下の言葉には、全員が頭を下げて聞いていた。
「ペイシェンス・ハープシャー子爵、この度は伝説のフェンリルを従魔とした報告を受け、驚きを禁じ得なかった。だが、この目で見て感動が止まらない」
うっ、この流れは嫌な予感しかしない。
「ペイシェンス・ハープシャー子爵を伯爵に陞爵して、その名誉を讃えよう!」
やはり! 困ったけど、断ることはできない。
それに、横のリチャード王子と第一騎士団長から、強い圧力を感じる。
「跪きなさい」小声で第一騎士団長から指示される。
私が跪くと、国王陛下が前に来て、剣を肩に置く。
「ペイシェンス、我が国の伯爵として、国に尽くしてくれ」
これは応えが決まっている。
「はい、国に尽くすと誓います」
やっと、ハープシャーとグレンジャーの領地の開発の目処がたったばかりなのに……泣きたい気分だよ。




