問題児? ✳︎国王陛下視点
✳︎アルフレッド国王視点です✳︎
ふう、冬の魔物討伐からのリチャードの報告書を読んだ私は、大きな溜息をついた。
目の前にいるピッツ宰相は、ワイバーンの脅威が去ったのに、何の急報なのか心配そうに執務室に駆け込んで来たのだ。
「陛下……リチャード殿下から何の報告でしょう。また、ワイバーンですか?」
ドラゴンの脅威を知っている数少ない宰相は、胃が痛そうに無意識に腹に手を当てている。
「いや、ワイバーンは無事に討伐したが……」
ちょっと言い出しにくい。
「何かゲイツ様が?」
王宮魔法師としての腕前は、宰相も認めているし、ドラゴン対策も我国の要だと、信じてはいるが、ゲイツとの相性があまり良く無い。
まぁ、気儘なアイツと相性が良い官僚などいないのが実情だ。サリンジャーがいなければ、魔法省は瓦解していたな。
「いや、今回は……ペイシェンス・ハープシャー子爵だな」
おおっと、ピッツ宰相が一歩後ろに下がった。
コヤツは、ペイシェンスのやらかしの一部を知っているからな。流石に浄化の魔法陣を作ったのは話してはいないが、流行病の時にゲイツに手を貸したのを察している。
ボンクラな魔法大臣は、それも気づいていない。アイツが魔法大臣で良いのか? 凄く不安になる。
「昨年は、多くのスレイプニルを捕獲してくれましたが……今年は?」
恐る恐る尋ねてくる。聞きたく無いのだろうが、宰相として知っておかなくてはいけないと覚悟を決めたようだ。
「ああ、去年のスレイプニル捕獲の原因でもあるフェンリル、銀ちゃんが来たみたいだ」
ゲッという顔をして、二歩後ろに下がった。
銀ちゃんという気の抜けるフェンリルの名前は、この一年、王国の重要機密話題になっているのだ。
「もしかして、銀ちゃんがワイバーンを我国に送り込んだのですか? 雪狼を多く討伐した腹いせでしょうか?」
青褪めた顔のピッツ宰相に「まぁ、まぁ、落ち着きなさい」と椅子を勧める。
気絶して、頭を打ったら困るからな。我国は、今、とても縁談が混み合っていて、モラン外務大臣と共にピッツ宰相にも頑張って欲しいから。
「陛下……何なのでしょう?」
椅子を勧められて、座ってから怪訝な顔をする。
いや、執務室で話し合う時、私は部下を立たしたままではいないぞ!
「リチャードの報告によると、今年もスレイプニルの群を確保したそうだ」
パッとピッツ宰相が微笑む。スレイプニルを欲しがる貴族の盾になって、かなり苦戦したからだ。
なるべく、雌馬は王家に残して、馬の王の繁殖相手にしたいと考えたので、凄く大変だった。
「それは嬉しいです。うっ、またデーン王国が欲しがったりしないでしょうか?」
ああ、あのスレイプニル愛の激しいデーン王国には、私もうんざりだ。
ジェーンの縁談が無ければ……いや、岩塩の件や鉱山の案件もあるから、あのスレイプニル馬鹿王との縁を切れない。
「いや、今回はそれは無いだろう」
怪訝な顔をピッツ宰相がする。喜ばしい報告じゃないか! とこれからの難しい報告の前に良い事から告げたのに、用心深い性格が宰相向きなのは分かっているけど、より話し難くなった。
「陛下!」
コイツの青褪めた顔。ううん、そろそろ引退させる時期なのか? でも……縁談外交の後ろに、慎重なピッツ宰相に控えておいて欲しい。
「何故なら、今回のスレイプニルの群れは、ペイシェンスが銀ちゃんに頼んだからだ。フェンリルのプレゼントをデーン王国が横から奪ったら、報復が恐ろしいだろう」
やっと一部が言えた。宰相は、口をパクパクさせている。
「私は……ベネッセ侯爵に宰相の座を譲りたいと思います!」
おぃ、おぃ、それはリチャードが王位に就いてからの話だろう。
伯父が宰相として、若き国王を支えるのは伝統としても相応しい。
私も、王位に就いた時、母方の身内から宰相を立てた。まぁ、祖父は私に甘くて、若き理想主義を押さえきれず、失脚したのだ。
そこで、皆の合意が得られて、慎重派の今のピッツ宰相が選ばれたのだ。
ここは、国王の威厳を発動して「駄目だ!」と却下しておく。
それと、これからもっと重要な話をしなくてはいけない。
「ペイシェンスが銀ちゃんをテイムした。名前は天狼星と付けたようだ。銀ちゃんでは、会議でも何となく気が抜けていたからなぁ」
ピッツ宰相も『銀ちゃんですか?』と嫌そうだったから、喜ぶんじゃないかと思ったが、椅子から転がり落ちた。
やはり、座らせておいて正解だな! 気絶したけど、怪我は無さそうだ。
確かに、宰相はもう少しゲイツやペイシェンスを押さえられるベネッセ侯爵に交代した方が良いのかもしれない。
ベルを鳴らして、気付薬を持って来させる。ドラゴンが飛来したら、このピッツ宰相では、身が持たないかもしれない。
国内バランスの舵取りは上手く、貴族主義者を少しずつ切り取ってくれたのだが、荒波には弱そうだ。
ペイシェンスがゲイツより問題児になるとは、あの夏休みに出会った時は考えもしなかったなぁ。
ユリアンヌに似たお淑やかな令嬢が第一印象だったが……まぁ、二年目の夏休みにかなりやらかしたから、評価は変えたけどな。
私の失策のせいで苦労をかけた親友の娘。アヤツも、貴族としてかなり変わってはいたが、ここまで問題児では無かったのだが? ゲイツと組み合わせたのが失敗だったのか?
ペイシェンスとの付き合いは、リチャードの方が長くなるだろう。上手く問題を起こさないようにさせないといけない。
こうして見れば、キースの妃にしなくて良かったのかも。王弟妃が問題児なんて、恐ろしくて考えたくもない。




