ロマノへ!
金の鬣に名前を付けてホッとしたけど、馬房の外には天狼星がいるんだよね。
「ゲイツ様が天狼星を南の大陸へと誘っておられたのよ。あの子がケガでもしたら大変だわ!」
パーシバルに事情を説明して、外へ出る。
ああ、やはり銀ちゃんはもふもふで可愛い! いや、今はモフっている場合ではない。
「ゲイツ様、天狼星が怪我をしたらお母さんが黙っていませんよ!」
これ大事だから、ちゃんと言わなきゃいけないと思っていたんだ。
「クゥン、クン!」『きっと、大丈夫!』
「えええ、ドラゴンの肉を食べたいからなの? ゲイツ様とは話があまり通じないはずなのに?」
私が金の鬣に名前を付けている間に、話が纏まっているようなんだけど?
「ペイシェンス! 貴女の考えを天狼星は感じ取っているのでは?」
パーシバルがハッとしたみたい。
「そうなのかしら? でも、南の大陸には私は行きません。ゲイツ様と天狼星の意思疎通ができないと困りますわ」
そこまで黙って私とパーシバルの会話を聞いていたゲイツ様が図々しい事を言い出した。
「ですから、ペイシェンス様が一緒に南の大陸に行けば良いのです」
それは嫌だ! パーシバルも呆れている。
「グレンジャー子爵がお断りされました。保護者の許可なく、令嬢を南の大陸に連れ出す事は出来ません」
横で話を聞いているサリンジャーさんも「その通りです!」と賛成してくれた。
「ククウン、クンクンクゥンクン?」『お父さんが駄目って言っているの?』
銀ちゃんもお母さんの許可を得てここに来たんだったね。あっ、天狼星だ!
「ええ、そうよ! 私はドラゴン狩に行ってはいけないとお父様に言われたの。だから、南の大陸には行かないわ」
何故か、ソニア王国に行く許可は降りているんだよね。マーガレット王女の側仕えだからだってすんなりと! そう言えば、側仕えになる時も名誉な事だと喜んでいたような? 変人と呼ばれるお父様だけど、多少は貴族としての常識があるのかしら?
「だから、天狼星も行かないでおきましょう」
だって、天狼星はフェンリルとしては幼いのではないかしら? お母さんが私の元に行っても良いと許可は出したみたいだけど、ドラゴン狩りの許可を出したとは思わないもの。
私の言葉に耳を傾けている天狼星は、とってもキュート! この子が怪我をするなんて駄目よ!
思わず抱きしめてしまった。
「ククウン!」『ペイシェンス!』
「天狼星!」
まるで前世のサモエドみたいな天狼星! モフりたい!
でも、見かけは大型犬でも天狼星はフェンリルなんだよね。
「ククウン、クゥンクゥン!」『ドラゴンを狩りにいく!』
危険だからと止めるけど、通じない。と言うか、聞く耳を持たない態度。
「そうだ! アルーシュ王子を呼んできてくれ!」
アルーシュ王子は、ゲイツ様がドラゴン狩りに来るのは歓迎だろうけど、天狼星は嫌なんじゃないの?
今回も、ワイバーンを追いかけまわして、プチスタンピード状態になったから。
うん? でも、街の方から竜の谷に追い込むのはアリなのかな?
サリンジャーさんが食堂からアルーシュ王子とザッシュを連れてきた。
「ああ、昼食まだだったわ」
それにしても、食欲魔人のゲイツ様も昼食はまだだね? 私は、ちょこっと天狼星のお食事風景で胸焼け気味なんだけどさ。
「アルーシュ王子、竜の谷に天狼星も同行させても良いでしょうか?」
絶対に断らせないって笑顔だよ。
「ええっと、そのぉ……フェンリルをテイムしたのはペイシェンスでは? ペイシェンスがいないのに大丈夫なのですか?」
それ、大事だと思う! 流石、王子様だよね。
「天狼星は、ドラゴンを狩りたいみたいなので大丈夫ですよ」
「意思疎通があまりできていないのに、何故、言い切れるのですか?」
思わず突っ込んでしまった。だって天狼星が暴れて迷惑掛けても悪いし、それで攻撃されたら嫌だもの!
アルーシュ王子も横で頷いている。竜は討伐して欲しいが、フェンリルを国に持ち込むのは遠慮したいのだろう。
それ、当たり前だと思うよ!
「あれっ、天狼星をロマノに連れて帰れるのかしら?」
彼方の国でも迷惑なら、王都ロマノでも駄目かもしれない。
「それは、リチャード王子が報告されているでしょう」
まぁ、パーシバルが大丈夫だと思うのなら、そうなのかな?
「ははは、ソニア王国にも天狼星を連れて行ったら良いのでは?」
ゲイツ様が笑うけど、それはどうかと思うよ。彼方からしたら、脅しに取られそう。マーガレット王女の縁談の為に行くんだから、友好的にやりたい。
「あら、でもその間は天狼星はどうしたら良いのかしら? お母さんの所に帰っている?」
私が留守の間、弟達と遊んでくれても良いけど……ソニア王国への旅行、一ヶ月ぐらいかかりそうなんだよね。食費も馬鹿にならないし……困ったなぁ。
「ワン、ワン!」『自分で狩る!』
「それ、すごく危険ね! 家畜を狩ったら問題になるわ」
ゲイツ様が「ちゃんと躾けないとね!」と笑うけど、笑い事じゃないよ。
「それと、私に天狼星との会話ができるようにご指導下さい」
げー、王宮魔法師に指導! 嫌だ!
嫌なのが顔に出ていたみたい。ゲイツ様だけでなく、アルーシュ王子にも笑われた。
「我が国に天狼星殿を連れてくるのなら、是非、ペイシェンスに意思疎通の仕方を教えて貰ってからにして下さい」
それって! 思わずパーシバルの顔を見ちゃった。
ワイン開きは、ほぼ諦めた。元々、パーシバルは下級官吏の試験を受けるから、タイトなスケジュールだったんだ。
それに、メアリーがソニア王国へ行くドレス作りに燃えているから、それも時間が掛かるんだよね。
ある程度は、先に送っておくみたいだし……領地は、ソニア王国から帰ってからになりそう。
「寮には戻れないかもしれませんね」
パーシバルは、私がマーガレット王女やリュミエラ王女、エリザベスやアビゲイル達との最後の学園生活をエンジョイする時間が無くなってしまうのを悲しんでいると思ったみたい。
そっと抱きしめてくれた。
「ええ、あと一月は過ごせる予定でしたが……天狼星を寮では飼えませんわ」
馬の王は、馬房を建ててくれたけど……フェンリルはね。
王立学園、入学する前は、弟達と別れるのが嫌だったし、内職しなきゃ! と気が重かったのに、大切な友だちがいっぱいできたよ。
「それに、寮の方がパーシー様と……」
げふん! げふん! だって、メアリーの監視が厳しくて。
リチャード王子達もロマノに報告書を書いたのか、一緒に食事をする事になった。
ううん、天狼星! さっき食べたよね? ワイバーン一羽!
大きな皿に山盛りの焼き肉を盛って貰って食べている。
「塩とか胡椒とか大丈夫なのかしら?」
前世の犬には、人間の食べ物を与えてはいけないって感じだったし。玉ねぎとか駄目な食物もあったよね?
「魔物だから、大丈夫でしょう! それよりペイシェンス様、ロマノに帰るのだからスイーツの余りがあれば……」
「えっ、もう帰るのですか? まだ返事は届いていないでしょう」
クスッと笑われた。
「陛下もフェンリルをご覧になりたいだろう。ワイバーン討伐の知らせはしてあるし、新たなスレイプニルの群れの確保も報告したからな」
大盛りの焼き肉にサッパリソースを掛けて食べている第一騎士団長も、当然の事みたいにロマノに帰ると言っているから、これは決定かもね。
メアリーに残っているスイーツを持って来させる。
「おお、こんなに!」
いや、全部ゲイツ様にはあげないよ。他の人にも分けるつもりだからね!




