金の鬣《グルファクシ》!
ふぅ、トイレに篭って名前を考えたい気分だけど、長くなると令嬢的に不名誉な事を考えられるかも知れないので、サッサと馬房に行く。
金の鬣のスレイプニルの前には、パーシバルが落ち着かせようと声を掛けている。
「パーシー様、名前を何てつけましょう?」
馬の王は、私のスレイプニルだけど、ほぼパーシバルが乗っている状態なんだよね。
今度の金の鬣のスレイプニルもきっとパーシバルの方が乗る機会が多そう。
「名前はペイシェンスが付けた方が良いと思いますよ」
残念! 名前を付けるセンスが無いから、パーシバルに手伝って貰おうとしたのに、見越されてしまった。
「プッ、パティ! 顔に考えが出過ぎですよ」
ああ、滅多に愛称で呼んでくれないのに、こんな人がいる時に! いちゃいちゃできないじゃん。
野生のスレイプニルを捕獲したので、馬房の中に入りたがる人はいっぱいだけど、そこはリチャード王子が防いでいる。
でも、世話をする騎士やリチャード王子と第一騎士団長が側にいるんだよなぁ。
「ペイシェンス、名前を付けなさい」
うっ、ゲイツ様にも言われたし、外には天狼星もいるんだよね。
あちらは、サリンジャーさんにゲイツ様が変な事を吹き込まないように注意してくれるのを期待するしかない状態なんだ。
「金色だから、アウムス? クリューソス?」
リチャード王子が単純なネーミングに呆れている気がする。
「こんな輝かしいスレイプニルに?」
第一騎士団長、お隣さんになるけど厳しいよぉ。
「ペイシェンスなら、いっぱい本を読んでいるから、素敵な名前をつけられますよ」
パーシバル、そのプレッシャーを今私に? でも、前のペイシェンスが読んでいた神話に面白いのがあったんだよね。
「デーン王国の神話に出てくる金の鬣にしますわ」
あっ、パーシバルは読んだことがあるのか頷いている。リチャード王子は、思い出すのに少し時間が掛かったみたいだけど、納得して頷く。
「そんな神話知らないけどなぁ……でも金の鬣は良い名前だ!」
第一騎士団長、読書はあまりしないみたい。
デーン王国に伝わる神話の解説は、リチャード王子に任せて、私は金のスレイプニルに名前を告げる。
「お前は金の鬣よ! 良いかしら?」
金の鬣は「ブヒヒン!」『良いだろう』と承諾してくれた。
「馬の王、金の鬣! 仲良くするのよ!」
これ、大事だから言い聞かせるけど、二頭とも「ブヒ!」『フン!』って感じなんだよね。
「馬のボスは一頭だけなのかしら? 仲良くして貰わないと困るわ」
領地で戦馬を繁殖させたい。騎士達にも良い馬をあげたいしね!
「ペイシェンス、馬の王の主として、命令に従うようにさせないといけないぞ」
ううう、今日の第一騎士団長、厳しい。そうだよね、パーシバルに甘えすぎていたのは確かだ。
「頑張ります!」
そう、気合を入れたけど、二頭のスレイプニルを調教するのは、私一人では無理!
「ペイシェンス、私も手伝うよ」
ああ、パーシバルの優しさが嬉しいけど、リチャード王子と第一騎士団長が呆れているような。
「パーシー様、お手伝い下さるのですか? ありがとうございます」
また、朝の四時起きになるのかしら? それとも、馬の王よりは金の鬣は、聞き分けが良いのかしら?
「ペイシェンス、天狼星の件も金の鬣達の事も、陛下に報告しなくてはいけない。魔物達の襲来も落ち着いたから、王都に戻るぞ」
そろそろ一週間だ。学生達は、普通は五日ぐらいみたいだから、帰る時期でもある。
「ワイバーンの報告はしましたが、飛行隊をもっと鍛えなくてはいけませんね!」
第一騎士団長の目がキラリンと光る。これは厳しく訓練されそう。
とは言え、スレイプニル達が少し人に慣れるまで数日は滞在するみたい。
「ああああ、領地のワインの樽開けに行けるかしら?」
凄く楽しみにしていたのだけど、魔物の討伐前からスケジュールはタイトだったんだ。
「ペイシェンス、それは行きたいとは思うでしょうが……天狼星と金の鬣が落ち着かないと無理でしょう」
パーシバルとスケジュール調整して、数日でも行けないか、話しあっていたんだよね。
「卒業試験もあるのに無理では?」
第一騎士団長に呆れられたけど、私の卒業試験って一科目だけなんだよね。
「下級官吏の試験は受けないのか? ソニア王国に行くのなら、下級官吏の資格があった方が良いのでは?」
リチャード王子の言葉に、パーシバルは悩んでいる。私は、マーガレット王女の側仕えとして同行するけど、パーシバルは、外務大臣の息子・私の婚約者としての立場しかないからだ。
「パーシー様、下級官吏の試験を受けて下さい。領地には行けそうにありませんもの」
ワインは来年も作る! より良いワイン開きにするよ。私のスケジュールもみっしりだから、無理みたい。
「ペイシェンスも受けないか?」
パーシバルは、一緒に外国に行く夢を諦めていない。
「私は……領主としてする事が山積みですから」
横で聞いていたリチャード王子が「惜しいなぁ」と呟く。
外国には行きたいけど、外交官に向いていないと悟ったよ。
領地を改革しなくちゃいけないもんね。
「ペイシェンス、女官の試験を受けてはどうだ? マーガレット王女の側仕えとして行くのは承知しているが、女官の資格があった方が良い」
第一騎士団長の言葉が突き刺さる。元ペイシェンスは、女官になるって考えていたからね。貧乏だから、持参金はない。それに弟達には教育を受けさせたい! だから、令嬢として働ける女官を目指していたのだ。
「考えてみます」これ、便利な言葉なんだよね。
女官試験に合格はできるだろう。ただ、女官になる気はないから、意味は無いんじゃない? 女の世界は怖そうだもの。元ペイシェンスは、お淑やかだったけど、私より芯は強かったと思う。
「ペイシェンス、是非、受けて欲しい」
リチャード王子が和やかに微笑む。
うっ、リュミエラ王女は好きだけど、女官にはならないよ!
今日からカクヨムネクストで「シュヴァルツヴァルトの歌姫~亡国の音楽魔導師ゾーイの秘密~」を始めます。
森に住む魔女が拾ったゾーイの物語です。




