困ったお客様
私が弟達といっぱい遊ぼうとしているのにメアリーが呼びに来た。
「お嬢様、子爵様がお呼びです。モンテラシード伯爵夫人にご挨拶しなさいとのことです」
楽しい時間を邪魔するなんて、プンプン。階段を降りながら、メアリーにモンテラシード伯爵夫人の情報を尋ねる。
「モンテラシード伯爵夫人は子爵様の1番上の姉上にあたります」
簡単な情報だ。つまり、あまりメアリーは好きじゃないんだ。母親の実家から付いてきたメアリーにとって小姑になるんだもんね。それも免職になってからは素知らぬ顔をしていたんだもん。好意を抱く理由は無いね。
応接室に入ると父親が客を紹介する。
「ペイシェンス、こちらはアマリア・モンテラシード伯爵夫人。お前の伯母上にあたる。挨拶しなさい」
茶色の髪に灰色の目、父親と同じ血を感じる年配の貴婦人だけど、こちらを値踏みする様な目が気に障る。下から上へと視線が動いた。嫌な感じ。
「お初にお目にかかります。ペイシェンス・グレンジャーです。よくお越し下さいました」
でも、ペイシェンス仕込みの礼儀で挨拶をする。このところ王妃様に会ったりしているから、伯爵夫人ぐらいの視線なんか平気だよ。
父親の横の席に背をシャンと伸ばして座る。ふん、夏の離宮で1ヶ月半も王妃様と過ごしたんだよ。お行儀に文句は付けられない筈だ。
「貴女には初めて会うわね。私は貴女の伯母になるのよ。これからはよく会うことになるでしょう」
意味不明だよ。父親の顔を見る。あっ、焦っているね。
「アマリア姉上、さっき縁談はキチンとお断りした筈です。まだペイシェンスには早すぎます」
この人が縁談を持ち込んだんだ。なら、断っても平気だね。やれやれ、断ってはいけない相手では無いかと心配していたんだ。家の父親の判断は信用できないからね。
「その件はもう宜しいのよ。こちらが良かれと思って世話しようと考えたのに、貴方ときたら相変わらず世馴れていないのだから。このままではペイシェンスはオールドミスになってしまうわよ。大体、貴方はいつまでヤモメなの。後添えを貰わないと教育も行き届かないのでは無くて……」
その件は宜しいと言いつつも10分以上文句をつけ続けた。これが客が来ると父親が不機嫌になる理由だね。分かるよ。
モンテラシード伯爵夫人が息継ぎの為に言葉が途切れた隙に、父親が口をはさむ。
「それで姉上は何の為に来られたのですか?」
そこからまた5分位、来客にそんな質問は失礼だとか、そんな態度だから免職になったのだとか、延々とお説教モードになったが、やっと本題になった。
そっちに用事があるんだもの、説教が楽しくて忘れていたな。こういう中年の伯母ちゃん、扱いが難しいんだよ。家の父親は苦手そうだよね。
「ペイシェンスがマーガレット王女様の側仕えに選ばれたと噂で聞きましたのよ」
それでやって来たんだね。で、何が目的なんだろう?
「私の娘のラシーヌがサティスフォード子爵家に嫁いで孫娘を産んだことはご存知でしょう。その孫娘のアンジェラはジェーン王女様と同じ歳ですの」
何となく話が見えてきたけど、私は只じゃ情報をあげないよ。あっ、私の制服は従姉のラシーヌのお下がりなんだね。それだけは感謝しておこう。
「娘の嫁ぎ先のサティスフォード子爵家の事まで姉上が采配されるのは如何なものでしょう」
父親は正しいけど、お説教モードに戻るよ。世渡り下手だね。数分のお説教で済んだのは、あちらが言いたい事があるからだ。
「私の勝手でここに来た訳ではありませんわ。サティスフォード子爵とラシーヌに頼まれて来たのです。ジェーン王女様のご学友にアンジェラを選んで頂きたいのよ」
又、父親が正論を言う。
「ジェーン王女様のご学友は王妃様がお選びになるだろう」
その通りだけど、話が長くなるよ。相手の言い分を聞かないと話が進まない。つまり弟達と遊べないじゃん。
「そんな事は知っていますわ。リチャード王子やマーガレット王女やキース王子のご学友は侯爵家や伯爵家から選ばれました。でも、サティスフォード家は子爵家です。選ばれるのは難しいとラシーヌは悩んでいるのです。でも、ペイシェンスは子爵家でも側仕えに選ばれましたでしょ。だから……」
リチャード王子の学友が誰かは知らないけど、マーガレット王女とキース王子の学友は侯爵家と伯爵家だったね。ビクトリア王妃がどう言った基準で学友を選んでいるのか知らないけど、確かに今の学友は身分の高い子だ。
「なら、仕方ないのでは?」
又々、父親の正論だよ。あっ、伯母様の怒りに火がつきそう。眉が逆立ったよ。
「そんな事を聞くために此処に来た訳でないのは分かっているでしょう。そんな風だから貴方はカッパフィールド侯爵の怒りを被って免職になり、その後も職に就かずに書斎に篭って隠者みたいな生活をしているのです。ああ、元々貴方は隠者になりたいと言っていましたね。それなら、この生活は望み通りなのでしょう。年金も貰っているでしょうし、もう援助も必要ありませんね」
へぇ、カッパフィールド侯爵と揉めて免職になったんだね。情報を一つ貰ったよ。それにしても伯母様の怒りのボルテージが上がった。年金って貰っているの? 知らなかったよ。それにしても、援助って飢えない程度だけど無いと困るよ。
「姉上、援助と言われますが、それはモンテラシード伯爵領が不作で困った時にお貸しした金額の少しを返して頂いているだけです。本来なら免職になり無給なのですから、全額お返しして欲しいぐらいです。それに年金だけでは屋敷の維持費にも足りません」
あっ、壮絶な姉弟バトルだ。金の切れ目が縁の切れ目だね。父親が大声を出すの初めて見たよ。普段は落ち着いているけど、姉弟喧嘩の時は違うんだね。年金は貰っていたんだね。法衣貴族って代々王宮で働くので領地を返納して、俸給や年金を貰うって聞いたけど、家は俸給は無しだから貧乏なんだ。なんて考えている内に姉弟バトルはエスカレートしている。
「お父様、私は席を外しましょう」
こんなの逃げるに限るよ。大人の醜い喧嘩なんて見たくない。席を立とうとしたが、2人に止められる。
「ペイシェンス、悪かったね。お金の事などお前に聞かせてはいけないのだ」
モンテラシード伯爵夫人もバツが悪そうだ。
「お金の話なんて貴族が口にするべきではありませんわ。ウィリアム、貴方はマナーがなっていませんわね」
いや、そちらから援助を打ち切るって言い出したんじゃん。それに、それはそもそも援助じゃなくて借金の返済じゃない。金返してよ! 父親も納得できない顔をしていたが、口を開くと100倍返ってくるのでグッと唇を噛み締めて黙る。姉の性格は知っているんだね。
「ペイシェンスがマーガレット王女の側仕えに選ばれたのは、寮に学友が入られなかったからだ。ジェーン王女の学友がどうされるかは分からないが、アンジェラを寮に入れたらどうだ」
伯母様は困惑してるみたい。サティスフォード子爵家もロマノに屋敷を持っているんだね。普通なら通うよ。
「何故、王妃様は寮に入れたりなさるのかしら? 王子様はともかく王女様はご不自由では無いのかしら? 侍女が付き添っておられるのかしら?」
父親はそんなの知らないと顔を横に振るだけだ。伯母様の視線が私に向く。にっこり笑った顔、怖いよ。獲物をロックオンしたね。