金のお馬さんの名前は?
目の前のモフモフな天狼星を基地キャンプに連れて行って良いものかしら? 私が迷っている間もなくサリンジャーさんが息咳き込んで走って来た。
「ペイシェンス様、あの金の鬣のスレイプニルと馬の王が一触即発です」
ああ、一度ボス戦で決着がついたから安心していたけど、私やパーシバルがいなくなって、多分、馬の王が偉そうな態度をとって、腹を立てたんだろう。
「ペイシェンス、スレイプニルの確保は絶対だ! 新たな金の鬣のスレイプニルが大人しくなれば、他のスレイプニル達も落ち着くだろう」
リチャード王子は、昨年のスレイプニルの分配でも頭を痛めたのか、かなり切羽詰まった声だ。
「ああ、でも今回のスレイプニルの所有権はペイシェンス様にある事をお忘れないように。銀ちゃん、いえ、天狼星からの個人的なプレゼントですからね」
ふう、ゲイツ様が念押ししてくれたのはありがたいけど、全頭を飼うわけにはいかないし、リチャード王子と第一騎士団長から凄いプレッシャーも感じる。
「何頭かは領地で飼いたいですが、全ては飼えませんわ。それに、他の高位貴族の方からの圧力に耐えられるとは思いません。国王陛下やリチャード王子の判断にお任せ致します」
ふむ! と満足そうに頷く二人。スレイプニルを使って、良い戦馬を増やす計画はあるけど、上の方々との交渉は苦手。
そちらの厄介事はお任せした方が賢い選択だと思うんだ。
えっ、逃げている? 当たり前じゃん! こちらの世界って貴族がどれ程怖いか、少しずつ身に染みてきたんだよ。
「天狼星はどうしましょう?」
これも、上の立場の方々の意見を聞くよ。だって、騒ぎになっても、リチャード王子なら鶴のひと声で黙らせる事ができるもの。
「ああ、ペイシェンスの言うことを聞くなら、基地キャンプの中に入れても良い。だが、間違っても人に危害を加えさせないように!」
それは、当たり前だ! 飼い主として、他の人に危害を加えてはいけないと一番最初に教えないといけないのだ。
「天狼星、あの囲いの中にはいっぱいの人や馬やスレイプニルがいるの。絶対に傷つけないようにしてね。万が一、天狼星に攻撃する人がいたら、私が守るわ!」
今の見た目は大型犬だ。馬鹿な人が狼の魔物と間違えて攻撃するかもしれない。
『わかったけど、人間の攻撃なんてたかがしれている』
フン! って態度の天狼星だけど、ちゃんと言い聞かせておかなきゃね。
首を抱きしめて、二回目の注意をしておく。
ああ、モフモフの毛並みにうっとりしちゃうけど、今は馬の王と金の鬣のスレイプニルの喧嘩が即発状態なのだ。
リチャード王子の許可もでたので、基地キャンプの中に天狼星と一緒に入る。
ああ、馬房の周りに人が集まっている。皆、スレイプニルが欲しいのかもしれない。
トイレに行きたいけど、こちらも緊急事態みたい。
「あっ、天狼星は馬房の中には入らないでね。スレイプニルも馬も落ち着かないと思うから」
言い聞かせたけど、どこまで理解しているか不安。
「私が天狼星の面倒を見ておきましょう。ペイシェンス様は、馬の王とボススレイプニルの諍いをやめさせ、名前を付けて下さいね」
うっ、天狼星の面倒をゲイツ様が見てくれるのは安心だけど、また名前を考えなきゃいけないのか!
「言っておきますが『金ちゃん』は駄目ですよ。あんなに綺麗なスレイプニルに失礼です」
ううう、ゲイツ様って私のネーミングセンスを疑っているみたい。
いつもは、諌めてくれるサリンジャーさんすら、横で頷いている。
「格好良い名前を付けますわ!」と宣言して馬房に入ったけど、柵が壊れているじゃん!
「馬の王! 暴れては駄目よ!」
まず、前脚を振り上げている馬の王を叱る。
「ブヒヒヒヒン!」『馬鹿馬め!』
ああ、そんな事を言うと金の鬣のスレイプニルも黙っていない。
「ブヒヒヒン!」『若造め!』
ああ、こちらも後ろ脚で立ち上がる。
「喧嘩をやめなさい! 馬の王、良い子にしないとご褒美はあげませんよ! 金の鬣のスレイプニルも良い子にしていたら、ご褒美をあげましょう」
あっ、周りの人の視線が『餌付けだぁ』と緩いけど、これが一番効くんだよね。
二頭が落ち着いたので、ポシェットからキャロットケーキを出して、両手に乗せて差し出す。
馬の王は、食べ慣れているから、一瞬で飲み込んで「ブヒヒン!」『美味しい!』とご機嫌になった。
金の鬣のスレイプニルは、フンフンと匂いを嗅いでいたが、馬の王が食べて喜んでいるのを見て、口にした。
「ブヒヒヒヒン!」『美味しいぞぉ!』
兎に角、二頭が落ち着いたので、トイレだ!
名前は、ゆっくりと落ち着いて決めたいからね。




