えええ! |天狼星《シリウス》!
馬の王と金色の鬣のスレイプニルのボス争いが終わると、他のスレイプニル達を周りを囲っていた騎士や学生達が捕まえた。
天狼星に追いかけられて、北の大地からここまで走り通しで疲れていたのと、リーダーの金の鬣のスレイプニルがパーシバルを乗せて先導していたから、割とすんなりと基地キャンプに連れて行けた。
「あのう、銀ちゃん……いえ、天狼星がついて来ているのですが……」
そう、スレイプニル達が素直に基地キャンプに向かう理由の一つとして、私達の後ろを天狼星がゆっくりと歩いているのもあるかも。
「ゲイツ様、あれは良いのですか?」
リチャード王子も気になっているみたい。
「ああ、基地キャンプに着いたら、ペイシェンス様に天狼星と話し合って貰わないといけませんね」
えっ、ゲイツ様は天狼星と話していたんじゃないの? では、天狼星は勝手に後ろをついて来ているの?
「私ではニュアンスしか通じないのです。美味しい肉をあげると言ったつもりなので、ワイバーンを一頭用意させなければ……」
リチャード王子は、フェンリルが空腹なのかと、慌てて騎士を走らせて基地キャンプの外にワイバーンを用意させた。
「これは、私の取り分で良いですよ。銀ちゃん、いえ、天狼星がペイシェンス様にワイバーンを用意したのは、美味しい肉をプレゼントしようとしたのでしょう。そこで……」
何だか嫌な予感がするけど、元々、ワイバーンは天狼星がこちらに追い込んだ物だから、一頭あげても良いとは思う。
「ゲイツ様、何を考えておられるのでしょう?」
リチャード王子も、ゲイツ様がわざわざフェンリルを基地キャンプに案内する理由に疑問を感じたみたい。
ふわふわ度の増した天狼星だけど、身体は去年より一回り大きくなっている。
討伐隊のメンバーも近くにフェンリルがいたら、落ち着かないと思うよ。
「上手くペイシェンス様が天狼星を説得できたら、竜討伐に役に立つと思うのです」
えっ、それって無理では?
「私は、何となく天狼星の気持ちがわかる程度なのです。いつ襲来するかわからない竜討伐に参加して欲しいとか、伝えることができるとは思えませんわ」
チッチッチッ! とゲイツ様は指を立てて横に振る。
「今、竜がいる場所がわかっているではないですか!」
えええ! それって!
「南の大陸に天狼星を連れて行かれるつもりですか?」
リチャード王子も驚いている。
「天狼星も竜の肉は食べたことがないでしょう」
ゲイツ様は、良い考えだと鼻歌を歌いだしそうなご機嫌だけど、私とリチャード王子は頭の中がグルグルだよ。
基地キャンプのかなり遠くにリチャード王子が命じた騎士がワイバーンの肉のかなり大きな塊を雪の上に置いていた。
そして、遠くに避難している。
「ペイシェンス様には、スレイプニル達を落ち着かせて欲しいですが……天狼星との話し合いの方が重要ですね」
リチャード王子は、天狼星とあのまま別れたら良かったのではと言い出したいみたいだけど、口を閉じている。
「馬の王から降りますわ。やはり天狼星の事は苦手みたいですから」
エア階段を出して降りようとしたけど、素早くゲイツ様が戦馬から降り、私を抱き降ろしてくれた。
「馬の王や私達の馬の世話をしてくれ!」
騎士達に馬の王やリチャード王子のスレイプニル、ゲイツ様の戦馬の世話を任せていると、基地キャンプからガブリエル騎士団長がやってきた。
「やはりフェンリルが基地キャンプについて来たのですか!」
臨戦態勢のガブリエル騎士団長にゲイツ様が雪球を投げつける。
「殺気を向けないで下さい!」
ああ、銀ちゃん……いえ、天狼星もガブリエル騎士団長を睨みつけている。
「天狼星! 大丈夫よ」
思わず駆け寄って、ふわふわの毛並みに手を掛ける。
「ああ、やはりふわふわね! 気持ち良いけど……綺麗にした方が良いわ」
北の大地からここまで、ワイバーンを追い回したり、スレイプニルの群れを連れて来たのだ。あちこちに泥の汚れや、毛ももつれている。
「天狼星、綺麗になれ!」
ふふふ……これで心置きなくもふれるね!
『ペイシェンスの魔法は気持ち良い』
もふもふの白銀の毛皮を存分に手で味わっていると、後ろからジトっとした視線が。
「ペイシェンス様、天狼星との親睦をはかるのは後にして、こちらからの要求を伝えて下さい」
ああ、そうだった。
「天狼星、魔物をこちらに追い込むのは止めてね! それでなくても寒い北から魔物はやってくるのだから」
理解出来たかしら? ワイバーンの肉に興味が行っているみたいだけど。
「先ずは、ワイバーンを食べさせてから話しましょう!」
ゲイツ様も気もそぞろな天狼星と話し合いは無理だと思ったみたい。
「天狼星、ワイバーンのお肉を食べて良いわ」
これ、犬の教育と一緒だよね。許可を与えてから食べさすのは!
まぁ、銀ちゃんの場合は、私の飼い犬とは違うし、私の許可が出たから食べるのではなく、話し合いの途中からワイバーンの肉に気づいたけど、モフっている私を押しのけてまで食べなかっただけだけどさ。
『ペイシェンスへのプレゼントなのに良いのか?』
ううう、やはりワイバーンは私へのプレゼントだったんだ。言われるとガクンとくるよ。
「ええ、私の分はあるから、天狼星が食べたら良いわ」
解体したワイバーンの肉だけど、私から見たらかなり大きい塊だった。
リチャード王子の命に従った騎士は、飢えたフェンリルが基地キャンプの近くにいるのは避けたいと思ったのだろう。
でも、一瞬で大きなワイバーンの塊は天狼星の腹に収まった。
「やはり、天狼星は飼えないわ。食費でグレンジャー家が破産してしまうもの……それに、大き過ぎるから屋敷にも居場所がないでしょう」
私は犬好きだ! こちらの世界ではペットを飼う習慣がないのは悲しい。
まぁ、転生した頃のグレンジャー家は貧しくて、人間が食べるだけで精一杯だったんだけどさ。
『ペイシェンスと一緒にいたい! お母さんから魔法を習ったんだ!』
えええ、天狼星から大きな魔力を感じるよ!
「ペイシェンス様!」
遠巻きにして天狼星の食事を見ていたゲイツ様が、私の側に来て庇うように抱き寄せた。
「どうなっているのだ!」
リチャード王子も、凄い魔力の動きを感じたみたい。騎士達がリチャード王子を庇おうと前に出るのを手で制している。
「ペイシェンス様?」
ゲイツ様が、どうやら攻撃魔法ではないとわかって、私に説明を求める。
「ええっと、あの食欲と大きさでは、天狼星を飼う事はできないと思ったら……私と一緒にいたい。お母さんから魔法を習ったんだと言って……」
ゲイツ様、リチャード王子、ガブリエル騎士団長に呆れられた。
「フェンリルを飼う! なんて非常識なんだ」
ガブリエル騎士団長に叱られたけど、ゲイツ様は笑っている。
「それでこそ、私の後継者です!」
いや、後継者ではないよ。えっ、リチャード王子、横で頷かないで下さい。
抗議しようと口を開きかけた時、視界の端で光が!
「おお! 天狼星が光りだしたぞ」
リチャード王子の指摘で、天狼星に視線を戻す。
小屋ぐらいの大きさの天狼星がどんどん光に包まれて……小さくなった。
「銀ちゃん!」
この姿は、前世の銀ちゃんに似ている。背中の黒い毛並みはないけど、大きさは銀ちゃんそのもの? いや、銀ちゃんよりは大きいかな? ジャーマンシェパードの大きい程度だよね。
『天狼星だよ! これならペイシェンスと一緒にいれる?』
ううう、可愛い。でも、可愛さで野生動物を飼って良いのだろうか?
私が迷っていると、ゲイツ様とリチャード王子とガブリエル騎士団長が煩い。
「何を言っているのですか?」
ああ、これはパーシバルと相談しないと決められないよ。




