スレイプニル、ボス戦!
ゲイツ様と天狼星の話が何処に向かうのか不安な面もあるけど、どうやったかは知らないけど仲良く? しているみたいだから、それより馬の王の手綱を持つのも苦労しているパーシバルの元に行く。
「ブヒヒン!」『離せ!』と後ろ脚で立って暴れている。
「馬の王! 大人しくしないと鞍も外せないわ!」
天狼星が連れてきたスレイプニルの群、馬の王の群よりは小さいけど十数頭はいそう。
それらをリチャード王子の指揮で騎士達や学生達が囲い込んでいる。
北の大地から銀ちゃん、いや天狼星に追いかけられて、数日は満足に飲み食いする暇もなかったのか、かなり消耗しているみたい。
ただ、リーダーの金色の鬣のスレイプニルは、囲い込まれた綱を飛び越えようとしている。
「ペイシェンス、馬の王にボス戦をさせるのですか?」
パーシバルも馬の王にも金色の鬣のスレイプニルにも怪我をさせたくないみたい。
「ええ、そうしないとおさまらないみたいです。馬の王、私が止めたら争いはやめてね!」
馬具をつけたままだと怪我をしやすいだろうと、パーシバルが手早く外してくれた。
「ああ、しまったわ!」
金色の鬣のリーダーに向かって爆走した馬の王の後ろをパーシバルと追いかける。
「ペイシェンス様、私の戦馬を使いなさい! 馬の王に怪我をさせないように!」
普段のゲイツ様なら、新たなスレイプニルの群の捕獲に一番に飛びつきそうなのに、今は天狼星の側を離れない。
「ゲイツ様もテイムされたのでしょうか?」
パーシバルとゲイツ様の戦馬で馬の王を追いかけながら、二人で首を傾げる。
「さぁ、ゲイツ様は天狼星と何か話し合っておられましたわ」
ちょっと嫌な予感がするけど、今は馬の王のボス戦が心配。
いや、ボス戦で馬の王が負けるとかは心配していないけど、相手に怪我をさせないか、それに馬の王も怪我をしないかを心配しているんだ。
馬の王ときたら、スレイプニルの群を包囲している騎士達を飛び越えて、ボス戦を挑んでいる。
「ペイシェンス! 馬の王を止めるのだ!」
リチャード王子も馬の王の参戦に驚いているけど、ここはやはりスレイプニル愛の深いオーディン王子がいち早く叫ぶ。
「貴重な八本脚のスレイプニルが負傷するなんて駄目だぁ!」
ああ、耳元で騒がないでよ!
「怪我をする前に止めますわ! でも、馬の王はボス争いは止めないと思います」
リチャード王子やキース王子も心配そうだけど、二頭のスレイプニルのボス戦を静かに見守っている。
ドン! とぶつかる音が雪の平原に響く。
後ろ脚で立ち上がり、前脚で攻撃しているスレイプニル達。
「怪我をしませんように……」
私は、パーシバルの横で指を硬く握りしめて祈るしかない。
「馬の王は負けません!」
パーシバルが励ましてくれるけど、ボス戦前は自信があったのに不安になってくる。
「馬の王も金のスレイプニルも強い! なんて美しいスレイプニル達だ」
オーディン王子、パートナーの勇者が嫉妬しそうな熱い視線で見つめている。
このボス戦を群のスレイプニル達は、立ち止まって見ている。と言うか、疲れ果てているのかもね。
「パーシー様、綺麗にしてはいけませんでしょうか?」
汗だくだくだから、冷えると良くないんじゃないの? 去年よりスレイプニルについて少しは詳しくなったんだ。
「ええ、そろそろ決着もつきそうですし、綺麗にしてやっても良さそうです」
えっ、後ろからゲイツ様が? ゲゲゲ、天狼星も!
「ああ、天狼星には気配を消すように言っておきました」
リチャード王子も小屋ほどのフェンリルにギョッとしている。ここで、動揺していないのは、スレイプニル愛の激しいオーディン王子だけかも。夢中で観戦していて、他の事は全く眼中にない。
パリス王子もアルーシュ王子も、少し顔が強張っている。
「ペイシェンス、あれは平気なのか?」
キース王子もかなり顔色が悪いよ。
「ええ、天狼星はゲイツ様とも仲良くなったみたいですわ」
この言葉にリチャード王子もホッと息を吐いた。私より王宮魔法師の方が信頼できるからかな?
「そうですね! そろそろ金の鬣のスレイプニルも疲れているみたい。これ以上の争いは怪我になりそうだわ! 皆、綺麗になれ!」
戦っているボス二頭、それに群に向かって浄化の魔法を掛ける。
わぁ、かなり魔力を持っていかれたよ。
「ペイシェンス、大丈夫ですか?」
パーシバルがすかさず支えてくれた。
「馬の王! もう争いはやめなさい!」
騎士達の持つ綱を潜って包囲網の中に入り、まだ息の荒い馬の王の近くに行く。
「ブヒヒン!」『俺がボスだ!』
ああ、まだ金の鬣のリーダーは、負けを認めていないのかしら?
もう立っているのもやっとって感じに見えるけど。
「ブヒヒン!」『若造め!』
うん? 罵っているの?
「ペイシェンス様、まさか金の鬣のスレイプニルまでテイムされたのですか?」
ゲイツ様は包囲網の外で呆れている。
「テイムしたのかは分かりませんが、金の鬣のスレイプニルが馬の王に向かって『若造め!』と罵っていますわ」
これって、どう決着をつけたら良いの?
「そうか! 馬の王は、まだ六歳だから金の鬣のスレイプニルはリーダーに認めたくないのかも」
この中では一番スレイプニルに詳しいオーディン王子が説明する。
「ええっ、ではこのまま戦いを続けるのですか? 馬の王にも怪我をして欲しくないし、金の鬣のスレイプニルにも怪我をして欲しくないわ」
私が困っているのを察知したのか、天狼星が腹を立てる。
「ガァオォン!」『食べるぞ!』
スレイプニル達が怯えてしまった。
「天狼星! 食べちゃ駄目! スレイプニルを増やしたいのよ」
包囲網の外に走り出て、天狼星を説得する。
『ペイシェンスはワイバーンよりスレイプニルを食べるのが好きだと思っていたが、違うのだな?』
去年のスレイプニルの馬の王を飼っているのだと天狼星に説明する。
馬の王も天狼星の咆哮で神経質になっているから、ゲイツ様に「食べちゃ駄目と説得して下さい」と頼んで、また包囲網の中に!
「馬の王、天狼星に食べさせたりは絶対にしないわ!」
首を撫でながら、落ち着かせる。
「ブヒヒン! ブヒヒン、ブヒヒン!」『馬鹿狼め! 甘い物が欲しい!』
ポシェットからキャロットケーキを取り出して、馬の王にあげる。
うん? 金の鬣のスレイプニルも寄って来ているんだけど?
「ブヒン!」『やるか!』と馬の王が睨みつけているけど、ボス争いの時ほどは怒っていない。
「ほら、美味しいわよ」
金の鬣のスレイプニルにもキャロットケーキをあげる。
「ブヒヒヒン!」『美味しい!』
馬の王が金の鬣のスレイプニルに「ブヒヒン、ブヒヒン!」と自慢そうに嘶いている。子供か! まぁ、金の鬣のスレイプニルに『若造め!』と言われていたからね。
「ペイシェンス様、その金の鬣のスレイプニルを捕まえて下さい。そうすれば、群のスレイプニル達も従うでしょう」
ゲイツ様が簡単に言うけど、金の鬣のスレイプニルを捕まえるなんてできるのかしら?
「一緒に来る?」と聞いたら、大きな溜息をついてから頷いた。どうやらフェンリルに追いかけ回されるのはうんざりしているみたい。
「パーシー様、金の鬣のスレイプニルに乗って下さい」
私は裸馬に乗るなんて無理だし、馬の王が乗るのを邪魔するから無理!
「私は乗馬は下手だから、パーシバル様に乗って貰うわね」
金の鬣のスレイプニルを説得してみる。チラリとパーシバルを見て、仕方なさそうに頷く。
リチャード王子達は、パーシバルではなく騎士の誰かに乗らせたかったのかもしれないけど、私が説得できるのはこれで精一杯。
やっと基地キャンプに戻れる! あれっ、天狼星はどうなるのかしら?




