冬の魔物討伐準備
パーシバルと一緒にバーンズ公爵家に向かう。付き添いはキャリー。これまでは届け物はしたことがあるけど、付き添いとしては親戚か中級貴族にしか行ったことが無かったので、少し緊張している。
「ベリンダも一緒だから、わからなかったら質問したら良いのよ。それに今日は、公爵夫人も同席されるから、本当に付き添いは必要ないのですもの」
婚約者のパーシバルも一緒だしね! と言いたいけど、そちらの監視が厳しいんだよね。ロマノ大学に通い出したら、少しは自由が増えると良いのだけど……メアリー厳しいからなぁ!
そんなことを考えているうちに、バーンズ公爵家に着いた。何度、見ても立派なお屋敷だよね! 庭も手入れが行き届いている。いや、グレンジャー家も近頃はちゃんとしているよ! ちょっと前までは、薔薇がちょこちょこ植えてある程度で、殺風景だったけどさ。
「ペイシェンス、パーシバル! ようこそ!」
カエサルって、公爵家の嫡男なのに腰が軽いよね。屋敷の前で出迎えてくれた。
「父から聞いたがH&G商会がリチャード王子の御用達を得たそうだな。おめでとう!」
お祝いを言いながら、応接室に案内してくれるけど、私とパーシバルは名誉以外に何があるのか未だちゃんとは理解していないんだ。
応接室には、バーンズ公爵夫妻が待っていた。
「急に訪問して申し訳ありません」とお詫びをしたが、バーンズ公爵は笑って受け流す。横の公爵夫人は、いつもながら艶やかで美しい。
「いや、私も手紙で御用達の件を知って、困惑しているのではないかと思ったのだ。それと、前から話し合いたいと願っていたから、渡りに船なのだ」
うん? もしかして?
「冬の魔物討伐の件ですか?」
パーシバルの方が先にピンと来たみたい。去年は、学生会長として王立学園から参加した学生の統率と、ロマノ大学の学生との連携を取っていたからね。
私は、ゲイツ様に連れ回して貰って……女子テントのいざこざや、銀ちゃん騒動、そして馬の王の大騒動があったよね。
パーシバルは、木の蛇を討伐して、目を負傷したんだ。内緒だけどさ。色々と思い出しちゃった。
「まぁ、もしかしてペイシェンス様は今年も参加されるのでしょうか?」
公爵夫人は、心配してくれる。公爵は、やはり竜の谷の件があるから、魔物討伐にカエサルも参加させると考えているみたい。
「今年は、騎士コース、魔法使いコースだけでなく、文官コースの学生も多く参加するみたいだ。親から、竜の谷について言われているのだろう」
戦争でも、若い男性は全員徴兵される世界だ。ましてや、竜が飛来したら、命懸けの戦いになる。逃げ場はない。
「ゲイツ様が、冬の魔物討伐が終わり次第に竜の谷に行かれるとも聞いている。少しでも間引いて下さればありがたいのだが……」
バーンズ公爵は、凄く心配しているみたい。
「ゲイツ様は、幼い頃に先代の王宮魔法師のお祖父様と一緒に竜の討伐をされたことがあると言われていましたわ。だから、私を気楽に誘われたぐらいです。父がキッパリと断りましたが……」
公爵夫人とカエサルが驚いていたので、慌てて一緒に竜の谷には行かないと告げる。
「そうか……ゲイツ様が執務室におられないのは、自信がおありになるからなのか!」
おぃおぃ、サボっちゃ駄目だろう! と突っ込みたいけど、バーンズ公爵は、かなりホッとしたみたい。
まぁ、でも実務はサリンジャーさん任せで、浮かぶ馬車の魔法陣を隠蔽したりしていたのかもね。卵の浄化器の魔法陣の隠蔽も早くしてくれたら良いな!
「そうだ! リチャード王子の御用達を頂いたお祝いを言わなくては! おめでとう!」
公爵夫人が笑いながら、夫の無作法を咎めている。
「まぁ、貴方ときたら……でも、少し私もホッと致しましたわ」
今年の社交界は、リチャード王子とマーガレット王女の婚約が発表されて、凄く盛り上がっているけど、その裏で皆が竜の脅威を忘れようとしてはしゃいでいる感じもするんだよね。
「ああ、それで御用達の名誉とは別の利益や注意点を教えておこうと思ったのだ」
あっ、それを聞きたくて訪問したんだ。お礼の意味もあるけどね。
「名誉は言うまでもないが、利益としては御用達を得た意味は、ここの商会は信用できると国王陛下、リチャード王子が考えておられると皆に知らしめる事だ」
ふうん、それは名誉とほぼ一緒? いや、商会にとって信頼は大きいのだ。
「まぁ、ペイシェンス様は商人としての経験は少ないから、信頼の価値はなかなか理解できないだろう。おいおいと分かってくる。注意点は、その信頼に対する義務が生じる事だ。常に、商品の品質管理を心掛け、価格も御用達の付加価値を上乗せするような事はしないで、適正価格を維持しなくてはいけない」
それは、その通りだと思う。まして、H&G商会は食料品を扱うのだ。品質管理、そして適正価格は気をつけなくては!
「はい、ありがとうございます! 御用達に相応しい商会として励んでいきます」
ここで難しい話は終わりかな? 公爵夫人が少女歌劇団の話題に変えた。
「私は、王立学園でコーラス部に熱心ではありませんでしたが、王妃様に誘われて少女歌劇団のパトロンをしていますの。ペイシェンスの応援グッズと新しい歌、そしてあの衣装は素晴らしいわ!」
褒めて下さって嬉しいけど、前世のパクリ祭りだから、少し落ち着かない。
「皆で『薔薇姫』の衣装も、今風にした方が良いのでは? と話し合っていますの」
うん? 少し風向きが怪しいよ。
「これこれ、ペイシェンス様は領地の管理、そして新商会の立ち上げでお忙しいのだよ。それに、冬の魔物討伐にも参加されるのだ」
バーンズ公爵が奥方の話を遮る。でも、バーンズ公爵夫妻にはお世話になっているし、衣装の件は公爵夫人だけの考えではないだろう。
「私の家で雇っているマダム・マグノリアに衣装デザインをさせてみますわ。それを採用されるかどうかは、パトロンの皆様にお任せ致します」
マグノリアに簡単な粗筋とデザイン画を見せたら、薔薇姫の衣装デザインをしてくれそう。
「それは、嬉しいわ! 実は王妃様から頼まれていましたの」
「ええ、今の衣装は昔風ですもの。ただ、舞台映えも考えなくてはいけませんから、少し装飾は多めになるかもしれませんわ」
やはり、バーンズ公爵夫人だけの考えではなかったのだ。まぁ、これも御用達のお礼になれば、良いな。
「ペイシェンス、あのシュラフをもっと作らなくてはいけないのだ」
珍しくカエサルがバーンズ商会に関わっているの? あっ、錬金術クラブのメンバーも大勢参加するんだ! ミハイルやマックス、戦えるのかな? なんか笑ってしまいそうだけど、堪える。
「ええ、それはそうだと思いますわ。学生が多く参加するみたいですもの」
そこから、パーシバルも会話に参加する。
「ただ、王立学園の中等科の騎士コースは、全員参加と言うのは考え直した方が良いかもしれません。実力不足の学生の参加は危険ですから」
これには、バーンズ公爵が反対する。
「騎士コースを選択した学生が、冬の魔物討伐に参加しないのは如何なものか? 実力不足で危ういなら、それを指導するシステムを作るべきだと思う」
確かにね! 去年は、ユージーヌ卿が女学生達の指導をしていた。
「魔法使いコースの学生の指導も必要ですわ。去年は、女学生達は私と一緒にゲイツ様の指導を受けましたが、それは王宮魔法使いの指導係が曖昧だったからです」
「ゲイツ様の指導を受けたのは幸運だが、やはりちゃんと指導係のシステムを作るべきだと思う。大学生は、成人後だから自己責任だが、王立学園の学生はまだ若くて未熟な者もいる」
これに関しては、バーンズ公爵に任せよう! 騎士団や王宮魔法使い達の指導者をキチンと決めてくれそう!
「そうですね。今年は、文官コースの学生も多く参加しそうです。学生会長のラッセルも文官コースですから」
あっ、そうか! ラッセルは外交官志望だったね!
「ソースは各自がH&G商会で買うだろうし、シュラフはバーンズ商会で買うとしても、マットは学生会が用意するのかな? パーシバル、ラッセル新学生会長に確認した方が良いかもな」
パーシバルも頷いている。
「私も、ソース類は各人に任せようと考えていますが……少し個人的な差し入れはするつもりですわ」
パーシバルは貰えるのが確定しているから、笑っていたが、カエサルは少し動揺している。
「カエサル様にも回復薬、チョコレートバー、日持ちのする焼き菓子などの差し入れをいたします」
紅茶のティーバッグは、バーンズ商会でも売っているからね。これを領地でも作ろうかと考えたけど、紅茶の葉は輸入品なんだよね。
それに、海産物の干物工場、瓶詰め工場を作るのが優先だもの。
報告とお礼を言いに来たけど、最後は冬の魔物討伐の話になったね。
それにしても、ゲイツ様、魔物討伐から南の大陸へ、そしてソニア王国へ同行されるのって大変そう。
私も、魔物討伐から、できれば領地に行ってワインの蔵開きに参加したい。そして、卒業! その後、ソニア王国へ行くのだから、忙しいかもね!




