御用達?
水曜にH&G商会に行ったら、ちゃんと看板も掛かっていた。それと、開店の予告の紙がウィンドウに貼ってあったんだ。
外から、H&G商会を眺める。ウィンドウのディスプレイ、なかなか良いんじゃ無いかな? 魚介類の見本をセンス良く飾ってあるし、ソースを使った料理サンプルを乗せたテーブル、豪華で収穫祭らしさに溢れている。
勿論、電飾もしているけど、まだオープン前だから光らせてはいない。
店内もラドリー様が高級感がある素敵な特産品店に改装して下さっている。ただ、食品を扱うから、手に取れるのはソース類だけなんだよね。
冷凍の魚、干物は、見本を置いてあるだけ。商品は後ろの冷凍庫や冷蔵庫の中! いずれは、冷凍の陳列ケースとか冷蔵の陳列棚とか作りたいな。
「ペイシェンス様、いつ開店するのかと問い合わせが多くて……」
「まぁ! 木曜にプレオープンして、予約注文の配送や受け取りを手配しているのに……金曜の開店予定ですが、警備の手配は大丈夫かしら?」
「それは、屋敷の警備の人にも協力して頂きますし、領地から兵士も連れて来ています」
メーガンだけでは開店は大変そうなので、春のグレンジャーホテルのオープン準備をしているアダムも手伝いに来ている。
この二人がいると、店舗の中が華やかになるね! メーガンには、銀灰色のスーツドレスを支給しているんだ。
これは、私がロマノ大学に着ていこうとデザインしたスーツドレスの大人バージョン。
カチッとした上着、スカートは上はタイトだけど、歩きやすいように膝からボックスプリーツが前と後ろに二本入っている。そして、白い絹のブラウスで華やかさも出している。
クールビューティなメーガンがこのスーツドレスを着たら、本当にデキる女店長に見えるだけじゃなく、華やかなんだよね。
急遽呼び寄せたアダムは、ホテルの従業員の接客訓練をしているから、H&G商会の従業員にも厳しく指導してくれた。
H&G商会の女の子の制服は、清潔感のあるアイスブルーにした。カッチリとした白い襟、白いカフス。それに白いエプロンに白のヘッドピース。靴もお揃いを支給している。
男の従業員は、外に配達に行く事が多いから、濃紺の制服。領地の兵士の制服に似ているね! 冬場はコートも支給するよ。
アダムが、ピシッと指先まで揃えての挨拶の練習をさせたり、背筋をピンと伸ばして立つ訓練をさせたので、五割増で綺麗に見える。
これ、貴族も顧客になるから、凄く重要なんだ。
メアリーが、家のお針子組の教育もアダムにして欲しそうに見ている。ミッチャム夫人がきびしく指導しているけど、使用人部屋だと気が緩むみたい。
貴族の屋敷の使用人の教育とバーンズ商会のフロアマネージャーを勤めていたアダムとは、厳しさが違うのかもしれないね。
これなら、安心してグレンジャーホテルの従業員の教育も任せられる。
騎士もいつもは一人だけ王都に来てもらっているけど、開店の警備を指揮して貰う為にローラン卿にも来てもらっている。
ベリンダは単身赴任中だから、久しぶりに夫婦一緒で良いんじゃないかな? 領地の冬の魔物討伐は、副官のジェラルディン卿がしっかりとやってくれている。
領地でも魔物の肉は、冬越しの大切な食料になるから、モンテス氏に上手く分配してもらっている。教会は苦手だけど、子ども達がいるから、多く分配するようにと手紙で伝えたよ。
子どもがお腹を空かせているのは、絶対に駄目だと思うからね! これ、実感がこもっているでしょう! 寒さと飢えで目覚めるのは辛いんだ。あっ、湯たんぽも送っておこう! 忘れないようにメモしなきゃ。
予期せぬ程の大量の予約注文だったけど、ガブリエル騎士団長もサリンジャーさんも、二期に分けて納入して良いと言ってくれたのは良かったよ。本当に人気がありすぎて、予約で商品が品薄になっちゃいそうで不安。
「店舗に並べる商品が少ないと、オープンの勢いが挫かれる気がしますわ」
ガランとした陳列棚だと困るとメーガンが困惑している。
「それは、お前が最初は品数を制限しようと提案したからだろう」
アダムに指摘されて「そうだけど、ここまで評判だとは考えていなかったの」とメーガンが言い返している。
いつもは冷静なメーガンだけど、兄のアダムには、内心の不安や愚痴が出るみたい。
店内には、商品がびっしりと並べられているけど、すぐに無くなりそう。オープンを収穫祭前にするのは、一番の書き入れ時を逃したくなかったからだけど、冬の魔物討伐前と重なったのは失敗だったかな?
いや、今年は私が全部プレゼントする訳にもいかない規模になっているし、去年も長い期間、第一騎士団からの注文が途切れず、エバには負担を掛けてしまったんだ。
ただ、パーシバルとゲイツ様にはプレゼントする予定。ソースだけじゃなく、チョコとか日持ちするケーキとかもね!
「あのう、予約注文で『スイートチリソース』が多いのですが……ソースですから増やしても良いのでは?」
味噌、醤油の予約は少ないんだよね。冬の討伐があるから、焼肉に掛けるだけで味変できるソースに注文が殺到するのはわかるけどさ。
「スイートチリソースは、領地でも作っているのですよね? それなら、予約の方は販売しても良いでしょう。落ち着いたら、試食販売とか考えても良いかもしれませんね。味噌や醤油を使った料理を少し店頭で味見していただければ、売り上げアップにも役に立つと思うわ」
メーガンは、パッと顔を輝かすけど、兄のアダムに「落ち着くのかな?」と言われて、あたふたしている。
「ペイシェンス様、これは学生の予約注文表なのですが……多いですよね。あのう、ソニア王国、バラク王国、デーン王国の大使館からも注文ですが、これはお届けした方が宜しいのでは?」
それは、メーガンの判断に任せるよ。
「あっ、リチャード王子とキース王子はどうされるのかしら? 去年は、プレゼントしたのだけど、今年はどうされるのかしら?」
キース王子とオーディン王子も中等科になったから、冬の魔物討伐に参加するんだよね。予約はまだだけど、リチャード王子がいつまでも私に依存するとは思えないんだ。これは、様子見だ!
「あっ、バラク王国の注文表を見せて下さい」
良かった! ソニア王国の四倍を注文している。いや、パリス王子がケチだとディスっている訳じゃないよ。
バラク王国から、四人参加するから心配していただけ。
日曜の昼食会で、ユージーヌ卿と冬の魔物討伐に参加予定の女学生について話し合ったんだ。
魔法クラブは、ルーシー元部長とアイラ新部長と、バラク王国のアイーシャ王女だ。
ルーシー、無事に卒業できそうなのは良いけど、王宮魔法使いの試験は大丈夫なのかな?
騎士クラブは、リンダとジェニーとバラク王国のハナ様。
見習い騎士になったカミラ様とアリエット様は、王族の警備のシフトが入って不参加。
女子テントの人数を把握したくて、ユージーヌ卿に聞いたんだ。持っていくスイーツ、多めにしよう。去年の経験から、各自も持って来るだろうけどね。
店舗の裏の事務所でメーガンとアダムと話し合っていたら、表がざわついている。
「メアリー、お店に……」
表の馬車で待機していたグレアムが、事務所の隅で縫い物をしていたメアリーに耳打ちする。
「お嬢様、大変です!」
えっ、店舗に出たら、そこにはリチャード王子とキース王子が!
「ペイシェンス! 去年の冬の魔物討伐では、ソースにとても助けられた。今年はキースも参加するから、買いに来たのだ」
ええっと、開店前だからお引き取りを……は駄目だよね。なんて考えていたら、ゲイツ様までやって来た。
「開店前なのに迷惑を掛けてはいけませんよ」
それは有難いけど、一番迷惑を掛けているのはゲイツ様のような?
「ああ、それは分かっているが、これを渡そうと思って来たのだ。購入したあとでないと、少し拙いかと思って」
リチャード王子が、キース王子に目配せをすると、薄い箱を差し出す。
「ははん、それは良い考えですね! 王妃様辺りのお考えでしょう。子爵家ぐらいならと、無理を通そうとする愚か者もでそうですから」
ゲイツ様は納得しているけど、私は意味不明。
「開けてごらん!」とリチャード王子とキース王子が笑っている。
「リチャード王太子御用達?」
私がぼんやりと金属のプレートを見ていると、キース王子が爆笑する。
「やはりペイシェンスは、変わっているな! ロマノ大学に満点合格できるのに、ぽろっと常識が抜けている」
アダムとメーガンが「凄いです!」と王族の前だから、小さな声で叫んでいる。
「ペイシェンス様、今のローレンス王国で御用達を出せるのは、国王陛下とリチャード王太子だけです。これを店舗に掲げるのは、名誉なだけでなく、王室の保護を受けているとの証になるのです。因みにバーンズ商会は、陛下の御用達を受けています」
そう言えば、前世でも宮内庁の御用達とか、イギリス王室の御用達とか聞いた事があるような?
「リチャード王子、ありがとうございます」
丁重にお礼を言ってお辞儀をする。
「礼は母上に言ってくれ。パトロンをしている少女歌劇団への功績とこれまでのマーガレットの側仕えのご褒美だ」
二人は、冬の魔物討伐の為のソースを山ほど買ってくれたよ。勿論、それは後から配送させてもらう。
店の表、ドアの上にリチャード王太子御用達の金属の証を掲げる。
「凄いです! この店の店長として頑張らないと!」
メーガンが興奮しているけど、私は居残ったゲイツ様が何を言い出すのか不安で一杯。




