ラフォーレ公爵家のパーティ前に
土曜は、早朝からパーシバルが馬の王の運動をさせに来てくれる。
「終わったら、一緒に朝食にしましょう」とここまでは良かったんだ。
パーシバルが軽く頬にキスして、馬の王と第一騎士団の運動場に向かおうとしたら、凄い勢いで馬車と荷馬車と冷凍車が門から入って来た。
「あれは、ゲイツ様ですね?」
「ええ、多分、昼食会の食材を持って来られたのだと思うわ」
忘れていたわけじゃないけど、ロマノ大学の受験とラフォーレ公爵家の演目のお手伝いとかあったから、後回しになっていたんだよね。
「ペイシェンス様! これらを日曜の食事会に出して下さい」
ふぅ、こんなに山ほどの食材が必要だとは思わない。トリュフとかの高級食材はありがたいけどね。
食材リストを渡されて、荷下ろしされていくのを見ながらチェックする。
「えっ、マッドクラブ? グレンジャー海老、雲丹、鮑、貝柱、ビッグホエール、それに鮭とイクラ!」
あっ、鮭の養殖をロマノ大学の海洋生物学のベッカム教授に依頼していたんだ。
「そう、ペイシェンス様は忘れておられるでしょうが、ロマノ大学のライトマン教授、リンネル教授、ベッカム教授も招待した方が良いと考えたのです。それと、夏休みにご主人の留守を護って下さった奥様方も。これからも手助けして貰わないといけませんからね」
そうか、教授達が夏休みをハープシャーやグレンジャーで過ごしたんだもね。奥様を招待して感謝しなきゃ!
それにしても、魔物の肉もいっぱい! 野菜やカカオ豆、香りが漂うスパイスの袋も山ほど! それは、ありがたいけど、ゲイツ様はいったい何人招待したの?
「ペイシェンス、招待客を把握した方が良いみたいですね。私も馬の王の運動の後で相談にのります」
馬の王が苛々してきたので、パーシバルは第一騎士団の運動場へ向かう。
「あのう、ゲイツ様? 招待客のリストを見せて頂けませんか? この魔物やきのこは、自ら討伐に行かれたのでしょうか?」
魔法省のトップなのに勝手な行動が多すぎるんじゃない? サリンジャーさんに同情するよ。
「ええ、勿論ですよ! そして招待状も家の執事が出しています。あっ、ペイシェンス様が招待したいと思う方を増やしても構いませんよ」
招待客リストを渡してくれた。これを手配したゲイツ家の執事さんにも同情しちゃう。
よその家の昼食会の手配をするのって、常識派の執事さんには色々と精神的な葛藤があったんじゃないかな? それと、他家に迷惑を掛けているご主人様への怒りも!
「あのう、私はペイシェンス様の料理のセンスを信じておりますが……チョコレートケーキは外さないで下さい!」
えっ、それだけ言い捨てて、ゲイツ様が帰っていったんだけど? あれこれ、料理について口を出すとばかり思っていたよ。
「ミッチャム夫人、エバを呼んで下さい。ミッチャム夫人にも参加して欲しいわ。日曜の食事会について、話し合いたいのです」
招待客リスト、そして食材リストを見ながら、昼食会のメニューを決める。
「チョコレートケーキをご所望だから、これは外せないわ」
エバは、この前の誕生日会のお土産にゲイツ様がチョコレートケーキを選ぶに賭けて外れたみたい。
「ええ、あの方は、チョコレートケーキがお好きですから」
「メロンはもうないのですよね。残念ですわ」
余裕のミッチャム夫人は、見事にメロンケーキだと賭けに勝って、誕生会のお残りのケーキを一番先に選ぶ権利をゲットしたそうだ。
メアリーは、使用人の噂は言わないけど、キャリーはお喋りだからね。まぁ、後でバレて叱られていたけどさ。
「メロンはありませんが、梨とりんご、そして栗が旬になっています」
ふふふ、それはとても美味しいケーキができそう。
パパパッと思いつくままにケーキの絵を描く。梨のシャルロットケーキ、タルトタタン、そして栗のモンブラン! 栗のケーキは、去年の魔物討伐前に出したけど、今回は飾りの栗もブランデーで炊いたマロングラッセにしてもらおう!
ざっとエバに話すだけで、大体の作り方が頭に浮かんだみたい。これらのケーキを小さく作って、ケーキバイキングにする予定! 奥様方も招待するのだから、二つは選びたいでしょう!
「美麗様を招待した時の様に、少量ずつ皿数を増やしたいの」
エバも心得ているから頷く。ただ、ミッチャム夫人は少し不安そう。
「ゲイツ様とかは物足りないのでは?」
「いえ、ゲイツ様や殿方には、多めに皿に盛り付けますわ。子爵様や教授方は少し多め程度に」
これは、エバに任せておけば大丈夫そうだと、ミッチャム夫人も安心する。
「それと、マカロンのタワーを作りたいの。見栄えが良いと思うわ」
それも絵に描くと、ミッチャム夫人が「素敵ですわ!」と喜ぶ。家政婦として、素敵な昼食会を開くのは腕の見せ所なのだろう。
「チョコレートファウンテンは、昼食会には向きませんよね」
あれも素敵だけど、ちょっとね。誕生日会とかには良いのだけど。今回は大人の昼食会だから。
その後も、折角の昼食会なのだから、新作料理を出そうと、エバと話し合う。
「トリュフをいっぱい頂きましたから、ゲームパイにも入れたいと思っています」
それは、美味しそう! でも、トリュフがあるなら、あれを食べたい。前世で大好きだった料理をエバにオーダーする。
パーシバルが馬の王の運動から帰ってきたので、一緒に朝食だ。
「それで、昼食会は何人になったのでしょう?」
お父様にも許可を得るのは簡単だ。これは、助かるよね!
「家族が四人、パーシー様、ゲイツ様、サリンジャー様、ラドリー様。そして、夏合宿に協力して頂いたサリエス卿とユージーヌ卿。領地の開発に協力して頂いているライトマン教授夫妻、リンネル教授夫妻、ベッカム教授夫妻をゲイツ様が招待した方が良いと思われたみたいです」
総勢十六人。グレンジャー屋敷が広くて良かった。そして、パーシバルとの新居も広い屋敷にして良かったと笑い合う。
私は、前世の記憶で、小さな屋敷の方が快適じゃないかと思っていたんだよね。こちらでは、屋敷でパーティや食事会も開くから、食堂が狭かったら大変だよ。
メニューは、二、三品は新作を出すけど、基本はゲイツ様が好きな物をエバに作って貰う事にした。
夏休みにノースコート伯爵領から嫌な司教を追い払って貰ったお礼だからね。
朝食の後、少し昼食会について話し合うと、パーシバルは屋敷に帰った。今日の夕方からは、ラフォーレ公爵家のパーティだから、体力のないペイシェンスは身体を休める必要があるからだ。
そうは言っても、まだ午前中だから、弟達と遊びたいなと思っていたら、メアリーが遠慮がちに声を掛ける。
「お嬢様、少しお時間を……」
えっ、もしかしてメアリーおめでた? と思ったけど違った。
「マダム・マグノリアがデザインを見て欲しいと言っているのです」
ふうん、結婚して半年! ちょっと期待しちゃったよ。
マダム・マグノリアは、お針子チームのリーダーとして、私の友だちやアンジェラのドレスを作っている。勿論、私のドレスが一番多い。
少しずつ、友だちの友だちとか、友だちの親戚とか、顧客は広がっているんだよね。
いずれは、アップタウンにマダム・マグノリアのドレスメーカーを作りたいけど、今は、領地の特産品店の出店準備だけで手一杯。できたら、収穫祭前にオープンさせたいんだよね。
「ああ、素敵なドレスだわ! これは……私が小劇の為にデザインしたのに似ている気がするのだけど?」
すらっとしたデザインのドレスだけど、スカートの裾は指にリングで掛けられるようになっている。中には、レースのペチコートがあり、舞うたびに翻る感じ。
「ええ、お嬢様がデザインされた反故紙を見せて頂き、ソフィアの流行と組み合わせたのです」
えっ、これを見せたのって、もしかして?
「スカート部分を縫い直して、実はできているのです」
マリーとモリーが二人でドレスの裾が床につかないように慎重に運んでくる。元々のドレスは薄いブルーに銀ビーズ刺繍が施されたデザインだったが、裾にバイヤスの布を継ぎ足して、指に掛けるリングも付けてある。
裾の銀ビーズ刺繍も加えてあるけど、大変じゃなかったの?
「できたら、試着して頂きたいのです」
ふぅ、試着は体力を使うけど、まだ午前中だから、昼寝をすれば回復できそうだよね。
次のパーティからでも良いけど、マダム・マグノリア、マリー、モリー、そしてメアリーのより良いデザインのドレスを着て欲しい! という熱意に背中を押された。
試着したら、私のドレスを十何着も縫っているチームだから、ピッタリ!
「素敵ですわ!」メアリーが目に涙を浮かべている。
「ペイシェンス様、少しだけで良いので踊ってみて下さいませんか?」
応接室で、カミュ先生にハノンを弾いて貰い、ナシウスと一曲ダンスする。
「お姉様、とても綺麗です!」
ヘンリーに褒めて貰って嬉しい。
「あああ、素敵だわ!」
「次は、中のペチコートを別の色にしても良いかもしれません!」
「ドレスが翻っても脚は見えませんわ!」
私も、ダンスして脚が見えたら困ると思っていたので、バイヤスカットのスカート生地がストンと落ちながらも、少しターンすると翻り、中のペチコートのレースがひらりと見える程度で、大丈夫だと確認できた。
「このデザインは、ソフィアでも流行りそうですわ! 舞踏会に相応しいドレスですもの!」
まぁ、今夜試しに着たら、リリアナ伯母様がチェックしてくれるでしょう。
駄目な場合のドレスもメアリーは用意しているみたい。




