『愛あれば』の小劇
ランチを手早く済ませると、其々が忙しく動く。
私は、パーシバルとメアリーに付き添われて、ラフォーレ公爵家の大広間で、少女歌劇団の二期生の指導だ。
案内は、アルバートじゃなくて、チャールズ様。アルバートとマークスは、クラーク教授と編曲の真っ最中だからね。
「まぁ、すごい舞台ですね!」
ラフォーレ公爵領にも、劇場があったから不思議じゃないけど、ロマノの屋敷にこの規模の劇場を持っている人はいないと思う。
「ああ、いつもはこの広間に椅子やソファーを置いて、音楽会を催しているのだが、舞踏会だから、椅子は隅に置くだけだ」
それでも、王妃様や公爵、そしてベーリング大使夫妻や上級貴族などが観覧できる桟敷もある。
本当に劇場そのものだよ。まぁ、グレンジャー家の図書室も一貴族の屋敷にあるには大きすぎるんだけどさ。
その上、舞台は迫り上がりの装置や、背景のスクリーンまである。オペラも演じさせているみたい。
舞台の横には楽屋と衣装部屋、そして楽器部屋もある。
ラフォーレ公爵家お抱えの楽団もいつでも練習開始できるようにスタンバイしている。
「これは、昨夜アルバートが作詞を書き込んだ楽譜です。これで、少女歌劇団に指導して下さい」
楽譜と一緒に配役表も渡された。アルバート、昨夜は一睡もしていないんじゃない? 試験大丈夫だったのかしら?
「倒れなければ良いのですが」とパーシバルも心配そうだ。
「適当な時間になれば、眠らせます」
チャールズ様の笑顔が怖い!
少女歌劇団の二期生達。その中でも一期生よりも幼いタイプを選んでいる。
「子供役は、こちらに! 家庭教師役は、ここですね」
男の子役と女の子役、それぞれ四名ずつ。子沢山だね!
子ども服は着ているから、カツラを使用人が運んで来て、男の子役に被らせる。女の子役は、一人だけ赤毛の子に栗色のカツラを被らせる。同じ色合いじゃないと兄弟に見えないもの。
「背の順に並んで下さい。先生役は先頭で!」
ダンスの練習もしているから、キビキビと動く。
アルバートの『愛があれば』の小劇は、家庭教師役が子ども達に音楽の楽しさを教えるところから始まる。
『ドレミの歌』だけど、歌詞は全く違っている。まぁ、当たり前だね! 英語と日本語の歌詞も違ったもの。
「家庭教師が、子どもたちと楽しく歌う感じです。一度、歌ってみましょう!」
ハノンで伴奏して、皆に歌わせる。流石、少女歌劇団二期生だ。
家庭教師が、子ども達を指揮する感じの演技指導をして、一応は終わる。
「二曲目は『私の好きな物』ですね。これは、家庭教師に椅子に座って貰って、周りを子ども達が囲んで歌う感じです」
素早くソファーが舞台に設置される。家庭教師役が真ん中に座り、幼い二人が横に座る。大きな子四人は、ソファーの後ろに立ち。真ん中の二人は、前に座る。
立ち位置を決めたら、ハノンで伴奏して、歌わせる。
「ううんと、好きな物を一人、一つずつ歌っていく感じで、やってみましょう」
幼い子は、クッキーとぬいぐるみ。真ん中ぐらいの子は、おもちゃとキラキラの星。大きな子は、リボン、ポニー、本物の剣、素敵なドレス。そして、家庭教師は、雨の後の虹!
「とても良い感じですわ!」と褒める。
「アルバートは、後一曲欲しいと言っているのですが……このままでは、少し幼い感じが前面に出過ぎているので、『薔薇姫』とのバランスが悪いと悩んでいました」
「チャールズ様、でも乾杯の歌は舞踏会の初めの演目ではないのですか? 『愛あれば』の曲は、途中の出し物だと書いてありますけど?」
舞踏会の途中で、軽い食事を出したりして休憩する時に、出し物をするのだと思っていた。
「そうなのですが、もう少し舞踏会らしい華やかな歌も欲しいと考えているみたいです」
えええっ、それは無茶振りだよ! 私が困っていると、アルバートがやってきた。
「こちらも気になって! 小劇の途中までしか考えていなかったから」
まぁ、それは大変だとは思うけど、こちらに任せっきりは嫌だよ。
アルバートと一緒に小劇の台本を考える。
「先ずは、家庭教師を先頭に小さな子から順に出てきて、音楽レッスンを始め『ドレミの歌』を歌う」
これは、このままで良いみたい。アルバートも頷く。
「次は『私の好きな物』で、ソファーに座って……」
「舞台の迫り上がりを利用しよう!」と叫ぶ。
「最初の立ち位置は、ここ! そして、絨毯の上にソファーを配置して、舞台に迫り上がらせる。座る位置は……ペイシェンスが指示してくれたのか? それで良い!」
音楽関係は、アルバートに任せておけば良いんじゃない?
「ここから、子どもは退場させて、家庭教師と公爵のバラードにしたいのだけど、いきなり感がありすぎる! 少女歌劇では、段々と愛が芽生えてくる設定なのだ!」
あっ、アルバートの言っている意味も分かる。子どもと家庭的な良い雰囲気だったのに、いきなり公爵とのラブシーンだなんて不自然だよ。
「あのう、上の女の子は何歳ぐらいの設定なのかしら?」
八人兄弟で、下の子は六歳ぐらい。年子がいたとしても、十五、六歳だよね。
「そうだ! 上の娘と帝国の見習い騎士との悲恋もあるんだよな!」
「家庭教師が、子ども達を連れて舞台から去った後、女の子が人目を気にしながら、舞台へ! そして、そこに恋人がやってくる!」
後は任せようと思ったけど、アルバートに手を握られて「ペイシェンス! 凄いぞ!」と叫ばれる。
「アルバート!」とパーシバルとチャールズ様が注意して、手は離してくれたけどね。
前世のよく似たミュージカルでも、あったシーンを思い出しながら、ハノンを弾く。
「ええっと、男の子が一歳上だから、女の子に大人ぶって、色々と注意する感じなの。女の子も、もう少ししたら社交界デビューだから、子どもではないと歌い返すのよ!」
ちょこっと覚えていた歌詞を歌ったら、アルバートが凄い勢いで歌詞を書いた。楽譜は、ラフォーレ公爵家のお抱えの楽士が起こしてくれたよ。
迫りあがりで、ガゼボをだして、若い二人が交互に歌う演出にする。個人屋敷に迫り上がりのある舞台! 考えられないね!
「これは、初々しくて、社交界デビューされた令嬢達に相応しいでしょう」
チャールズ様に褒められたけど、舞踏会では、初々しい令嬢達に狙われているんだよね。ちょこっと気の毒!
マーガレット王女、ジェーン王女の婿候補だったけど、二人とも縁談があるから、フリーになっちゃったからね。
「ただ、もう少し盛り上がる感じで終わりたい」
アルバートの無茶振りだ。でも、私もやるからには、ベーリング大使に拍手喝采させたい。
「舞踏会なのだから、舞踏会を演じさせたら良いのでは? 小さな子以外は、全て舞台に出して、踊るのよ!」
これは、イギリスの花売り娘が、初めて社交界に出て、恋に浮かれる歌。
「朝まで踊り明かしたい! という曲ですの」
ハノンで弾いたら、後は任せよう。アルバートは「これは、単純な歌詞の繰り返しにしても良いな!」と喜んでいる。
「ペイシェンス様、とても素敵な小劇になりそうです」とチャールズ様も労ってくれているし、そろそろお暇しよう。
パーシバルとアイコンタクトを取って「これで……」と言いかけたら、間が悪くカエサルとアーサーがベンジャミン達と電飾階段を持ってきた。
私だけだったら、錬金術クラブの騒動に巻き込まれていただろうね。
でも、パーシバルは強い。にっこりと笑って、チャールズ様にお暇乞いをする。
「お茶ぐらいならできますが、グレンジャー家のお菓子の方が美味しいのは確実なのですよね!」
ホテルでお茶する気力はないよ。エバの美味しいスイーツでお茶したい。
ただ、私の中のお節介焼きオバさんが騒ぐ。衣装の子供服、ダサいんだもの! それに、家庭教師役の衣装もフリルいっぱい! 違うんだよ! 清楚さをアピールしなきゃ。
お茶をしながら、デザインしちゃった。
子どもは基本はセーラー服。男の子は、小さい子は半ズボン。大きな子は長ズボン。女の子のスカート丈は、大きくなるにつれて長くなる。
家庭教師は、灰色の地味なドレス! でも、白の大きな襟とカフスで、若々しさも感じさせる。胸元には、紫水晶のブローチ(母の形見設定)。
そして、ダンスシーンでは華やかなドレス! 少女歌劇団では、舞台映えが良いように昔風のフープが入ったドレスを採用していたけど、却下!
今風のドレスで、尚且つ華やかな印象になるように、スカートの裾を指にリングで掛けるスタイル。
そうしたら、踊る度に、スカートが翻ってとても華やかだと思う。
上の女の子は白のドレス! 大きな子達も、可愛くて華やかなドレスと正装!
「ペイシェンス、ほどほどに!」とパーシバルに笑われたけど、何枚も描いたデザイン画をメアリーにラフォーレ公爵家に届けてもらう。
公爵家なんだから、なんとかするでしょう! 歌劇団の衣装係もいそうだからね。
「パーシー様、お付き合い下さり、ありがとうございました」
キャリーは、メアリーほど監視が厳しくないから、私からキスしちゃった。
「受験の疲れも、飛んでいきましたよ」
受験より、その後の方が疲れたね!




