涙の収穫祭
収穫祭も朝からマーガレット王女を起こす。今日は凝った髪型にしたいと言われていたので早目に部屋に行った。
『いつかは自分で起きてくれる日がきますように』
エステナ神に祈るが、多分私が側仕えをしている間は無理そうだ。
いつもの如く生活魔法で起こし、紅茶を差し出す。
「本当に王宮の女官やメイドに起こし方を教えて欲しいわ」
夏休みの間、シャーロット女官と侍女のゾフィーに教えたのだが、私の生活魔法はやはりちょっと違うみたいで覚えられなかった。
「髪を整えるのに時間が掛かりますから、早く着替えて下さい」
ベッドでのんびりと紅茶を飲んでいるマーガレット王女を急かす。
着替えたマーガレット王女に生活魔法で「綺麗になれ!」と唱える。これで寝癖も直る。便利!
さっさとハーフアップにして、今日の黒のビロードに小さな星が付いた髪飾りで止める。金髪に黒の髪飾りが良く映える。
指に髪の毛を少しずつ巻き付けながら「カールになれ!」と巻き髪を整えていく。
「本当にペイシェンスの生活魔法は便利ね。王宮で巻き髪を作る時はコテで巻くのよ。時々、コテが熱すぎて髪が傷んでしまうの。キャサリンの髪も毛先が傷んで切ったりしているわ」
この世界にはコンディショナーは無い。キャサリンの屋敷ではメイドが生卵とか酢で手入れしているのだろう。卵って高いのにね。
朝食に間に合ってホッとする。音楽クラブの発表は、午前中の最後なのだ。朝食抜きだと辛い。あの長い合奏曲の間、私の腹が鳴ったりしたら、アルバート部長に殺されちゃうよ。
講堂にはゆっくりとマーガレット王女と向かう。あまり早く行くとコーラスクラブと遭っちゃうからね。丁度、コーラスクラブの発表だった。舞台に上がっているなら大丈夫。喧嘩しようが無いもの。
収穫祭は6年生の追い出し会を兼ねているので、講堂の1階は6年生でいっぱいだ。私達在校生は自由参加で2階席だ。
「まぁまぁね」
マーガレット王女は相変わらず辛口批判だけど、私も同感かな。コーラスクラブって女子が多い。それは音楽クラブでも同じだけど、こんなに女子ばかりだったけ? 男子が2人しかいない。だから、声のバランスが取り難いみたい。
「あれっ? 次もコーラスクラブですか?」
不思議に思ってマーガレット王女に尋ねる。
「ああ、ペイシェンスは知らなかったのね。コーラスクラブは内部分裂したのよ。こちらはグリークラブになるそうよ。来年の青葉祭、タイムスケジュールで大揉めしそうね」
こちらはダンス込みのミュージカル仕立て。男子の殆どは此方に移ったんだね。
「まだ練習不足ね。見てられないわ」
ダンスも歌も中途半端だけど、私はこっちの方が楽しい。異世界に来て娯楽って少ないもの。
「音楽クラブが新しい曲を提供したら面白いのに……」
なんて呟いたら「それは良いな」なんてアルバート部長に聞かれてしまった。
「前からコーラスクラブには腹が立っていたんだ。古い曲を歌うだけだなんて何が楽しいのかとね。グリーの奴らの出来は良く無いが、変化を求める姿勢は買う。今度、提案してみよう」
マーガレット王女も音楽ラブ人間だ。
「そうね。ならダンスクラブにも協力をさせましょう。振り付けがなってないわ」
勝手にクラブ活動に手を出そうとする計画が練られているとは知らず、グリークラブの発表は終わった。
幕が降りて、音楽クラブの発表の為の楽器の設置が始まった。
「早く設置を済ませてくれないと、時間が押すぞ」
新学生会長のルーファスは、自分達の初仕事だと張り切って口を出してくる。こんな細かい事は学生会のメンバーに任せておけば良いのにね。小物っぽく見えるよ。まぁ、リチャード王子の後だから張り切ってしまうのは無理ないと思うけどね。
音楽クラブの合奏は自分で言うのもなんだけど、成功だった。新しい曲を熱心に練習した成果が出たね。私もトライアングルの音やタイミングを間違えなかったよ。あっ、でもアルバート部長に目で合図されるのちょっと困惑しちゃうな。結構、真剣な目、嫌いじゃないかも。ドキッとしちゃう。駄目、あれは音楽馬鹿!
昼食を挟んで、演劇クラブの発表だ。私は初観劇なので楽しみにしていたけど、退屈だね。これ古典の神話だよ。昔、昔のお話でやたらと神様が出てきて神罰を与える内容。エステナ教の前の多神教みたいだね。あら、殆どの学生が寝ている。お腹いっぱいだし、眠くなるのも当然な内容だもんね。
「何故こんな退屈な演目にしたのかしら? 2時間も取ったくせに」
マーガレット王女が怒っていますよ。私も同感かな。
「きっとリチャード王子に相応しい格調高い演目を演じたかったのだろう。心根の浅ましさが透けて見える」
アルバート部長、他のクラブに容赦無いね。まぁ、会議の時から文句たらたらだったしね。
やっと長い劇が終わり、新学生会長のルーファスが挨拶をする。まぁまぁ上手だよ。ちょこっと声が裏返っていたけど、上手い、上手い。パチパチ。
リチャード王子がお礼の挨拶をしている。やはり役者が違うね。この王子ならローレンス王国も大丈夫だと皆が思うオーラがあるよ。後は、もう少し大人になって馬鹿な事を言う弟を許す心の余裕を持って欲しいな。なんて考えていたら、女学生達のハンカチが涙に濡れていた。
「そっか、卒業されるんだね」
私は前世で卒業式に泣くタイプでは無かった。なのにペイシェンスったら涙もろいんだもの。レース編みの縁飾りの付いたハンカチ(内職の)で涙を拭ったよ。
収穫祭のダンスパーティは、卒業されるメリッサ部長が、ロマノ大学生の婚約者を招待しているのに驚いたあと、リチャード王子と一曲踊った。
「マーガレットとキースの事を頼んでおく」
やれやれ業務連絡された気分になったよ。それに、キース王子の側仕えじゃないのにさ。




