バースデーデートは?
ヘンリーと私の誕生日会は、ゲイツ様の過分なプレゼントはあったけど、何とか無事に終わった。
それぞれに、ケーキを一ホールで持って帰ってもらう。
家族で食べてもらいたいな。一名は全部自分で食べてしまいそうだけど。
「夜にまた迎えに来ますが、その前に少しだけ新しい馬車に乗っても良いですか?」
新馬車の試乗をすることになったんだ。これって、バースデーデート? 嬉しい!
でも、ヘンリーの乗りたいって視線に気づいてしまった。
「全員で、ロマノ大学に見学に行きましょう!」
ナシウスもヘンリーもロマノ大学に行ったことがないので、喜んでいる。お姉ちゃん失格だよ!
「水曜に受験ですから、どの校舎かチェックしておいた方が良いですね」
馬車の乗り心地は、振動がなくて快適だった。まぁ、王都ロマノの中は、舗装もちゃんとしているんだけどね。
「ああ、領地の道の舗装工事をしてもらっているのですが、ちゃんと出来ているでしょうか? この馬車だと確認できませんね」
パーシバルが笑う。
「その時は、普通の馬車に乗れば良いだけですし、見た目でも確認できるでしょう」
「あっ、その通りですわね!」
そんなたわいもない話をするだけでも楽しい。ただ、十一月は領地に行けるかわからない。
「ワインの蔵開き、行きたいのですが……無理ですわね」
パーシバルは、少し考えている。
「魔物討伐が早く終われば、次の週は行けるかもしれませんが……こればかりは分かりませんね」
今年の秋は、通年通りだ。去年みたいに、夏がいつまでも続くような暑さから、極寒になるような事はなさそう。
「ただ、竜の活動が活発になっているというのが不安です。他の魔物も多くなるのでは?」
しまった! 弟達を不安にさせちゃう。
「領地の騎士からの報告では、変化は感じられませんから大丈夫でしょう!」
「そうですね! 早く討伐から戻れたら、領地に一日か二日でも行きたいですわ!」
そんな話をしているうちに、ロマノ大学に着いた。
「わぁ、大きな大学ですね!」
ヘンリーが青い目を輝かせている。騎士志望だけど、大学に進学する道もあるんだよ。
「ナシウス、あちらが大学図書館だ」
本の虫だったナシウスだけど、サミュエルと友だちになってから、乗馬や剣術も頑張るようになった。でも、やはり読書は大好きだから、目を輝かしている。
「お父様は、大学の図書館で本を借りて読まれたら良いのでは?」
家の図書室より所蔵数は多いよね?
「大学の図書館には専門書が多く所蔵されていますから、読書を楽しむと言うのとは少し違うのかもしれませんね」
確かに! それにお父様は娯楽本を読むのも好きだから。
「メアリー、あそこが侍女や従僕の控え室です」
校舎の手前には、馬車止まりの横の建物があり、馬丁も、ここで待機するみたい。
侍女の控え室は、一応は校舎の一角にあるけど、ここで一日中待っているのって退屈じゃないの?
「パーシー様、どのくらいの学生が侍女や従僕を連れて来ているのでしょう?」
パーシバルが困った顔をする。えっ、いないの?
「少ないと思いますね。ただ、女学生がほとんどいませんから……。リチャード王子は、従僕を連れて来られていますし、何人かは……」
つまり、不要なのでは? と思うけど、メアリーが固い顔だ。絶対について来そう。
「行き帰りに侍女が必要なら、馬車で行き来すれば良いだけだと思うわ」
まだ納得していない顔だけど、入学して様子を見てみよう。メアリーは働き者だから、何もしない時間に退屈するかもしれないもの。
「ペイシェンスの試験会場は、二階の大教室ですね。私は三階の大教室です。遅刻しないように気をつけましょう!」
試験会場の確認をして、ナシウスの行きたそうな図書館を見学した。
その後、カフェでお茶をしていたら、日曜なのにザッカーマン教授と出会った。
「やぁ、ペイシェンス・グレンジャー君、今日は試験の下見かね?」
「ザッカーマン教授、その通りなのです。試験の大教室を確認して、婚約者と弟達とお茶をしているのです」
パーシバルは、立ち上がって自己紹介をする。
「パーシバル・モランと申します。ペイシェンスと一緒にロマノ大学を受験します」
ザッカーマン教授に弟達も紹介する。
「ナシウス・グレンジャー、王立学園の二年生です。ヘンリー・グレンジャー、九歳になりました」
二人ともきちんと挨拶をする。お姉ちゃん、誇らしいよ!
「利発そうな弟さん達だ。学長も誇らしく思っておられるだろう」
うっ、私ってチョロい? 弟達を褒められたら、ザッカーマン教授のことが好きになっちゃった。曲者っぽいって思っていたけどさ。
「ザッカーマン教授も一緒にお茶をしませんか?」
「おお、それはありがたい! 一人でお茶をするのは味気ないから」
メアリーが気をきかせて、お茶と茶菓子を買って運んでくる。ザッカーマン教授は、お金をきちんと支払っていたけどね。
「ああ、そうだ! 指導教授との面談は、再来週の火曜でどうかな? 午後一時なら空いているのだが」
手帳を出して、確認しているけど……まだテストを受けてもいないんだよね。
「あのう、合格が決まってから、指導教授の面談を申し込むと聞いているのですが?」
ザッカーマン教授は、優雅にお茶を一口飲んでから話す。
「優秀なペイシェンス君が落ちるなんて考えてもいません」
えっ、もしかしてお父様が圧力を掛けて合格決定? そんなタイプだとは思えない。
「父が何か手回しでもしたのですか?」
「まさか! そのような事をされる方ではないでしょう」
そうだよね! ホッとしたよ。
「では、私が優秀だと吹聴しているのでしょうか?」
それも、違うと思うけど、わからないからね。
「王立学園を三年で卒業できるのは、天才だけですよ。それに、早く指導教授にならないと、横車を押す教授も多いので……」
ゲッ、思い当たるふしがあり過ぎる!
「植物学のリンネル教授や海洋生物学のベッカム教授などは、穏やかな主張なのですが、錬金術学科のグース教授、歴史学科のヴォルフガング教授、魔法学科のライオネル教授からは、激しく抗議されています。何も知らない少女をたぶらかしていると非難されました」
げー! 迷惑をかけているじゃん!
「申し訳ありません!」と謝ると、ザッカーマン教授は青い目を煌かしてウィンクする。
「ははは、この程度をかわさなくて、ロマノ大学の教授などやっていけません。優秀な学生の取り合いに負ける私ではありませんよ」
強気で曲者揃いの教授達! 不安が込み上げてくる。
「父は学長としてやっていけるのでしょうか?」
「グレンジャー学長は、学生の自主性を重んじられます。それに、他の教授達が学長室に抗議しに押し掛けても、平然と却下されました」
まぁ、理想主義は貫き通すだろうね。私は、より不安になったよ。首になった過去が蘇る。
「お父様は、素晴らしい学長なのですね!」
ヘンリーの全幅の信頼が眩しい。ナシウスは、思案顔だ。
「あのう、予算とかの管理はできているのでしょうか?」
それ、私も心配! 何年分もの予算を全部使い果たすとか、ありそうだもの!
「予算とかは、事務方にお任せされているようです。教授達の予算請求は、教授会で決定していますが?」
ナシウスと私は、ホッとした。横のパーシバルも少し笑顔になる。極貧のグレンジャー家を知っているからね。
指導教授との面談も決まったし、お父様が学長としてちゃんとやっているのも確認できたけど、これってバースデーデートなのかな?




