ヘンリーが九歳に!
ソニア王国へマーガレット王女が訪問する事が決定し、私も側仕えとして同行して欲しいと言われたけど、お父様が反対したら無しなのかしら?
そんな事を考えていたのだけど……変人指定されているお父様なのに、王妃様には弱いみたい。朝食の席で、あっさりと承諾したと話す。
「ペイシェンス、冬休みはソニア王国に行くのだなぁ」と決定したように言われたよ。
報連相って言葉をお父様には覚えて欲しい。やれやれ!
「お姉様、外国に行かれるのですか?」
今日の主役のヘンリーが羨ましそうだけど、こればっかりはね。
「大人になれば、行く機会があるかもしれませんね」
騎士が外国に行くのは、戦争とか以外でもあるよね? 例えば、今回のマーガレット王女の護衛とか騎士もいそうだからさ。
「お父様、今日はヘンリーの誕生日パーティを開くつもりです」
まぁ、私も報連相がちゃんとできていないのかも。
「そうなのか? では、ペイシェンスの誕生日パーティでもあるのだな。幼かった子ども達が、成長したのは嬉しいが……」
まだ結婚は四年も先なのに、花嫁の父の憂いなのかしら? 気が早すぎるよ。
ナシウスとヘンリーを子ども部屋に「勉強しておきなさい」と追いやって、食堂と居間の飾りつけをする。
「ふふふ、物質を浮かべる魔法陣を使えば、風船を飛ばせるのよ!」
ナシウスの時のバルーンの飾りは、ゲートに括りつけたり、棚の上に花と一緒に飾ったんだ。
でも、浮かんだ方が色々なバルーンアートができる。
『ハッピーバースデー』『ヘンリー』とバルーンに一文字ずつ書いたのを、順番に浮かべる。
「お嬢様? ご自分のは?」
メアリーが着替えに呼びにきて、私が満足そうに眺めているバルーンアートにケチをつける。
「私のは良いのよ!」と言ったけど「ヘンリー様が気になさるのでは?」と反論されちゃった。
「確かに……でもペイシェンスって文字数が多いのよね」
ぶつぶつ言いながら、ペイシェンスのバルーンも作る。
「ヘンリーの誕生日プレゼント、去年買った戦馬だけで良いのかしら? 冬服は新調したけど」
メアリーが十分ですって顔で、私を着替えに急かせる。
「婚約者のパーシバル様がいらっしゃるのですから、綺麗に着飾らないといけません」
それは、そうなんだけど……誕生日パーティの後のデートは無理かもね。モラン伯爵夫妻に屋敷に招待されているんだ。マーガレット王女のソニア王国訪問についてだと思う。
ヘンリーも九歳! 来年は十歳! つまり、再来年は王立学園に入学するんだ。
カミュ先生のお陰で、恥をかくような成績じゃないし、乗馬や剣も大丈夫だよね。
転生した頃、小さかったヘンリーが九歳になる! 私が感慨に耽っていると、メアリーも「お嬢様が十三歳になられるのですね」と涙ぐんでいる。
「お嬢様……ゲイツ様がいらっしゃいました」
キャシーが声を掛ける。
「まだ十時になっていないのに? パーシー様はまだよね?」
誕生日パーティは、十時からだ。少しゲームをして、早めに食事、そして外でホイールやリングで遊んで、お茶をしてお終いの予定。
「仕方ないわね……きっと、ソニア王国には行くのに、竜の谷には何故行かないのかとか文句を言いに来られたのよ」
メアリーも、恋愛の都のソニア王国に行くのと、ドラゴン退治に竜の谷に行くのとは、全く違うと首を横に振っている。
「ペイシェンス様、ヘンリー君、誕生日おめでとう!」
ヘンリーには、細長い箱。そして私にはバラの花束を渡してくれた。うん、常識の範囲内のプレゼントって、気楽に受け取れるし、嬉しいね!
「ありがとうございます」と受け取る。
「開けてみても良いですか?」
ヘンリーが許可を得て、細長い箱を開ける。
「ナイフですか?」
今年のナシウスへの誕生日プレゼントは、投げたら必中のペーパーナイフだった。
文官志望のナシウスには良い品だったよ。
「あっ、それは扱いに気を付けて下さい。革の鞘に入れておいた方が良いですが、いざという時は、身体の何処にでも刺せば、血を抜くことができます」
えっ、それってめちゃくちゃ怖い武器では?
「魔物の血抜きに便利ですね!」
いつまでも、素直なヘンリーのままでいて欲しいよ。
「ペイシェンス、ヘンリー、誕生日おめでとう!」
パーシバルがやってきて、頬にキスしてくれた。嬉しい!
「あのう、屋敷の前にハープシャーの紋章がついた馬車があったけど、買ったのかい?」
「ゲイツ様!」と睨むと「誕生日プレゼントですよ」と笑う。
「それに、国宝級のマントと指輪とベストを頂いたお礼です」
パーシバルも呆れているけど、屋敷の前の馬車を見て驚いた。
魔法を感じるんだ。思わず、馬車の下を覗き込む。
黒い塗装がされているけど、これって魔法陣を隠してあるんだよね?
「これって……ゲイツ様、宜しいのでしょうか?」
そう、当分は秘密にしておくと言った反重力が使ってある無振動の馬車なんだ。
「ソニア王国まで、ガタガタ揺られるなんて御免ですからね。ああ、母と王室にも納めておきましたから、大丈夫です。それに、ソニア王国が欲しがっても、魔法陣は機密にしてありますから。黒の塗装に手を付けたら、燃えてしまいます。あっ、馬車は燃えませんよ。魔法陣だけです」
確かに、十日以上も馬車の旅になるので、スライムクッションがあってもお尻が痛くなりそうなんだよね。
アンジェラ、サミュエルがやってきたので、居間で少しゲームをして遊ぶ。
アンジェラからは、可愛い髪飾り、サミュエルからは螺鈿のついたリュートを貰った。練習不足を責められている気分になったよ。
ナシウスからは、私の肖像画! ヘンリーは、多分、馬の王の絵だと思う。絵はもう少しカミュ先生に指導強化してもらおう。
「とても、嬉しいわ!」二人にキスしておくよ。
そして、パーシバルからはサファイアのネックレスとピアス! 嬉しい! 他の人がいなければ、キスしちゃいたい。
エバの料理は、常に好評だけど……ゲイツ様は、私のバルーン飾りに呆れた目を向けた。
「ペイシェンス様には、常識を覚えて頂かないといけませんね。こんな物に貴重な魔法陣を使うだなんて」
「それ、ゲイツ様にお返ししたいです! 馬車だなんて、高価過ぎますわ」
でも、お尻の安全の為には嬉しいプレゼントだったけどね。
ヘンリーのバースデーケーキはメロン! 真剣な顔で蝋燭の火を吹き消した。
私のバースデーケーキは、ナシウスが好きな梨のミルクレープ。
『竜が飛来しませんように!』
真剣に祈って、吹き消した。そう言えば、転生してからずっと祈りは『寒さや飢えで苦しみませんように』だった。
やっと、生活は楽になったけど……竜は困るよ! それに、ソニア王国行きも不安な面もある。
でも、今日は誕生日パーティなんだから、思いっきり楽しもう!
ホイールは、ヘンリーの独擅場だった。パーシバルやゲイツ様、ナシウスとサミュエルも頑張っていたけど、クルクル回り過ぎると胸焼けがしたみたい。
特に、ゲイツ様は料理もケーキもお代わりしていたからね。
アンジェラと私は、リングを棒で回しながら庭を走った。
「一番早く一周した人から、お土産のケーキを選べます」
こんなことを言ったから、ゲイツ様が必死になってトップを取ったんだ。
「メロンケーキが良いです! でも、チョコレートケーキも欲しいし……」
メロンケーキ、梨のタルト、チーズケーキ、レモンパイ、チョコレートケーキを眺めて、ゲイツ様が悶絶している。
お茶受けは、色とりどりのマカロンとチョコレート!
「このところ、チョコレートが届かないのですが?」
不満そうなゲイツ様だけど、バーンズ商会で売り出したから良いと思ったんだ。家で、エバには少し作って貰っているけどね。
「バーンズ商会で購入されたら良いのでは?」
チッチッチって指を立てて振って「味がまだまだです!」と不満を言う。確かに、まだ少しザラついたチョコレートなんだ。
「それと、魔法の授業、どうなっているのでしょうか!」
ああ、それは忘れて欲しかったよ。
なんだか、私とヘンリーの誕生日パーティなのに、あれこれ請求された気分。その代わりが馬車なのかな?




