バラク王国へは行かないよ!
ゲイツ様が突然屋敷に来るのは、マナー違反だけど慣れている。慣れたくないけどさ。
今日は、夕方に寮に行くまでパーシバルとゆっくりと勉強したり、話して過ごす予定だったんだ。それを邪魔するなんて!
腹が立っていても、ペイシェンスから受け継いだマナーは、少し微笑んで急な訪問者を迎える。
「ペイシェンス様! いつまでたっても魔法教室の予定が立たないので、こうして屋敷まで訪ねて来たのです」
パーシバルと顔を見合わせて、溜息を押し殺す。
「ゲイツ様、私は月に一度は領地に行かなくてはいけません。その上、ロマノ大学の受験も控えていますから、魔法教室どころではないのです」
ゲイツ様は、社交界なんてくだらないと思っていそうだから、それは初めから除いておいた。
ちっ、ちっ、ちっ! と私が話しているうちから、指を立てて横に振って否定する。
「ペイシェンス様なら、ロマノ大学なんて目を瞑っていても合格です。この前、バラク王国に行って、本当に竜が飛来する可能性もあり得ると考えるようになったのです」
「本当ですか!」
パーシバルの方が、竜の飛来について真剣に考えている。
「だから、国王陛下にコルドバ王国とソニア王国との縁談は、少し延ばした方が良いと言ったのですが……外交問題は、私の専門外ですし、もう決まってしまいましたね」
それって、コルドバ王国やソニア王国に竜が飛来した時に、ゲイツ様に討伐依頼が来そうって事なの?
「ですが……ローレンス王国に竜が来ないとは限りませんから、王宮魔法師のゲイツ様が他国に派遣される事はないのでは?」
大きな溜息をついて、持ってきた鞄から、資料をバサっと机の上に置く。ちゃんと置かないから、床に雪崩落ちているよ! メアリーが拾ってくれた。
「これは……竜の被害の資料ですね! 前に竜が飛来したのは、ローレンス王国の建国前だから資料も少ないと聞いていたのですが……まさか、聖皇国の資料ですか!」
ゲイツ様がエステナ聖皇国の事を嫌っているのは、知っている。
「あそこは、歴史だけは古いから、竜の被害の資料も多くあります」
これを、どうやって手に入れたのだろう。
「エステナ聖皇国が隆盛だった頃は、人数が多いエステナ聖皇国の王都が一番の被害にあっています。ただ、今のコルドバ王国やソニア王国の地域にも竜は何頭も飛来しています」
パーシバルと二人で資料を分けて、ザッと見る。
「現在のローレンス王国の地域にも竜は来ているけど、コルドバ王国やエステナ聖皇国、それにソニア王国の方が多いですね」
ふん! と鼻で笑う。
「餌になる人間が多い所に竜は飛んでいくのでしょう。千年、五百年前は、ここは辺境の地だったから」
それって、今は……人口が多い王都ロマノがヤバいの?
「コルドバ王国は、南の大陸に近い。それと、エステナ聖皇国も隣ですからね! 竜の寿命が何年なのか、記憶があるのかは不明ですが、餌が豊富な地域を魔物は本能的に知っているようです」
つまり、ローレンス王国より、前から人口が多かった聖皇国やコルドバ王国やソニア王国へ竜が飛んでいく可能性が高いって事? 酷い考えだけど、少しホッとしちゃった。
「ただ、コルドバ王国はリヴァイアサンすら討伐できませんでした。今回の縁談で、親密になり、万が一、竜が飛んできたら泣きつかれそうです」
それは、そうかもしれない。
「でも、ゲイツ様はローレンス王国の王宮魔法師なのです!」
パーシバルは、他国の危機も重大な問題だが、自国の防衛はどうなるのか心配している。
「ローレンス王国の防衛は、魔法省と第一騎士団で対応できるように鍛えています。聖皇国は、聖皇がなんとかするでしょうが、ソニア王国は竜を自国だけで討伐できるのか? だから、パリス王子との縁談は先延ばしにしたら良かったのに!」
苛っと言葉を荒げるゲイツ様。考えてみたら、ゲイツ様はマーガレット王女と従兄弟なのだ。
マーガレット王女の甘い考えを非難していたが、優しいのも見抜いていた。冷たいソフィアの王宮に嫁ぐのを心配しているのかもしれない。
「コルドバ王国やソニア王国からの討伐依頼が同時に来たら……優先順位を決めて、対応するしかありません。どちらかは、被害甚大になり、恨まれる場合もあります。だから、元を叩くのです!」
パチパチパチ! と手を叩いてあげたい。そうしたら、竜の飛来を恐れて暮らさなくても良いし、私もパーシバルもロマノ大学のキャンパスライフを満喫できる。
そんな呑気な私を挫くように、ゲイツ様が言い切った。
「ペイシェンス様! 冬の魔物討伐の後にバラク王国で竜退治しましょう!」
「嫌ですわ! それに国王陛下から外国に行くのを禁じられています」
パーシバルに抱きついて、拒否する。
「陛下は、賛成されていますよ。それに、バラク王国だけが独占している竜の素材を得るチャンスなのです」
うっ、竜の素材は気になっている。それに、バラク王国の植物も……駄目駄目!
「ゲイツ様、本当に国王陛下が許可されたのですか?」
パーシバルが信じられないと問いただす。
「バラク王国に行く許可は頂きました」
おぃ、ちょっと意味合いが違うんじゃない!
「国王陛下は、ゲイツ様がバラク王国に竜討伐に行くのを許可されただけでは?」
パーシバルが詰問する。
「必要な物や人材は、好きに使って良いと言われたのです。一番必要な人材は、ペイシェンス様ですよ! バラク王国の料理は辛くて口に合いません。体調を崩したら、竜討伐どころじゃないです」
それって……。パーシバルも呆れている。
「ゲイツ様の料理人を連れて行かれたら良いのでは? ファビとサングは、かなり腕をあげていますわ」
夏休みに、グレンジャー館に派遣して貰ったけど、交代でハープシャー館でエバに指導させたんだ。
「勿論、あの二人も連れて行くつもりですが……新しいメニューを作れないのです」
それは……知らないよ!
「ペイシェンス様、本当はパーシバルと一緒に外国へ行きたいのでしょう? ドラゴンスレイヤーなら、どの国も手出ししませんよ」
うっ、痛いところを突いてくる。パーシバルと一緒に外国へ行きたいんだ!
「ペイシェンス、これはゲイツ様の罠です!」
パーシバルにぎゅっと抱きしめられて、目が覚めた。
「ああ、そろそろ昼食の時間ですね。この続きは、食後にしましょう!」
どこまで図々しいんだ! 内心で怒鳴りながらも、お上品な令嬢は頷くしかない。あちらは、マナーを守らないのに、損ばかりだよ!
パーシバルとアイコンタクトを取って「ゲイツ様の言う通りになんかしない!」と決めた。
バラク王国へは行かないよ!




