社交界デビュー
今週の土曜に王宮で社交界デビューだ。
中等科二年生のAクラスの女子の殆どが、マーガレット王女に合わせて、今年社交界デビューする。
ギリギリAクラスに残っているキャサリンとBクラスに落ちたハリエットとリリーナは、去年社交界デビューしているけどね。
リリーナは、学習面は少し不安だけど、なんとかBクラスを維持できている。意地の悪かったハリエットは、一年前に社交界デビューしたのに、家が伯爵家から男爵家に降爵した影響なのか、結婚相手をまだ見つけていない。
キャサリンの侯爵家も、追徴課税が払えなくて、領地をかなり売却した。でも、こんな悪い噂は、広がるのが早く、結婚相手が見つからない。
それだから、皆が社交界デビューで浮かれているのに、一人カリカリしている。
「社交界デビューして、良いお相手が見つかるなんて夢を見ていても無駄だとすぐにわかりますわ」
何人かが、社交界デビューして、良い相手を見つけたいと話している側で、馬鹿にしたように話す。
確かに、その子達はAクラスの飛び切りの美人揃いの中では、上の下程度だけど……。
「キャサリン、貴女はその意地の悪い性格をなおさないと、誰も結婚相手に選ばないと思うわ」
マーガレット王女が、パシッと叱ってくれた。
他の男子学生達も内心では、その通りだと思っていたみたい。
こういう情報も伝わるのが早いんだよね。
「マーガレット様は、ソニア王国に嫁ぎたいと思われているのでしょうが、東の領主達の思いなど何も考えておられないのですね!」
おおっと、ここにはパリス王子もいるのに、非常識過ぎるよ。確かに、十数年前にソニア王国とは小競り合いがあった。その時、中心に戦ったのは東部の領主達だ。
「私は、東部のソレント伯爵領の嫡男だが、ソニア王国に思う所はない。領土の問題は解決済みだ」
おおっと、いつもは面倒臭いアンドリューが、珍しく真っ当な発言をした。
キャサリンは、具合が悪いと早退したけど、今週は病欠した。そんな態度だとAクラスをキープできないんじゃないかな?
マーガレット王女もリュミエラ王女も金曜のお昼を食べたら、寮から王宮や大使館に戻られる。
私も、明日の準備をしなくてはいけないとメアリーが迎えに来るよ。
ドレスに着替えて、リリアナ伯母様と王宮に行き、国王陛下と王妃様に挨拶して、舞踏会に出るだけだ。
パートナーは婚約者のパーシバルだから、結婚相手を探す必要もないしね。そう、自分に言い聞かせないと、心臓がバクバクなんだよ!
それに、前日からメアリーのテンションがMAXで、付き合うのが大変だった。
私的には、金曜の午後はヘンリーと遊んで、心を落ち着かせておきたかったよ。
爪を鹿の皮で磨くのは、前世でもあった。校則でマニキュア禁止だったから、ピカピカに磨いた事もあったよ。ただ、面倒臭いからすぐに飽きちゃったけどね。
こちらの世界もお化粧はある。鉛入りの白粉はなくて、ホッとしたよ。
これまでペイシェンスは、眉毛を少し描いて、薄いピンクのリップクリーム程度しかお化粧をしていない。
だから、土曜はメアリーのお化粧の練習だ。
「若い令嬢が濃いお化粧をするのは、あまり良くないと思いますが……奥様が独身の頃は、私は侍女見習いでもありませんでしたから……」
つまり、お母様が結婚してからしかメアリーは化粧もしていないのだ。
「午後から、打ち合わせにリリアナ伯母様がいらっしゃるわ。その時に、これで良いか確認して貰えると思うわ」
ああ、こんなこと言わなきゃ良かったよ。髪型から、化粧、何回やり直したことか!
「まぁ、ペイシェンス! とても綺麗だわ!」
お陰様で、リリアナ伯母様に一発合格貰ったけどね。
「明日は、舞踏会は夕方から始まりますが、その前に国王陛下御夫妻に挨拶する儀式があります。ペイシェンスは、一番に挨拶するから、三時には行かないといけないわ。でも、王妃様が控え室を用意して下さっているから、安心ね!」
他のデビュタントの令嬢も控室が用意してあるけど、私は個室だ。何人かで使うのは、気を使うから良かった。
そこにメアリーは、控えている。
大部屋の控室に、侍女はいない。女官に侍女を呼んできて貰うのだ。
社交界デビューの当日は、朝食後、バラの香水入りの風呂に入り、メアリーとキャリーの二人掛かりで磨かれた。
体力のないペイシェンスは、ここで疲れている。
「お嬢様、少しお休み下さい」
メアリーもペイシェンスに体力が無いのは知っているから、お昼はゆっくりと部屋で食べる。
私的には、ナシウスとヘンリーを抱きしめたら、かなり回復しそうなんだけどさぁ。
三時に行くから、少し休憩したら、髪の毛をアップして、ドレスに着替える。
昨日の予行練習のお陰で、スムーズだ。
お母様の形見のティアラ、ネックレス、イヤリングを仕立て直した揃いのピアスを付ける。
「お嬢様……とてもお綺麗ですわ」
メアリーは、涙目になっている。きっと亡くなったお母様に見せたいと思っているのだろう。
リリアナ伯母様、そして社交嫌いのお父様と共に王宮へ行く。勿論、メアリーも付き添う。
正面玄関が開け放されていて、初めてそこを通る。いつもは、魔法省がある扉からだからね。
「ペイシェンス、いつもと同じで大丈夫ですよ」
ここでお父様は、大広間に向かい、私とリリアナ伯母様とメアリーは、王妃様が用意してくれた控室でちょこっと休憩する。
「ペイシェンス・グレンジャー・ハープシャー子爵、国王陛下夫妻にご挨拶下さい」
顔馴染みのシャーロット女官を迎えに来させてくれた。
「さぁ、行きますわよ」
リリアナ伯母様も、気合いが入っている。二人の娘の社交界デビューで慣れているんじゃないのかな?
大広間の前で、侍従長が大きな通る声で名前を読み上げる。
「ペイシェンス・グレンジャー・ハープシャー子爵と後見人のリリアナ・ノースコート伯爵夫人です」
リリアナ伯母様と目を見合わせて、一緒に大広間に入る。
奥の王座には、国王陛下と王妃様。そして、私より先に挨拶したマーガレット王女とリュミエラ王女。
大広間には、大勢の貴族が立ち会っている。
パーシバルの姿を一瞬見たような気がするけど、真っ直ぐ前を向いて、両陛下の前で深くお辞儀する。
「ノースコート伯爵夫人、ペイシェンスの後見人役、立派に勤めて欲しい。ペイシェンス、社交界デビューおめでとう」
国王陛下のお言葉を受けて、顔をあげる。
「ペイシェンス、とても綺麗ですよ。さぁ、パーシバルが待っています」
王妃様のお言葉で、パーシバルがエスコートしに来てくれて、他の貴族達に混ざる。お父様も横にいて「綺麗だよ」と言ってくれた。
そこからは、エリザベスやアビゲイルなど、Aクラスの女学生達が続いた。母親と一緒に挨拶して、お言葉を貰って父親と合流する感じだ。
「そろそろ、控室で休憩しましょう」
Bクラスのハンナやソフィやリリーのドレス姿も見たので、伯母様に連れられて控室で、トイレを使ったり、お化粧直しをしたり、お茶を飲んだりする。
メアリーが控室にいてくれるから、とても気が楽だ。
「マーガレット王女の側仕えをしていたから、王妃様が気を使って下さったのよ。感謝しなければいけません」
確かにね! エリザベスとアビゲイルも二人で控室を用意してもらっている。学友特権だ。
「でも、他のパーティではこうはいきませんから、私の指示に従ってね!」
リリアナ伯母様の最終チェックを済ませて、社交界デビューの舞踏会が始まった。
今回は、パーシバルがエスコートして、大広間に入る。
そして、デビュタントの白いドレス姿が勢揃いした時、国王陛下夫妻、リチャード王太子とリュミエラ王女、そしてパリス王子とマーガレット王女が登場した。
「もしかして!」
横のパーシバルに小声で尋ねる。
「ええ!」と笑って頷いてくれた。
「王太子のリチャードとコルドバ王国のリュミエラ王女の婚約。そして、ソニア王国のパリス王太子とマーガレットの婚約を発表する!」
リュミエラ王女の婚約は、ほぼ全員の貴族が知っていた。パリス王子との婚約は、少し騒ついたが、若い二人の王族の婚約を拍手であたたかく祝した。
初めは、デビュタントだけのダンスだ。
「ペイシェンス、踊りましょう!」
私は、パーシバルと踊る。煌めくシャンデリア、そしてハンサムな婚約者! 夢みたい!




