嫌な事を乗り越えよう!
木曜に領地から戻り、パーシバルに説得されたので、ゲイツ様にザッカーマン教授を指導教授に決めた件の手紙を書く。
私は、小心者なので、エバに焼いてもらったアップルパイを一緒に持って行って貰う。
「はぁぁ……これで魔法訓練も無しにして下さったら良いのだけど……」
そんな自分本位な事を考えながら、寮へ行く。頭の中では、ハープシャーの収穫祭の曲がリフレインしていた。
パーシバルと一緒に収穫祭のダンスをしたんだ。去年も、王立学園の収穫祭でしたけどね。
あれは、あれで楽しかったけど、今回は本物の収穫祭だよ。気分的に凄く盛り上がったんだ。本当なら、もっと踊りたかったけど、領主がしゃしゃりでるのも良くないからさぁ。
まだまだハープシャーも開発しなくてはいけないけど、久しぶりの収穫祭だから、グレンジャーからも領民が来て、なかなか盛り上がったんだ。
魔物の肉のバーベキュー! 凄く大きな魔物だったし、皆もお腹いっぱいになったんじゃないかな? それと、ソース! 領民にも好評だったんだ。今回は、一番ノーマルな醤油ベースの焼肉のタレ!
でも、子どもには綿菓子が一番人気だった。女将さん達には、焼き芋が人気。そして、若い人達は、収穫祭のダンス! カップルができると良いな。
来月のグレンジャーの収穫祭も絶対に参加したい! こちらは、海の魔物、つまりマッドクラブ祭りになりそう!
ふん、ふん、ふん♪ 収穫祭の歌を口ずさんでいたけど……土曜の教授会のメンバーは……あああ、逃げ出したい。グース教授が招待されているんだ。いつかは、グース教授の番も来るとは知っていたけど……まだ、太陽光蓄魔器は、手付かずなんだよね? それを作っときゃ良いじゃん! あの邪魔にしかならない飛行艇を魔法省で組み立てているけど、肝心の動力源がないのにさぁ。
「ああ、嫌だわ!」
これってゲイツ様の考え方と一緒だ。ご機嫌で収穫祭の曲を口ずさんでいたのに、急に叫んだ私をメアリーが変な目で見ている。
「土曜の教授会、グース教授が来られるのよ。今回は、シャーロッテ伯母様だから、アマリア伯母様程の防波堤になって下さるかわからないから不安だわ」
アマリア伯母様、『近頃の若い令嬢はなっていない!』と憤懣で他の教授の奥方達と盛り上がっていたから、ヴォルフガング教授もタジタジだったんだよね。
「お嬢様、それはマナー的に如何なのでしょう。社交界デビューされたら、話が合わない年配の方とも上品な会話を心がけないといけないのでは?」
「メアリー、それは、相手がマナーを守るのが前提条件だわ。グース教授は……そうだわ!」
良い事を思いついた。ゲイツ様に丸投げしよう!
今回の教授達は、魔法学科が多い。魔法学、錬金術、薬学! 私は、薬学のアンリ・クリスティ教授と話したいんだよね。
「お嬢様?」とメアリーは不安な顔だけど、グース教授の相手なんかしている場合じゃないんだよ。王さんが、色々と手をまわしてくれて、薬草人参が買えたんだ。それに、種も!!
明明に色々と聞きたい! 金曜のカフェで会う約束を手紙でしたんだ。
どうやら、薬草人参はカルディナ帝国でも手に入れるのが難しいみたい。勿論、栽培にも成功していないそうだ。
「明明様は、手紙で栽培は無理では? と書いてあったけど、何処で採れるかは、調べて下さるそうなの!」
メアリーは、薬草関係は割と緩いんだ。錬金術とか台所へ行くのは厳しいけどね。やはり、お母様が病弱で、先代の子爵夫人だったお祖母様が上級回復薬をよく下さったからだと思う。
「この前の流行病は、ローレンス王国では封じ込めれたけど、上級回復薬では症状が進んでからは効き目が少ないのよ。カルディナ帝国では、薬草人参で重篤な患者も回復したと聞いたの」
常に、流行病には備えておかなきゃね! 今は、ヘンリーが温室で上級薬草を育てている。家族、親戚、そして孤児院にも上級回復薬は常備しておくよ。
「それは良いと思いますが……まさか、教授会にゲイツ様を招待するおつもりですか?」
夏休みの魔法合宿とか酷い目に遭っているんだから、自分の守備範囲のグース教授のお守りぐらいはして欲しい。ああ、でもザッカーマン教授を選んだ件で、グチグチ言われそうなんだよね。
「やはり、やめた方が良いかもしれないわ。ゲイツ様なら、教授会で新作料理を披露すると言えば、来られると思ったの……」
グース教授は、なんとか我慢しよう! ゲイツ様に教授会で愚痴られたら、大失敗になってしまう。それでは、教授会を開く意味がないよ。
金曜のカルディナ帝国語の後で、明明とカフェで薬草人参について話をする。
「導師様も薬草人参の栽培はできないと言われていました。皇帝陛下に何度も命じられたそうです」
ふぅ、それは難しそう!
「でも、何処で採れるのか、文献を調べてみました。導師様がローレンス王国へ旅立つ私に下さった薬草の本に書いてあったのですが……龍が住む谷に生えていると……」
「あああ! それって龍の魔力で育つのかも! もしかして、テンジン山脈の龍の谷ですか?」
しまった! カフェで大声で叫んでしまったわ。猫の皮が剥がれるのは拙い。
「そうなのです! ペイシェンス様は、何故テンジン山脈の龍の谷についてご存じなのですか? カルディナ帝国でも機密なのに……」
明明に、子どもの本で知ったと教えたら、爆笑された。
「今度、龍部隊の本をお貸ししますわ。弟達が夢中で読んでいましたの」
二人で、意外と御伽話とかに真実が混じっていると笑い合う。
「もしかしたら、南の大陸の竜の谷にも、凄い効能がある薬草があるのかもしれませんわ! ただ、今は竜が繁殖期で行けません。カルディナ帝国の龍は全滅したのでしょうか?」
明明は、顔を近づけて、小声で言う。
「皇帝は龍の曳く輿に乗ると言われていますが、それは前朝の皇帝のお話なのです。だから、大安では龍の話は禁句だったのです」
明明もカルディナ帝国に戻る気持ちが無いから、教えてくれたのだと思う。
カルディナ帝国は、前世の中国の清王朝みたいな感じ。前の農耕民族の王朝を倒して、遊牧民族が新たな王朝を立てたのだ。
とはいえ、もう千年近く続いているんだよね。でも、龍に乗れないのは、皇帝にとって我慢できないのかな?
「龍は、絶滅しているのですか?」
明明は笑う。
「見たと言う人がいるから、皇帝陛下も諦められないのでしょう」
ふうん、もしかして……龍も繁殖期にならない? 暑い南の大陸は、太陽からの魔素が多そうだと思ったんだ。
「あっ、高いテンジン山脈も空気が薄くて魔素が多いのかしら? それが風で集まる所が龍の谷?」
明明が目をまん丸にして驚いている。
「そうかも知れませんわ! ああ、導師様とお話がしたいです。叔父様は、カルディナ帝国との対話の道を持っておられますが、私では……」
王さん、なかなかの遣り手みたい。
「明明様もロマノ大学で薬草学を学ばれたら良いのでは? 私も、植物学や薬草学も学びたいのです」
明明は、まだローレンス王国の勉強に慣れていないから、今年は受験は諦めたけど、来年は! と目を輝かした。
ああ、可愛い明明と話していると、嫌なグース教授の事が薄れた。やはり、ゲイツ様は招待しないでおこう! 二人も面倒な相手をしたくないからね。




