もしかして?
土曜は、バラク王国の大使館の昼食会だ。
「パーシー様、バラク王国の食事のマナーをご存知ですか?」
モラン伯爵家には、各国のマナー本があるみたい。
「父親が若い頃に南の大陸の小国に派遣されていました。その国は、バラク王国に併合されたのですが、マナーは似ていると思います。ただ、この十数年間にかなり変わったようです」
それでもありがたい。全く知らない文化だから、知らず知らずのうちに失礼な態度をしていたら嫌だからね。
マナー本と言うより、注意書きのパンフレットだったけど、読んで覚えて、弟達やサミュエルや女学生達にも、大事な点はガリ版印刷して渡そう。
「アルーシュ王子が言われた通り、大勢で食べるみたいですね」
かなり前の情報だから、今もそうしているかわからないが、大鍋を何個も真ん中に置いて、バナナの葉の上に炊いた米か雑穀を取り、好きなおかずを乗せて食べるのが一般的みたい。
ただ、王族とかは、何個もの器に盛られた料理を取り分けて食べると書いてあった。
「ペイシェンス、基本は手で食べるそうです。赴任中、父親は、常にポケットにスプーンを持参していたと苦笑していました」
前世でも手で食べる地域はあった。インドカレーは、手で食べた方が美味しいと主張する人もいたけど、私はちょっと苦手だったな。
生まれつき手で食べているなら、器用に食べられるのだろうけど、ぼろぼろこぼしちゃうからね。
「アルーシュ王子は、こちらの食事に慣れておられますから、スプーンを用意してくれていますよ。まぁ、邪魔にはならないから、スプーンは持参しますけど」
私もメアリーに弟達や他の人のスプーンも袋に入れて持って行ってもらおう。
「でも、どんな食事なのかわくわくしますね!」
パーシバルは、くすくすと笑う。
「パティ! 本当に、そういった所が大好きです」
一緒に世界中を見て回りたかったな。こんな時に、実感するよ。外交官に向いていない性格だとわかってはいるけどね。
「香辛料の使い方をエバにも教えたいわ!」
エスニック料理をそのまま食卓にだすのは、ローレンス王国では不評かもしれないけど、アレンジしたら良いと思うんだ。
「エバを大使館には連れて行けませんからね」
そうなんだよね! 美麗様の屋敷なら大丈夫だけど、大使館は治外法権だから、身分の無いエバは危険だもの。
アルーシュ王子も、エバの料理にぞっこんだからね。
「何を持って行こうか悩みますわ。チョコレートはお土産に差し上げたばかりですし……」
パーシバルは、ワインを持って行くと言う。
「ケーキを持って行くのは、マナー違反でしょうか?」
アルーシュ王子は、ケーキが好きみたいだ。ザッシュは甘い物は食べないけどね。
「いや、良いと思いますよ。それに、アイーシャ王女とハナ様がいらっしゃるのだから、スイーツは喜ばれるでしょう」
女の子はスイーツ好きだからね。
「それにしても、いつから学園に通われるのかしら?」
パーシバルは、父親から新しい情報を得ていた。
「入学試験を受けていたようです。それと、制服などの準備をしていたようですよ。彼方の服装とは違うから、慣れるまでは大変なのかもしれませんね」
それより聞きたいことがある。
「アイーシャ王女は、魔法使いコースですが、もしかしてアルーシュ王子が少し飛べたからでしょうか? 南の大陸では魔素が多いから、かなり飛べたのかもしれませんわ。それに憧れて来られたのなら、王立学園では不満かもしれません」
だから、アルーシュ王子はルーシーやアイラを招待したのかも。ルーシーはかなり飛べるからね。アイラは……一応は飛べるかな?
「それよりハナ様が騎士コースだと聞いて驚いています。ザッシュ様の妹だと聞いていたから、文官コースか家政コースだとばかり思っていました」
「身体強化が得意な方なのでしょうか? もしかしたら、騎士クラブに入られるかも。困りましたわ!」
活発なジェーン王女は、今は初等科だからコースを選べない。
乗馬クラブと騎士クラブに入りたいと言われたけど、学友の二人に騎士クラブを拒否されて、乗馬クラブに入っている。
乗馬クラブには、縁談の相手のオーディン王子もいるから、かなり仲良くしているそうだ。
だけど、他国からの留学生が騎士コースに入ったら、入りたいと駄々をこねそう。今の騎士コースの女学生は下級貴族だけだから、諦めたのだ。
ただ、ジェーン王女の乗馬の腕はなかなかだけど、剣は兄上達の練習をみているだけだからね。王妃様は、駄目だと言われたし……無理だと思うな。
「ハナ様は、騎士コースでやっていける実力があるのでしょうか? 中等科だと、騎士コースは冬の魔物討伐にも参加するのに……」
どの程度の実力なのか、それを見て判断しなくてはいけないと、パーシバルは真剣な顔になる。
「ラッセル学生会長にも注意するように話しておきます。騎士コースの学生でも実力不足なら不参加でも良いようにしないといけません」
確かに! 去年のジェニーやリンダは、実力不足だった。ユージーヌ卿が体調を見ながら指導していたから、怪我をしなかったのだ。
「今年もユージーヌ卿が指導されるのかしら?」
パーシバルも近衛騎士団の内部については詳しくない。
「カミラ様やアリエット様は、今年入団されたばかりですから、指導はされないのでは?」
ふふふ、ギリギリまで家政科の単位が足りなかった二人を思い出して笑ってしまう。
「ああ、ジェーン王女の家政科の単位は大丈夫なのでしょうか? 万が一、取れていないと、騎士コースを選択しても家政の単位が残ってしまいますわ」
「ふぅ、体育の単位で許して貰えると良いのですが……どうも女性騎士の母親は、最低限の家政の授業を取るのを強要する人が多くて……そういえば、ユージーヌ卿はどうされたのですか?」
「ユージーヌ卿は、きっと体育を選択されたのでは? 針を持って刺繍をされている姿が想像できませんわ。それに、校則でも女子が体育を選択してはいけないとは書いてありませんでした。私は、家政の授業しか選択肢を考えませんでしたが……」
運動神経が良いとは言えないし、乗馬が苦手だからね。
「ペイシェンスは、本当に入学した頃と反対の方向に進んでいます。最初は女官志望だったのですよね?」
「ええ、でも女官の世界は少し怖い気がして、文官を目指す事にしたのです。ただ、外交官は……国王陛下に外国に行かせられないと禁止されたのと、向いていないのが分かってきたから……」
パーシバルは、反応に困っている。
「一緒に外国に行けると楽しそうなのですが……確かに、ローレンス王国の不利になる情報を相手に漏らしそうですね。でも、それを注意して、こちらに有利な条件にできたら良いのです」
それは、その通りだけど、これまでもやらかしているからね。
「私は、領地の改革を進めたいです。それと、生活を便利にする道具を発明したいですわ……だから、魔法省とは距離を置きたいのです」
ただ、相手が距離を置いてくれないのが問題なのだ。ゲイツ様から、いつから魔法訓練を開始するのかと手紙がきた。
「それは……諦めた方が良いかもしれません。あちらには、国王陛下も賛成されているみたいですから」
そうなんだよね! ゲイツ様だけなら、無視しても良いけど、無視し続けていたら、国王陛下に言いつけそう。
「でも、私は……ちょっと待って下さい! アイーシャ王女とハナ様の留学をゲイツ様が裏で許可したのでは? アルーシュ王子がいくら横車を押すとしても、妹を巻き込むタイプには思えないわ」
パーシバルもハッとした顔をする。
「もしかして、ゲイツ様は竜の谷に行きたくて、バラク王国と取り引きしたのかも?」
太陽光に含まれる魔素の変化で竜の繁殖期になるのではないか? という私の仮説は、五百年前はローレンス王国がなかったので、検証ができなかった。でも、確かに百年毎に平均的に暑くなるのは、わかったんだ。
「では、ゲイツ様はこちらの大陸に竜が飛来する前に討伐されるのですか?」
パーシバルが期待を込めているけど、そんなに親切なゲイツ様は想像できない。それに、それなら二人の留学を引き受ける事はない。バラク王国が喜んでゲイツ様を迎えるだろうからね。
「ハッ、もしかして!」
パーシバルが怪訝な顔で私を見る。
「何でしょう?」
「パーシー様は、ミスリルがどうやってできるかご存知ですか?」
パーシバルは、騎士萌が凄いので、実は私がゲイツ様から貰ったミスリルの剣にも興味を持っているんだ。
「いえ、知りません! ペイシェンスは知っているのですか?」
「知っていると言うか、ゲイツ様に聞いたのですが……ミスリルは、竜の魔力でできるそうです」
「それで竜の谷に行かれるのですね! ミスリル鉱があるのでしょうか?」
「それが……竜の谷にミスリル鉱はないそうなのです。竜の魔力で金属が変化するのではないかとゲイツ様は話しておられたのです。ああ、もしかして! 金属を竜の谷に持ち込んでミスリルに変えようとされているのかも? 私も、ミスリルはもっと欲しいのです! 錬金術に使いやすい金属なんですもの!」
つい自分の欲望丸出しにしてしまった。パーシバルに呆れられたかな?
「パティ!」と爆笑された。
「ゲイツ様がしつこく魔法教室の再開を促されるのは、私も竜の谷に連れて行こうとされているのかしら? 夏休みに、この話をした時、何かたのまれたのだわ!」
パーシバルは、私一人を竜の谷に行かせないと抱きしめてくれた。凄く嬉しいけど、上級食堂だから人目もある。すぐに離れたよ。




