ラシーヌと宝石店へ
今日は、ラシーヌと宝石店へ行く予定。
私よりメアリーが朝から浮き浮きしている。令嬢らしく装わせるのが大好きなメアリーにとって、貧弱な宝石箱の中身が残念みたい。
王妃様から頂いた母親の形見のダイヤモンドのティアラ三点セットは金庫に入れてある。
部屋の宝石箱の中には、パーシバルとの婚約指輪、後はリリアナ伯母様から貰った従姉妹達が子供の頃のアクセサリーだけだから。
半貴石のアクセサリーは、普段には良いけど、パーティとかは駄目なんだってさ。
大学に通う時は良いのかもね。
「言っておくけど、あまり高価な物は買わないわよ」
それは、メアリーも心得ている。貧乏だからじゃないよ。今の、私の銀行口座、凄い桁数になっている。
若い令嬢は、あまり大きな宝石とかは相応しくないからなんだ。
預金通帳は、領地のは別にしてあるから、これは純粋に私のお金なんだ。あと、馬の王の種付け料も別口座にしてある。
王宮にお伺いを立てたら、馬の王の世話の為に派遣されていた二人の意思を尊重すると返事が来たんだ。つまり、サンダーとジニーは、うちの馬丁になったって事。
二人の給金は、馬の王の種付け料から賃金を払っても良いと思う。だって、あの通帳の残高も凄い金額だからね。
これは、パーシバルがとても喜んだ。
「来年から、本格的にハープシャーで戦馬の生産ができますね!」
本当に騎士関係の萌が強いね。
でも、私もこの件は嬉しい。仔馬がいっぱい生まれると良いな。
前は、領地で馬を生産しようにも警備面が不安だったけど、騎士が五人いるようになったし、領兵達も鍛えてくれている。
グレンジャーもハープシャーもこれから開発しなくてはいけない。領地の開発の資金は、領地で賄わなくてはいけないと、モンテス氏にも注意を受けている。
馬の王の種付け料は、何かの時のために貯金してあるけど、仔馬を売るのは領地の収入で良いと思う。
サンダーやジニーは、種付け料で給金を支払うけど、領地の馬丁達は、領地の資金で払う予定。
そんな事を考えながら、ちょっと大人びたドレスに着替える。パーティとかに着ていくドレスは、少し胸元が開いている。
それにつけるアクセサリーを選びに行くのだから、いつもよりは襟元が深く開いていて、鎖骨が見える。
もっと胸があれば……とは思うけど十三歳だからね。これからの成長を期待しよう!
私は若いし、未婚の令嬢だから、貴婦人ほどのデコルテドレスは着ない。
でも、社交界デビュー後のドレスは、足首が隠れる長さだし、少しだけ襟ぐりが開いているんだよね。
だから、開いた胸元に小さな一粒ダイヤのネックレスとか、婚約指輪とお揃いのオパールのネックレスでも良いな。
真珠も欲しいけど、いつか養殖したいと思っているから、我慢しよう。
どんな宝石が売っているのか分からないけど、ラシーヌはお手頃な価格だと推薦してくれた店だから期待しちゃう。
「お嬢様、サティスフォード子爵夫人がお迎えに来られました」
アップタウンの宝石店に行くので、サティスフォード子爵家の馬車、一台で行く。
ベリンダとジェラルディン卿が護衛につく。
私は、大袈裟だと思うのだけど、ノースコートにモンタギュー司教が来たのをゲイツ様が追い払った件から、護衛をつけなきゃいけないと皆が言うからね。
それに、モンタギュー司教は、偽手紙で私を誘い出そうとしたから、目をつけられているのかも。
「ペイシェンス様は、気軽なパーティに付けていくアクセサリーが欲しいのですよね」
行く途中で、ラシーヌと打ち合わせをしておく。
「ええ、でもあまり大袈裟な物は……」
それは、ラシーヌも同意見だ。
「若い令嬢が大きな宝石を身に付けるのは、あまり感心致しませんものね」
ラシーヌは、何年か先だけどアンジェラのアクセサリーを下見したいと笑う。こういった時、母親が生きていてくれたらなぁと思うんだ。
アップタウンのパーシバルと行った宝石店程は高級そうではない店にラシーヌは案内してくれた。
馬車の中で、結婚する時の宝石は、パーシバルと行った店で買う方が良いと忠告されたけどね。
「サティスフォード子爵夫人、ようこそいらっしゃいました」
パリッと制服を着こなした支店長が出迎えだ。こちらの高級品店は、行く前に執事が予定を伝えるみたい。
ラシーヌと共に特別室に通される。ベリンダは扉の中で、ジェラルディン卿は馬車の側で警護している。
香りの良い紅茶がサービスされる。後ろのメアリーとラシーヌの侍女にもお茶が出ている。
でも、扉の前に立っているベリンダは、お茶はいらないと断った。護衛って大変だね。
「今回は、社交界デビューする従姉妹のペイシェンス・グレンジャーの普段使いの宝石を見せて貰いに来ましたの」
支配人さんは、私に挨拶して、何個ものビロードの箱を取り出した。
一つ目の箱にはダイヤモンド! 華奢なネックレス、指輪、イヤリング、ブレスレット! 輝きで目がキラキラしちゃう。
二つ目の箱には、若い女の子らしいルビー! 三つ目はサファイヤ。四つ目はエメラルド。そして婚約指輪と同じオパールの箱もある。
「まぁ! どれも素敵だわ」
ラシーヌも目が定まらないみたいだけど、私も目移りしてしまう。
「ペイシェンスはどの宝石が好きなのかしら?」
どの宝石も綺麗だけど、婚約指輪とお揃いのオパールのネックレスが欲しい。
「この指輪に合うネックレスはおかしいでしょうか?」
ラシーヌはセンスが良いから、尋ねる。
「まぁ、パーシバル様との婚約指輪ね! オパールのネックレスは、派手すぎないし、地味すぎないから良いと思いますわ。ただ、ダイヤのネックレスも何にでも合うからお勧めよ」
ルビーは綺麗だけど、今は良いかな? パーシバルの誕生石のサファイアは、ちょっと欲しい。
支配人は、私とラシーヌの話を聞きながら、ダイヤ、サファイア、オパールの箱を残して、他のは店員に仕舞わせる。
「正式なダイヤのティアラの三点セットは持っているから、ダイヤはいらないのかしら?」
ただ、母親の形見のダイヤのネックレス、かなりゴージャス。普段のパーティでは浮きそう。
「そうね……王宮や大使館のパーティなら、それでも良いでしょうが、お友達のパーティだと大袈裟に思われそうね。でも、ダイヤモンドは普段使いにしても良いから、一つは持っているものよ」
ドレスの色によっては、似合わない宝石もあるけど、ダイヤモンドはそれがないからと、ラシーヌの一押しだ。
「一粒ダイヤなら、気楽なパーティでも付けれるわ」
後ろで、メアリーも頷いている。
「これとお揃いのピアスも素敵よ」
ラシーヌに勧められて、ハッとしちゃう。
「私は、ピアスの穴を開けていませんわ。母のはイヤリングでしたから……」
ラシーヌが驚いている。
「ユリアンヌ様は、イヤリングだったかしら? でも、ほとんどの貴婦人はピアスにされますわ。高価な宝石を落としたくありませんもの」
アンジェラも王立学園に入学したお祝いに、ルビーのピアスをしたと教えて貰った。
「そうですね! ダンスするのにイヤリングだと落ちたら困りますわ。ああ、お母様のイヤリングはどうしましょう」
あまりじっくりとは見ていなかったけど、ピアスではなくイヤリングだったと思う。
「イヤリングをピアスに変えるのは簡単にできます」
支配人さんに、昔はイヤリングが多かったが、紛失するからピアスに変わってきたのだと説明を受けた。
「耳にピアスを開けるファーストピアスも置いてあります」
前世でもあったけど、こちらでは、火で炙った針をブスッと刺して、金のファーストピアスを一週間程度付けるそうだ。
ダイヤの一粒ネックレスとピアス。
それと、やはりオパールのネックレスが気になって買ったよ。こちらは周りにメレダイヤがついてて、指輪に似たデザインなんだ。
ピアスも同じデザインで、指輪と三点セットだ。
「ペイシェンス様は、そちらのサファイアも気になっておられるのでは?」
パーシバルの誕生石のサファイア。スティディリングに小さな石が嵌っている。
「ええ……でも……」
これは、買わないでおこう。何となく、今年の誕生日プレゼントでパーシバルがくれそうなんだもん。
ラシーヌも察したのか「若いって羨ましいわ」と揶揄う。
宝石店の支払いはメアリーが済ませる。
その間、私は慣れていると言う綺麗な店員さんに耳に穴を開けて貰ったよ。家でメアリーにしてもらっても良いのだけど、開ける位置が大事だそうだ。
「あまりに下ですと、真珠などの重さがあるピアスだとひっくり返ったり致しますの。かと言って、あまり上だと綺麗に見えませんわ」
前世で、夏休みにピアッサーを買って、友だちとやって、失敗した事を思い出した。ぐじゃとなって、いつの間にか消えたんだ。
それに懲りて、耳鼻科で開けて貰ったのは、綺麗にできたな。
「お嬢様! 大丈夫ですか?」
前世のピアスの失敗を思い出している間に、ファーストピアスが両耳についた。
金の簡単なピアスだけど、何となく華やかになった気がする。
メアリーは、手入れの仕方を女店員に聞いている。
「ペイシェンス様? どうされましたか?」
「いえ、少しジンジンするのが変な気分なのです」
「それは、すぐになくなるわ」
ラシーヌにも心配させちゃった。夏休みに勝手にピアスの穴を開けたのを、両親に叱られたのを思い出しちゃった。
『身体髪膚これを父母に受くあえて毀傷せざるは孝の始めなり』それどころか、親より早く亡くなるという最大の親不孝をしたのだ。
こちらの世界に来て二年と十ヶ月。元ペイシェンスも天に昇った。弟達は、もう心配いらない。
しんみりした気分になったけど、まだまだ領地はやる事が山積みだし、私はできる事をやるよ! それに、パーシバルの誕生日にはデートする約束をしているんだからね。
立ち直りは早い。だって、あの貧乏なグレンジャー家をなんとかしたんだもの。
これからは、領地のハープシャー、グレンジャーをなんとか住みやすい領地にしなくちゃいけないんだ。




