ヘンリー!
今年は、王族の留学生達も、二週間夏の離宮に招待されていたから、ギリギリまでローレンス王都に来ないみたい。
寮に入るのは、いつも学期が始まるギリギリだから、同じとも言えるけど、何とはなくのんびりしちゃうね。
王妃様に出した夏の離宮への招待のお礼の手紙の返事が来た。そこには、少女歌劇団の応援グッズのお礼が書いてあった。ここまでは、考えていた通りだから、問題はない。
「あああ、やはり一度王宮で出席するパーティの打ち合わせをしたいと仰っているわ」
このところ、王宮に呼び出しがなかったから、ずしんと重たい気分になる。
前は、週末によくマーガレット王女と共に王宮に行っていたけどね。
「お嬢様、どのドレスを着て行かれますか?」
メアリーの心配は、ドレスだ。
「この前のピンクのドレスを来て行くわ。季節的に丁度良いし、新しいお印の刺繍が控え目なのに豪華だから」
メアリーも満足そうに頷いている。ドレスも多くなってきた。前は、季節のドレスどころか、お古を縫い直した物だけだったから。
王宮には明後日行くので、今日と明日は、ナシウスとヘンリーと一緒に過ごそう。
でも、ラシーヌと宝石店に買い物にも行く予定も入っているけどね。
そう思ったのだけど、ナシウスは歴史研究クラブのメンバーの屋敷にお呼ばれだ。
私は、パーシバルと相談して、お礼は手紙だけで、お屋敷にご招待は遠慮することにした。
パーシバルは、第一騎士団と訓練に忙しいし、私も寮に入るまでは、ヘンリーと一緒に過ごしたいからね。
午前中は、ヘンリーは勉強だから、私も溜まった手紙の返事を書いたり、音楽クラブの課題を清書して過ごした。
この手紙の応酬は、延々と続くんだよね。それに、そろそろパーティの招待状も届いている。
「この方、知らないのだけど……」
私は知らなくても、父親は知っているのかも? すぐには判断しないで、他の人に聞いてからだけど、多分、欠席だね。
それと、サミュエルが書いてくれた夏休み中に弾いた楽譜がかなり溜まっているから、これで音楽クラブの宿題はできた。
「ついでに明明様に、前にヘンリーやナシウスの為に書いた練習曲を清書して差し上げましょう」
売っている楽譜は、上級者向けだからね。習い始めなら、ヘンリーのやナシウスの練習曲の方が良いと思う。
これは、前世のブルグミュラーやソナチネのピアノ教本に載っていた小曲だ。
意外だけど、美麗様を屋敷に招待してから、父親と王 芳 さんの交流は続いている。
王 芳 さんも本が好きみたいで、お互いに本を貸し借りしているみたい。
微妙な立場の美麗様に仕える王 芳 さんにとって、大臣とか官僚とかじゃないロマノ大学の学長である父親は、交流しやすいのかも。
私も、カルディナ帝国の子どもが読む本を貸して貰った。漢字っぽい字だから、辞書を引き引き読むのは難しいけど、ローレンス王国とは全く違う文化なのが面白い。
昼からは、ヘンリーと遊ぶよ。先ずは、温室で上級薬草の種を撒く。
ヘンリーは、真剣な顔で浄水を作って、水遣りをしている。
「次は何をしましょう?」
夏野菜は、収穫したし、裏庭の菜園は下男達に任せている。
「なんてことなの! 弟と薬草作りや菜園仕事しかしていないわ」
ヘンリーも貧乏だとはいえ子爵家の子息なのだ。ハノンを弾くとか絵を描くとか、優雅な感じで過ごした方が良いよね?
「ヘンリー、何をして遊びたいかしら?」
うっ、聞いた途端、拙い予感がする。こちらから提案するべきだった。
「お姉様! 馬の王に乗りたいです」
やはりね! でも、ヘンリーは本当は空を飛ぶ練習をしたいのだろう。
乗馬服に着替えて、馬の王で低い障害を跳ぶ。ヘンリーの方はかなり高い。
「大丈夫かしら?」なんて心配したら『ブヒヒヒヒン!』と馬の王に呆れられた。
私よりヘンリーの方がよっぽど上手みたい。
私にしては十分、馬の王に乗ったのだけど、領地で海岸を思いっきり走らせていたヘンリーには物足りなかったかもね。
空を飛ぶ訓練をしたいとヘンリーの青い目が訴えている。
「お姉様……低くなら……」
ううう、私はヘンリーのおねだりに弱い。空飛ぶスケボーは禁止しているけど、王宮魔法使いや第一騎士団も飛ぶ練習をしているのだ。
「裏庭で少しだけなら、屋敷より高く飛ぶのは駄目ですよ」
メアリーが呆れているけど、寮に入ったらヘンリーは一人なんだもの。
ほぼ、マーガレット王女の側仕えとしての仕事はないから、寮を出て屋敷から通っても良い。
だって、月に一回は領地に行く予定だからね。
それができないのは、寮の生活を手放したくない私の我儘なんだ。
だって、今年で王立学園を卒業するし、そうなったらマーガレット王女やリュミエラ王女と話したりする機会は少なくなる。
それに、パーシバルも他の王族の面倒を見るために、寮生活だから……。ヘンリーを一人で屋敷に置いておくのは、私の身勝手だ。
「ヘンリー、手を繋いで飛びましょう」
メアリーが裏庭にいた人を退かせたので、キュロットの裾が乱れようと平気だよ。
何回かヘンリーと屋敷の屋根ぐらいまで飛んだ。
「私だけで飛んでみたいです」
できるかな? 一緒に飛んでいる時も、ヘンリーの魔力が加わっている感じがかなりしてはいたけど。
「あまり高く飛んではいけませんよ」
ドキドキしながら、ヘンリーが風を集めるのを見ていた。
「ヘンリー!」
急に空高く飛び上がるヘンリー! 慌てて追いかける。
「わぁ! 飛べた!」
喜んでいるヘンリーを空中で抱きしめる。
「あああ、高く飛んではいけなかったのですね」
反省するヘンリーと一緒に地上に下りる。やはり着地は、ヘンリーは満点、私は減点だ。
「ヘンリー、素晴らしいわ。でも、魔力をもっとコントロールして、低く飛べるようになりましょうね」
褒める所は、褒めるけど、ちゃんと注意もしておく。まだヘンリーは幼いから、変な貴族に目を付けられたら困るからね。




