美麗様は本当に美しい
皆で美麗様の屋敷に向かった。カルディナ街の近くだから、すぐに着いたよ。
「まぁ、花盛りね!」
前にきた時は、冬だったし、まだ庭は造園中だった。
「異国情緒溢れる屋敷になっていますね」
バラとか、ローレンス王国の花も植えてあるのだけど、庭の池には睡蓮、それに池の周りには色とりどりの花や木が涼やかな木陰を作っている。
「美麗様、明明様に招待されて、参りました」
相変わらず美麗様は黒の絹の服を着ているけど、細かな刺繍がとても素敵。
「ペイシェンス様、明明がいつも親切にしていただいて、ありがとうございます」
ああ、美人って声も綺麗なんだね。ローレンス語も凄く流暢になっている。
「こちらは、私の弟のナシウス・グレンジャーとヘンリー・グレンジャー。そして私の騎士のジェラルディン卿と個人的な護衛のベリンダです」
ナシウスとヘンリーも美麗様の美しさに、ぼぉっとしている。
挨拶が終わったので、食卓につくけど、急に訪問したとは思えない程のご馳走が次々と運ばれてくる。
「お姉様、どうしたら良いのでしょう?」
ヘンリーの青い目が真ん丸だよ。
「後ろの方に、お勧めの料理を取って貰って、美味しかったらまた取って貰えば良いのですよ」
そう言う私も、どれにしたら良いのか迷っちゃうよ。でも、食べた事がないものを選ぼう。
特に、ローレンス王国では一般的でない素材の料理を試したいな。
「カルディナ帝国の素材の料理をお願いします」
パーシバルは、それを聞いて笑っている。
「ペイシェンス、とてもチャレンジャーですね」
だって、カルディナ帝国に行けるかわからないんだもん。
「ふふふ、ペイシェンス様と一緒だと楽しいですわ」
美麗様、本当に退屈されているのだと思う。
「この秋から、王妃様の肝入りで『少女歌劇団』が公演を始めます。観劇されては如何でしょう?」
美麗様が嬉しそうに微笑む。美麗様は大人なのだから、オペラやコンサートに行っても良いと思うんだけど、カルディナ帝国では女の人は気軽に外出できないのかな?
「ペイシェンス様、それはどのような公演なのでしょう?」
王 芳 さんが心配そうに、質問する。女の子だけの歌劇団って、カルディナ帝国には無いのかな?
もしかして、少し露出の多い演出とか想像したのかも?
「女の子だけの歌劇団ですの。実は、歌手とかは貴族のパトロンがつく場合が多く、それを心配された王妃様がパトロンとなって新しく歌劇団を作られたのです」
美麗様と王 芳 さんは、頷いている。
「カルディナ帝国では、女性の歌劇は禁止なのです。男性だけの歌劇団ばかりです」
ああ、前世でも歌舞伎は男性だけだったね。風紀の関係みたいだったような。
「王妃様がパトロンなら安心ですね!」
お世話係の王 芳 さんの許可が出たので、パーシバルがチケットを手配すると約束した。
「私の母もパトロンになっておりますから、チケットを贈りましょう」
クラゲときゅうりの甘酢漬け、赤い色の焼豚、フカヒレスープ、鮑のクリーム煮、それに白木耳の炒め物! 後ろについている使用人に少しずつ取ってもらう。
どれも、とても上品な味付けで、カルディナ街の高級茶店よりも繊細だ。
「これは、カルディナ帝国だけで食べられているのかもしれません」
王 芳 さんのお勧めは、燕の巣だった。
「これは食べた事がありません」
珍しい食材と美味しい料理方法。お腹がいっぱいになってしまった。
でも、ナシウスとヘンリーとパーシバルは、まだまだ食べている。北京ダックっぽいの、肉団子、唐揚げ、酢豚! 肉系が多いね。
ベリンダとジェラルディン卿も、色々と食べているから、美麗様もいつもよりは食が進んでいるのを王 芳 さんが喜んでいる。
デザートも小さな可愛い胡麻団子や、花になっている練り物、夏らしい葛饅頭などが、目にも嬉しい。
特に、練り物系は、前にサティスフォード子爵夫妻と招待された時より、種類も増えている。
「食べるのが勿体無い程、綺麗ですわ」
特に、紫陽花とか、花の上の雨粒まで再現されている。
「王 芳 が腕の良い菓子職人を見つけてくれたのです」
美麗様に褒められて、王 芳 さんが嬉しそうだ。
応接室でお茶を飲むのだけど、このジャスミン茶、凄く上品な良い香り。南の大陸から輸入されているジャスミン茶とはまた違う感じがする。
「とても良い香りで爽やかな気持ちになります」
ここでも王 芳 が嬉しそうに説明してくれた。
「これは、カルディナ帝国の宮中で飲まれているジャスミン茶の遣り方を再現させたのです。普通のジャスミン茶は、花を混ぜますが、これは茶葉に香りだけを移しているのですよ」
ほぉ! 凄いね!
「王 芳 は、私の無聊を慰めようとしてくれているのです。そして、明明もローレンス王国の文化を教えてくれますの」
明明は、王立学園で学んだカザリア帝国の歴史とかを、屋敷に帰って美麗様に話しているみたい。
それと、前に訪問した時には、応接室になかったハノンが置いてある。
「明明様は、ハノンを弾かれるのですか?」
「まだ習い始めなのです。私は二胡は習っていましたが、音楽の時間にハノンを聞いて、弾いてみたいと思いましたの」
それも、美麗様にお聞かせする為だよね。王 芳 さんも明明も、美麗様に心から尽くしているんだね。
「こちらの音楽は、私が知らない物が多いので、明明が弾けるようになるのが楽しみですのよ」
これは、少しお礼に弾いてみよう。
「美麗様、私は音楽クラブに属しています。ご招待して頂いたお礼に、ハノンを弾かせて貰いますわ」
夏の昼下りに相応しいラヴェルの『水の戯れ』を弾いた。
「まぁ、ペイシェンス様はとてもハノンが上手ですのね!」
褒めて貰えたので、ナシウスと連弾したり、ヘンリーに歌わせたりする。
「王立学園では、勉強だけでなく、音楽や美術やダンスなども習うと明明から聞いてはいましたが、本当にレベルが高いのですね」
パーシバルが少しだけ、訂正してくれた。
「ペイシェンスの音楽クラブは、推薦者がいないと入れない特別なクラブですから」
あっ、明明のやる気に火がついたみたい。
「ロマノでは、ハノンの楽譜も売っていますし、色々な曲が聞けるディスク型のオルゴールもバーンズ商会で売っていますわ」
ハノンの横のサイドテーブルには、元ペイシェンスも使っていた教本が置いてある。指の練習曲も必要だけど、それだけでは退屈だよね。
庭も散策して、美麗様にお礼を言ってから、屋敷を辞した。私の屋敷に招待するのは、礼状に書くことにした。
だって、王 芳 さんの美麗様に尽くす態度が、とても慎重だから、目の前で招待して断られるとか、雰囲気を壊してはいけないからね。
だから、美麗様に礼状を書き、王 芳 さんに美麗様を屋敷に招待して良いか、お伺いを立ててから、招待状を送る事にしたんだ。
ちょっとまどろっこしい気がするけど、多分、その方が良い気がする。




