新しい領主様……サリー視点
私は、グレンジャーの宿屋の娘、サリー。
漁師のお父ちゃん、料理人のお母ちゃんと一緒に宿屋と食堂をやっている。
漁師のお父ちゃんの朝は早い。だから、昼は寝ている事が多い。
お母ちゃんは、下の弟や妹達の世話をする暇がないので、それは私の仕事だ。
このグレンジャーには、お母ちゃんお父ちゃんが生まれた時から領主様がいない。
国の管理地だと聞いたけど、私には意味がわからなかった。
食堂に来るのは、グレンジャーの人が多いけど、たまには商売人や冒険者など、地元じゃない人もいる。
一応、開店休業に近いけど宿屋もしているからね。
「変な領主がいるより、良いんじゃないか?」
そう言う人もいるけど、グレンジャーは寂れているんだ。
だから、長男以外は、他所の土地で働く事が多い。
私は、長女だけど、弟が成長したら、何処かで働かなきゃいけないのかも? 料理をするのは好きだから、食堂を手伝いたいのだけど、漁師の父親がいるから、材料とかに困らないのだ。
宿屋の方は、ほぼ客は来ない状態なんだよね。漁師の仕事と食堂で、なんとか食べている感じ。
これからどうするのかを悩んでいた時、うちの食堂に見たことがないほどの美形な人々が現れた。
「サリー、気をつけて接待するんだよ。あの方々は貴族だ」
へぇ! 貴族を見るのは初めてだ。貴族って、あんなに綺麗なんだね! 父親も起きて、貴族相手に無礼があってはいけないと心配している。
「これを焼いて欲しいのだ」
凄く綺麗な貴族が大きなマッドクラブを持ち込んだ。
お母ちゃんは、多くの貴族が来て驚いている。ドキドキしながら、確認している。
「焼くだけで宜しいのでしょうか?」
綺麗なドレスを着た若い女の子が口を開く。他の貴族がいるのに、少し変わっているね。令嬢って、こんな場合は大人しくしていると勝手に思っていたよ。
「お任せでお願いしたいです」
お母ちゃんは、少し考えて返事をする。
「それなら、マッドクラブスープもお勧めです」
貴族達は、満足そうに頷いている。
「うむ、やはり来て正解だったな」
貴族が二つのテーブルに座って料理が出て来るのを待つ。
いつもの客が入ってきて、ギョッとした顔をして出て行った。
「マッドクラブのスープでございます」
なるべく丁寧な口調を心がけて、お母ちゃんとスープを運ぶ。
マッドクラブスープ、潮煮っぽい。塩味だけだけど、蟹の良い出汁が出ているし、温かくて美味しい。
うちの名物料理なんだ。貴族はあまり口にしないかもね?
「ふむ、美味しいですね」
「これは、蟹の甲羅の味噌かしら?」
貴族の口にもあったみたいで、ホッとする。
「雌だと内子もあるのですが、雄だったみたいですね」
スープの皿を下げながら、説明する。
「なら、明日は雌を討伐しなくては!」
綺麗な貴族が騒いているけど、マッドクラブはなかなか討伐し難いのに大丈夫かな?
今回みたいに火で攻撃しない方が味は良いのだけど。
次の日は、雌のマッドクラブを討伐してやってきた。それに、今回は火の攻撃はしていないから、中途半端に火が通っていない。この方が美味しいんだよね!
「貴族って強いんだね!」
お客様が帰ってから、お父ちゃんに質問する。
「まぁな……」
お父ちゃんは、夜の客から変な情報を仕入れたみたい。夜は酒も出すから、私は弟や妹の世話をして寝かしつけるんだ。
「何かあるの? 知っているなら教えて欲しい」
お母ちゃんが心配そうにお父ちゃんを問い詰める。
「いやぁ、まだ噂だから……グレンジャーとハープシャーをあの貴族達が視察している。もしかしたら、新しい領主なのかもしれない」
ふうん? それって良い事なのか、悪い事なのかもわからないよ。お母ちゃんも同じ感じだ。
「今より寂れる事はないんじゃないかな?」
お母ちゃんは、前向きだけど、お父ちゃんは心配している。
「でも、領主様がこの寂れた領地を開発する為に重税をかけるかもしれない。それに、この宿屋は借りているから、賃料も値上げされるかも?」
この宿屋、ずっと住んでいるから、自分の家だと思っていたけど、借家だったんだ。知らなかった! ショック!
「じゃぁ、もしかして出ていかないと駄目なの?」
住む家が無くなるの? 凄く不安だったけど、そんな事は起こらなかった。
「ええ! 女の子が領主様なの?」
あの時、うちで食事をした貴族の誰かだと思っていたけど、可愛い令嬢が新しい領主だと噂が流れた。
「ああ、役人様が新しい領主と話しているのを見た人がいるんだ」
「ねぇ、若い女の子が領主になれるものなの?」
お父ちゃんもお母ちゃんも首を捻っている。
年が明けて、本当にあの令嬢が領主様になったのだと、皆もわかってきた。
ペイシェンス・グレンジャー! 元のグレンジャーの領主だった一族みたい。
冬なのに川の浚渫工事をしているみたい。時々、工事をしている学生達が、うちの食堂で食べているから、少し話を聞いたんだ。
どうやら、本当に若い女の子が領主様みたいだ。
それも、冬の魔物討伐で、凄くいっぱい倒して、領主になったんだって。
あっという間に、ハープシャー館とグレンジャー館が綺麗に改修された。
ただ、領主様の名前はグレンジャーなのに、ハープシャーが本拠地になりそうなんだ。
あちらには、葡萄畑があるからかも? でも、ハープシャーの宿屋より、うちの方が料理は美味しい! 負けないよ。ただ、どちらもボロいんだ。
「ハープシャーの宿屋は、亭主の持ち物だから、ボロくても羨ましい」
お父ちゃんは、これからハープシャーは活気つくだろうと溜息をついている。
ただ、夏休みは、うちにも予約が入ったんだ! 凄く嬉しい!
隣のノースコート伯爵領で、カザリア帝国の遺跡が発見されたんだ。
「前から遺跡はあったんじゃないの?」
変なの? と思ったけど、お父ちゃんは地下にもあったとか人に聞いた噂を教えてくれた。
ノースコート伯爵の館には、貴族。そして、新しく建ったホテルには、貴族の学生。元からあるうちと同じ程度のボロの宿屋も予約がいっぱいで、仕方なくうちに泊まるみたい。
この夏休み、本当に領主様がいるってすごい事なんだと、皆が少しずつ実感してきた。
嵐が来ても、川の浚渫工事と溜池が整備されているから、洪水にならなかった。
まぁ、うちのボロい屋根は、雨漏りしちゃったけどさ。
「ハープシャーのボロい宿屋は、領主様に買い上げてもらうそうだ!」
お父ちゃんが羨ましそうに愚痴る。
「なら、うちのも改修して貰えば良いじゃないか? 雨漏りする宿屋なんて、誰も泊らないよ」
お母ちゃんに尻を叩かれて、管理人さんに相談に行く。
「おおぃ! すげぇぜ! うちも改修してくれるんだぜ!」
凄い! お母ちゃんと一緒に喜ぶ。
改修の間、私たちは、市で飴湯を売ったりして少しでも金を儲けようと頑張った。
改修されたら、新しいシーツも買いたいからね。
領兵達は、格好良い制服を着ていて、町の女の子達にモテている。それに、女の子達は、ハープシャー館やグレンジャー館で使用人になりたいみたい。
「毎日、シャワーを浴びるから、皆、綺麗なのよ! 可愛いメイドの服も支給されるの。それに、食事も美味しいそうよ!」
私は、宿屋と食堂の手伝いがあるから、使用人になりたいとは思わないけど、人気があるみたい。
「文字や計算も教えてくれるのよ!」
それは、羨ましい。私は、お父ちゃんに、自分の名前しか教えて貰っていないんだ。
計算は、なんとかできるけどね。
「使用人じゃないと勉強は教えて貰えないのかな……」
がっかりしていたけど、夏の終わりから、町には学校ができたんだ。
小さな子と一緒なのは、少し恥ずかしいけど、週に一回だけなので、お母ちゃんも行っても良いと言ってくれた。
弟や妹と一緒に、町の学校に通う。市が立つ日なので、農家のおかみさん達も、子どもをそこに預けて、菜園で採れた野菜を売っている。
それに、昼にはスープとパンが配られた。スープは、野菜だけだけど、とても美味しい。それに、パンは柔らかくて、子ども達はあっという間に食べた。
「サリー、貴女は食堂の娘さんなのね。料理に興味があるなら、屋敷で料理人になっても良いのよ」
ミリアム先生に提案されて、ぱぁと未来が開けた気がする。
宿屋も食堂も、いつかは弟が継ぐのだ。私は、何処かに働きに行くか、嫁に行くしかないと思っていた。
「弟や妹が、もう少し大きくなったら、お館で働きたいです!」
ミリアム先生は、優しく微笑んでくれた。
新しい領主様が決まって、まだ一年も経たないけど、領地も私もかなり変わったよ!
これからも、どんどん生活が楽になれば良いな。
これで、この章はお終いです。
ゴールデンウィーク中は、毎日更新はできないかも。
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