サリンジャーさんの夏休み?
ノースコートに行かれたゲイツ様が、夕方にサリンジャーさんを伴って、ハープシャー館に帰ってきた。モンタギュー司教はどうなったのか、聞きたいけど、きっと追い返して下さったのだろう。
「ペイシェンス様、サリンジャーを泊めてやって下さい」
それは良いけど、何故サリンジャーさんがいるのかしら?
「ペイシェンス様、図々しいお願いですが、泊めて頂けるでしょうか? ゲイツ様を王都まで連れて帰れと国王陛下から命じられています」
横で聞いていたゲイツ様が騒ぐ。
「お前も夏休みを取ると言っていたではないか! それに、あと五日あるのだ」
ふぅ、夏休みの件は、二人で話し合ってもらおう。
「サリンジャー様、どうかゆっくりとお過ごし下さい」
見つかって拙い物は隠しておこう! 隠蔽の魔法陣は、王都に帰ってから考えて貰ったら良いよね。
「あのう、五日間だとご褒美はチョコレートだけですが、オルゴール体操されますか?」
サリンジャーさんは、魔力量を増やすよりも、睡眠時間を優先したいそうだ。
食い意地の張っているゲイツ様は、オルゴール体操に参加しているけど、お疲れのサリンジャーさんの態度の方が大人として普通なのかも?
その夜は、お疲れのサリンジャーさんと、バーベキューの途中で呼び出されたゲイツ様の為に、マッドクラブ尽しにしたよ。
マッドクラブ、討伐しても、どんどん湧いてくるから、騎士達に定期的に討伐して貰っている。ローラン卿は、特に熱心に討伐しているみたい。蟹が大好きなのかも?
冒険者ギルドにも常設依頼を出しているけど、数人がかりでやっと討伐するみたいなのだ。こちらでは、巨大毒蛙の粘液、巨大毒蜘蛛の糸、ナメクジの粘液などを頑張って集めて貰おう。
「やはり現地で食べる方が美味しいですね」
サリンジャーさんには、いつもお世話になっているから、エバの美味しい料理を堪能してもらいたい。
「それより、ペイシェンス様! 秋の食事会を忘れないで下さいね」
それは、良いけど……他の人の圧も凄いんだ。
「秋は社交界デビューもありますから、簡単なお食事会になりますわ」
つまり、大人数の食事会を開きたくないと遠回しに言う。
「マッドクラブのパエリアです」
ああ、これは見ただけで美味しいとわかるよ。皆も食事会の事を忘れて、食べてくれたら良いのにね。
「ペイシェンス様、私も絶対に食事会に招待して下さい」
ラドリー様には、本当にお世話になったからね。招待しないといけない。
「ユージーヌ卿との婚約パーティには来て欲しい」
サリエス卿に招待された。これは、お返しに食事会に招待するべきだろう。
心を鬼にして、学生達は招待しないよ。それに、食材はゲイツ様持ちだから、人数をあまり増やすのも良くないだろう。
「ペイシェンス様、サリンジャーも招待してやって下さい」
黙ってマッドクラブのパエリアを食べていたサリンジャーさんが、手を止めた。
「ゲイツ様! 何をやらかしたのですか?」
親切に食事会に招待させるだなんて怪しいとサリンジャーさんは、ゲイツ様を問い詰める。
「いや、秋の美味しいきのこや魔物の肉を、ペイシェンス様に料理してもらうから、お前も一緒に食べたら良いと思っただけだ」
ゲイツ様の面の皮は厚い。全く、表情は変わっていないが、サリンジャーさんは何年も苦労しているから騙されない。
「絶対に問題が起こっていますね。でも、私も夏休み中ですから、わからないようにして下さい」
おお、ワーカホリックのサリンジャーさんが、夏休みを本気で取るつもりだ。拍手したい気分だよ。
ヘンリーの空飛ぶスケボーは、可哀想だけど禁止にしよう。それに、パーシバルとデートをしなくちゃいけないから、錬金術関係はしない。大丈夫だよね?
次の日の朝、サリンジャーさんはゆっくりと寝る方を選択した。
朝食もゆっくりと起きてきたし、その後は、散歩をして過ごすそうだ。
「海水浴に行かれても良いのですよ。昼からは、弟達は海水浴に行くそうですから」
散歩と言っても、ハープシャーは田舎で楽しくないのでは? と海水浴を勧める。
「いえ、無為に過ごしたいのです」
ふうむ、それなら放置しておこう。
それに、今日はパーシバルとデートする予定なんだ。
昼は、モラン伯爵領に遠乗りする。パーシバルの用事があるからだけど、私も湖に用事があるんだ。
でも、デートを楽しみたいから、そちらは後にしても良いかもね。
モラン伯爵領までは、馬の王でパーシバルと二人乗りで行く。
護衛のベリンダ、そしてカミュ先生が付き添いだ。
後は、エルビス卿が数人の領兵を率いている。
「そんな大袈裟にしなくても?」と私が言ったら、ローラン卿に叱られた。
「子爵様なのですから、騎士や領兵が護衛に付くのは当たり前です。それに、領兵の訓練になりますから」
どちらかと言うと後ろの方が本音かもね。
モラン領で、パーシバルが管理人と話している間、私は湖を見ていた。
本当に綺麗な湖で、心が洗われる気がするよ。
「ペイシェンス、お待たせしました」
打ち合わせを済ませたパーシバルと湖でボートに乗る。
今日は、弟達は海水浴をするそうなので、パーシバルと二人っきりだよ。
夏休み、本当にデートする暇がなかったから、湖でボート遊びをするのも楽しい。
「ペイシェンス様、何か考えがあってモラン領に来られたのではないですか?」
パーシバルは、私をよく理解している。それに、初めに港、ダム、発電所などを話していたからね。
「ええ、でも実際に領地を拝領して、ダムは無理だと思うようになりました。ダムに沈む土地に住んでいる人々の暮らしを考えると……」
ダムを作って水力発電は無理でも、カザリア帝国の蓄魔システムが代用できそうなんだ。
「そうですね。机上の考えと実際とは違いますから」
港は、まだ考え中だよ。遠浅の海岸を残す所と、埋め立てる所をよく視察して考えてからじゃないとね。
「では、ここに来られたのは?」
「パーシー様とデートしたいからですわ」
これも本当だよ! でも、パーシバルは笑っている。
「前に真珠の養殖の話をしたのを覚えていらっしゃるでしょうか?」
まずは、私だけで実験している。海老の養殖は、生簀を使った方が効率的みたいなので、その網を利用したんだ。
真珠ができる貝に骨で出来た核を埋めて、筏に吊るした。その周りをあの電撃網で囲んでいるのだ。
「ええ、上手くいくか実験をされているのですよね?」
ふふふ、パーシバルは宝飾関係は疎いみたい。
「今、私がしているネックレスは、リリアナ伯母様に頂いた淡水真珠なのです」
パーシバルがボートを漕ぐのをやめて、しげしげと淡水真珠を見ている。
「海で取れる真珠より、小粒ですが、これも養殖できるのでは? と思っているのです」
パンと手を叩いて、パーシバルが笑う。
「素晴らしいです! モラン伯爵領には、これと言った特産品がなかったのです」
ふふふ、上手くいくと良いな!
二人で浮き浮きとハープシャーに戻ったら、サリンジャーさんが待ち構えていた。
無為に過ごす夏休みの筈だったのに、有能過ぎるから、あれこれ気づいちゃったみたい。
「夕方からは、グレンジャーでデートする筈なのに……」
パーシバルは、今日は無理でしょうと肩をすくめた。




