色々と考える
パーシバルと話し合いたい! 紋章の件、私が考えていたより、大変な事だった。
「ええっ、紋章を登録していないのですか!」
夕食の後、サロンで、サリエス卿に呆れられ、パーシバルも「しまった!」と落ち込んだ。
一番責任がある保護者の父親は、そうだったなぁと平静だったけど、そこからは全員で考える事になったんだ。
「グレンジャー家の紋章に拘る事はない」
父親は、いつも通り正論を言う。でも、今回は、他の人も同意したから、正しいのかも?
「グレンジャー家の紋章は、ナシウス君が受け継ぎます。それに、ヘンリー君が騎士になったら、それを紋章にしても良いのです」
つまり、別の家を立てた私は、別の紋章の方が紛らわしくない。その意見が多い。
何だか寂しい気分になるけど、それは理解されない。
「それに、ペイシェンス様は魔物討伐で子爵に叙されたのです」
ユージーヌ卿、それって脳筋っぽく聞こえるから、私は嫌なんだけど。でも、騎士からしたら誉れなんだろうな。
「そうだなぁ、馬の王を紋章にしたらどうだろう?」
サリエス卿、それは嫌だ。いや、馬の王は好きだけど、ある王国の紋章に似ているからさぁ。
「それって、デーン王国の紋章に似ていませんか?」
サミュエル、口にしない方が良い事もあるんだよ。全員が無言で「無しだな!」とスルーした。
「王国を魔物から護ったのだから、盾と剣が良いのではないか?」
サリエス卿は、騎士推しだよね。
そうなるとゲイツ様が黙っていない。
「王国を護る盾は良いですが、剣より杖でしょう!」
「ゲイツ様? 私は杖を持っていませんわ。頂いた剣だけですのよ」
だよね! 杖を持ったことがないのに、杖を紋章にするのは変だよ。
魔法省推しのゲイツ様に反抗する。
「モラン伯爵家は剣と盾だったかな?」
珍しく父親の役に立ちそうな発言だ。
「ええ、そうですが……」
パーシバルが口籠る。何故だろう?
「ははは、結婚した後でなら、婚家と紋章を交換する事もあるが、婚約しているだけだからパーシバルは遠慮しているのだろう」
サリエス卿の説明の意味がわからない。戸惑っていると、ゲイツ様が補足説明をしてくれた。
「例えば、王家の紋章は、私の大嫌いなエステナ聖皇国の七芒星と王冠と盾と剣、それに魔法の光です」
それは、流石に知っているよ。
「これらは、婚姻で増えたのです。王家の王冠、エステナ聖皇国から嫁いだ王妃の七芒星、盾は初代王の紋章、剣は二代目のコルトバ王国から嫁いだ姫を表しています」
「えっ、どんどん増えたら、紋章が複雑になりませんか?」
今度も、コルトバ王国からリュミエラ王女が嫁ぐのだ。剣が二本になるのかな? なんて思っていたら、笑われた。
「このような紋章は、王国の建国期に決まるのです。その後は、よほどのことが無ければ変えません。聖皇国と絶縁すれば、七芒星は消去しますよ」
「だから、ペイシェンスは自分の好きな紋章を選べば良いのさ」
サリエス卿、それが難しいから、悩んでいるのに。
「ふむ、ふむ、パーシバルのモラン伯爵家の紋章は盾に剣! そして、ペイシェンス様が考えられたのは、本にバラ! 本はグレンジャー子爵家の紋章だから、ナシウス君が継ぐのが相応しいとなると、剣と盾とバラにしたら良いのでは?」
サラサラとラドリー様が紋章を描いてくれた。
「おお、これは良いな! モラン伯爵家との関連もあるが、ペイシェンスが立てた家の繊細さが含まれている」
サリエス卿は気に入ったみたい。私もかなり気に入った。剣と盾だけど、周りをバラで囲んであり、良い感じなのだ。
「剣を杖にしたら、良いのに!」
ゲイツ様は、少し不満そうだ。
「ペイシェンス、うちの紋章に似ているけど、良いのかな?」
パーシバルは気を使っている。
「似ていても、違いますわ。モラン伯爵家の剣はもっと太くて一本です。こちらは、華奢な剣が二本? ラドリー様、どうして二本なのですか?」
ラドリー様が笑う。
「デザイン的に二本の方がバランスが良いのもあるが、ハープシャー領とグレンジャー領の二つの領地を治める意味も込めたのだ」
これ、なかなか良いと思う。これを紋章にして、印はいちごの花では、変かも? やはりバラにしよう。社交界デビューと共にお印を「一重のバラ」に変更しても良い。
見た目はあまり変わらないから、前のをそのまま使えるのも気に入ったんだ。ちょっとずつ入れ替えていけば良いよね。
サロンで集まっているから、グレンジャー館をホテルにする案を皆で考える。
「ラドリー様は、横に研修所を建てた方が良いと言われるのですが、どうでしょう?」
これに、意外だけど父親が賛成した。ロマノ大学の為なのかな?
「その方がホテルに泊まるお客様や学生達、どちらにも良いだろう。土木工事や農作業、それに漁業の研究をして、汚れた姿になる場合も多い。それと、会議室や気楽に話し合える場が必要だから」
まぁ、それは私も感じていたよ。これまでは、歴史研究クラブとロマノ大学の教授と学生だったから、マナーを煩く言う人もいなかったけどね。
来年から、ホテルとして使うなら、少しお互いに気を使うから分けた方が良いのかも?
海老の養殖の研究も数年単位になるし、鮭の養殖は秋から始まる予定。
稲作も、数年単位になりそう。より良い栽培の仕方を、領民に教えて欲しいからね。
「ペイシェンス、麦芽糖はどちらで作る事にしたのですか?」
麦芽糖、米はまだ領地で取れていないから、じゃがいもで実験して貰った。
とうもろこしでも良さそうだけど、これも収穫前なんだ。もうすぐ収穫できそうだけどね。
「麦芽糖は、グレンジャーで作りたいのですが、調味料関係の責任者のメーガンがハープシャーにいることが多くなりそうで、少し悩んでいます」
ハープシャーには、ワイン、醤油、味噌の蔵がある。それに、扇状地にリンネル教授に勧められた果樹園を計画しているんだ。
それに比べるとグレンジャーの方は、マッドクラブ、雲丹の新しい取り方、海老の養殖も始まったばかりだし、少しバランスが悪い気がするんだよね。
「いや、調味料関係は、ハープシャーに纏めた方が効率的だろう。グレンジャーには、高級ホテルもあるし、なんと言っても魚介類は魅力的だ」
サリエス卿に言われると、それも、そうかもと思う。これから海老や鮭の養殖もするし、秘密だけど真珠も作りたい。
パーシバルと話し合っていると、私の意見に反対をあまりしないから、他の大人と話し合うのも良いのかも?
「ペイシェンス、あちらでオリーブの木を植えると言っていませんでしたか?」
ああ、パーシバル! そうだったね。
「オリーブ油をグレンジャーで作りたいのです。それと、領地全体でローリエ、サフラン、ラベンダー、ローズマリー、タイム、フェンネルなどのハーブを栽培させたいですわ。唐辛子や胡麻も!」
全員が私の食い意地の為だと思ったみたい。でも、領民の為でもあるんだよ。これらのハーブ、凄く強いからね。
「胡麻? それはローレンス王国で栽培できるのですか?」
パーシバルは、カルディナ街で胡麻団子を食べたことがあるから、あちらの作物だと思っているみたい。
「ええ、リンネル教授に調べていただきました。問題なさそうですわ」
前世の日本で胡麻は栽培されていたからね。どうやって作るのかは、農家じゃなかったから知らないから、リンネル教授任せ。
胡麻があると、料理の幅が広がるんだよ! 胡麻油があると、美味しいよね。
紋章が決まったので、騎士の制服、兵士の制服にも付けなきゃね。
「館にもレリーフを刻まないといけませんね」
うっ、それを忘れていた。
「それと、紋章院に提出しないといけませんよ。これは、サリンジャーに任せます」
ええっ、良いのかな? ワイヤットにメロンを何個も持って行って貰おう。




