雑用、あれこれ!
グレンジャー館で、執事見習いのエイムズを呼んで、館に被害がないか尋ねる。
「いえ、風の影響も雨の影響も受けていません!」
ふぅ、良かった。ここからは、細々とした用事だよ。
「これは嵐で浜に打ち上げられたリュウグウノツカイです。美味しいと漁師達は言っていましたが、私は食べた事が無いので、一口切り取って、焼いたのと、茹でたのを持って来て下さい。後は、冷蔵庫に二桶分、一桶分はゲイツ様も味見されたいだろうから、冷凍してください」
これがバレたら煩そうだからね。リュウグウノツカイは、一口、味見しないと適した料理は思い浮かばない。
それと、もう一つベッカム教授の為に、撥水加工の布を用意しなくてはいけない。
「古いシーツが屋根裏部屋に置いてあると思います。それを十枚、ザッと荒い目でいいから縫って繋げて下さい」
何に使うのだろうと思ったかもしれないけど、ゲイツ家で変な命令に慣れているのか、躾けられているからか、エイムズは黙って頷く。
「それと、巨大蛙の粘液、珪砂、スライム粉を冒険者ギルドで買って来て下さい」
これも無言で頷く。錬金術関係は、黙って命令を聞くのが身についているのかもね。
シーツが縫い合わされ、撥水加工の材料が揃うまで、リンネル教授と話し合おう。
「リンネル教授は、どこに居られるか知っていますか?」
素早く、リュウグウノツカイを一切れずつ、焼いたのと茹でたのを小皿に乗せて持って来たエイムズに質問する。
「多分、ライナ川の下流の稲作地だと思います。これで宜しいのでしょうか?」
お皿は二つだけど、小さなリュウグウノツカイ欠片は、二つ。それにフォークも二本。
「パーシー様も食べてみて下さい」
二人でお互いに食べさせたり、良いムード。メアリーがいない時はチャンスなんだ。
「これは、リヴァイアサンの肉に似ていますが、もう少しさっぱりしていますね」
「ええ、これなら焼いただけでも美味しいですわ。ただ、やはり私には脂が多く感じます」
これ、にんにく醤油バター焼き、美味しそう! ピンと閃いた。
前世の居酒屋でマグロのにんにく醤油バター焼きが好きだったんだよね。
脂っぽいのに、バター? 違うんだよ。バターの風味がプラスされて、美味しいの! それに、余分な脂も焼いて流れるからね。
「ペイシェンス、また美味しい料理を思いつきましたね!」
パーシバルが笑っている。さささとレシピを書いて、グレンジャー館の料理人にも渡しておく。
急速冷凍庫に、一樽分のリュウグウノツカイを入れて冷凍したら、丁度シーツも縫い合わされ、撥水加工の材料も届いた。
半地下の急速冷凍庫にいるから、ついでに錬金術部屋に行く。ハープシャー館にもグレンジャー館にも、半地下に錬金術工房を作ってある。
「ここで、ベンジャミンが錬金術合宿をしたいと騒ぎそうですね」
来年の夏休みは、合格したらロマノ大学生だ。ベンジャミンと会う機会は減るのかも。
「ペイシェンス、やはりもう一年王立学園に通いますか?」
パーシバルが心配している。
「いいえ、もう取る授業もありませんわ。アルバート様やカエサル様みたいに、クラブ活動の為にだけ王立学園に通うのは、私は少し違うと思うのです」
それに、錬金術クラブも新入部員が増えて、エクセルシウス・ファブリカの材料を使った物を作り難くなっている。家や領地の工房をもっと充実させて、そこで新製品を作りたい。
「一緒にロマノ大学生になるのは、とても楽しみです!」
「ええ、本当に!」
メアリーがいないから、いちゃいちゃしちゃう。でも、ベリンダがスッと側に寄るから、キスはできなかった。
ベリンダは、気配を消すのが上手くて、護衛なんて窮屈かなと思っていたけど気楽なんだよね。
でも、浜でも漁師達との間にスッと入ったり、パーシバルといちゃいちゃ仕掛けたら、ちょっと側にくる。
「撥水加工の布を作ったから、それをベッカム教授の所に持っていってね」
これは、エイムズに任せておこう。
私とパーシバルとベリンダは、リンネル教授のいる水田に馬の王で走る。
「ハープシャーより、グレンジャーの方が被害が大きい気がしますわ」
より長く放置されていたからか、家も傷んでいるし、畑も放置されたままのが多い。余計に寂れて見えるよ。
「ええ、やはり領主がいない土地は荒れますね。でも、これからはペイシェンスが発展させていくのでしょう」
そう、上手くいくと良いのだけど。今回の嵐で、もっと災害に備えなくてはいけないのだと思った。
リンネル教授と学生達は、水田の溜まりすぎた水を抜いたり、忙しそうだった。
「まだ倒れるほど、稲が成長してなかったのが、却って良かったです」
そうか、収穫間際の嵐の方が被害が大きいんだね。
「麦が嵐で倒れている畑もありますが、大丈夫でしょうか?」
「これから夏の本番ですから、立ち上がりますよ」
専門家が言うなら、そうなんだろう。
「ライトマン教授は、どちらでしょう?」
教会の修理をしてもらわないといけない。それと、グレンジャーの教会は、建て直す必要があるのかも調査して欲しい。
「ああ、彼なら防砂堤に土砂がどのくらい溜まったか、調査すると言っていました。御用なら、明日ハープシャー館に行くように伝えておきます」
これは、ありがたい。仲の良い教授達で良かったよ。伝言を頼んでおく。
ハープシャー館に帰って、気になっている醤油蔵に行く。ジョスが長い梯子を登って、樽の縁に作った足場に立って、木の櫂で撹拌している。
「落ちないように気をつけてね!」
私なら落ちそう。だって、足場は板一枚なんだもの。
「上から、醤油諸味の様子を見たいわ」
まだ二日目だから、小麦の粒や豆の粒も残っているだろう。これが発酵して、粒々がなくなり、乳酸菌がより発酵を促してくれるのだ。
「ペイシェンス、危ないですよ」
確かに、運動神経は鈍い。パーシバルに止められた。
「どんな感じか教えて!」
ジャスが「茶色い」とか「ぶつぶつしている」と小さな声で言うけど、よくわからないよ。
「やはり、見てみたいわ!」
木の梯子に手を掛けたら、パーシバルに横に退けられた。
「私が見てきますよ」とスルスルと梯子を上り、足場に立って見ている。
「ジャスの言う通りですね。まだ豆の粒と小麦の粒が浮かんでいます。それと、何だか発酵しているのか細かい泡もありますね」
私は、うろ覚えの比率で塩水を加えたのだ。
「パーシー様、どろどろ具合はどうですか? 濃いどろどろ、薄いどろどろ?」
パーシバルは、腕を組んで考えている。
「私が知っている醤油から思うと、ぶつぶつがある時点で、濃いどろどろだと思うのですが、これから溶けるのでしょうか?」
ふぅ、私も醤油作りは初めてだから、これから塩水と豆や麦の比率を変えて、色々と試してみよう。
それに、工場では、外に大きな金属製のタンクでも醤油を作っていた。それは、温度管理もできて、一年中、同じ条件で作れると聞いたよ。
では、何故、昔ながらの木の樽でも作るのか? 木の樽には、その工場の醤油菌が棲みつき、美味しくなるからだってさ。
今は、新品の醤油樽だけど、そのうち醤油菌が棲んでくれたら良いな。
この夜は、リュウグウノツカイのにんにく醤油バター焼きがメインだった。
「本当に、美味しすぎます!」
全員から、何故か文句を言われちゃった。




