嵐の日
夕方から雨になった。この時点では、雨よりも風が強い気がしていた。
ハープシャー館は、ラドリー様が改修したので、あまり風の影響を受けなかったが、パトロールから戻ってきたパーシバルは、かなり雨に濡れていた。
「撥水加工のマントでも、濡れてしまうのですね」
パーシバルに「乾け!」と掛けてから、労う。
「風が強くて、マントの隙間から雨が入り込んでしまいました」
ふうむ、ジッパーを使って前を閉じられるカッパを作った方が良いのかも?
パーシバルが着替える為に部屋に上がった後、モンテス氏から報告を受ける。
「今夜、嵐が通り過ぎるようです。騎士の方々は、兵舎に詰めてくださるそうです。それに、嵐の中、グレンジャー館に帰せませんから、アダムは私の家に泊めます。ベリンダ様とメーガンは、ハープシャー館に泊めて下さい」
それは良いけど、川は大丈夫なのか不安だ。
「春にも嵐が来ましたが、川は氾濫しませんでした。今回の方が大型の嵐ですが、大丈夫ですよ」
川が氾濫しなければ、嵐の後に片付けたりするだけだと、モンテス氏は笑う。
「ライトマン教授と学生達は、大丈夫ですか?」
「雨が降り始めた時点で、グレンジャー館に帰ってもらいましたから、本降りになる前に着いているでしょう」
そうなら良いのだけど。心配だけど、私が今できることはない。
領兵達のカッパを作る事ぐらいかな?
その日は、早めに夕食にした。ヘンリーにお休みのキスをしに行った時には、風がビュービュー吹いていた。
「ヘンリー、大丈夫ですよ。この館はラドリー様が改修されたのだから、嵐には負けません」
ただ、寂れたハープシャーの町の商店や宿屋、それに屋根を助手達が直した教会、大丈夫なんだろうか?
「お姉様?」
駄目! 私が不安な顔をしたら、ヘンリーが不安になる。
「明日には、嵐は通り過ぎるでしょう。オルゴール体操をしなくてはね! 十日目のご褒美はチョコレートですよ。早くお休みなさい」
額にキスをして、ヘンリーを寝かしつける。
私は、寝る気にならない。メアリーは寝巻きに着替えさせようとするけど、何かあった時に困る。
「お嬢様、寝ないと身体に障ります」
メアリーが本当に心配している。そうだ! ペイシェンスは身体が弱いのだ。
ここで、私が寝ないで心配していても、嵐は通り過ぎる。明日は、嵐の被害を調査して、その対応策を取らなくてはいけないのだ。
眠れないけど、ベッドで身体を休める。こんな時、健康で体力も溢れかえる領主なら、見回ったりするのだろうか?
「情けないな……」と落ち込んでいたら、ペイシェンスが慰めてくれた。
『よくやっているわ! 良い領主よ』
これは、私の願望をペイシェンスが言ってくれているのだろうか? 転生した当時は、マナー違反をしては、ペイシェンスに叱られて頭痛がしたものだけどね。
「ペイシェンス、今からでも代われるものなのかしら?」
これは、ずっと悩んでいた事なんだ。
グレンジャー家も窮乏生活を脱したし、弟達も不安なく勉強できる環境になった。
パーシバルと婚約したのは私だけど、元々、ペイシェンスと縁談があったのだ。
『竜を討伐なんかできないわ!』
全力で拒否された。
「それは、私も嫌だわ!」というと、くすくす笑う。
「あのう、何故、こんなことになったのかしら?」
これ、聞きたかったんだ!
『さぁ、わからないわ。ただ、私があのまま亡くなったら、弟達はどうなるのか……エステナ神に祈ったのは覚えているわ』
そうなんだ。あちらの私は死んでいるのか、聞こうと思ったけど、やめた。ペイシェンスは、十歳で亡くなったんだもんね。
『私は、そろそろお母様の元に行くわ。弟達を可愛がってくれてありがとう。パーシバル様と幸せになってね』
翌朝、あのペイシェンスとの会話は、夢だったのか? と考えたけど、よく分からない。
「ペイシェンス?」と呼びかけても、返事はない。
お母様の元に行ったのか? 一人ぼっちになった気分だ。
「お嬢様、早くお着替えになって下さい」
メアリーに起こされて、嵐の後始末をしなくてはいけないのだと飛び起きる。
「子爵様、おはようございます! ライナ川の氾濫もありませんでしたし、家もほぼ無事です。農作物も、被害は少ないようです」
モンテス氏の報告で、少しホッとしたけど、被害の詳しい調査はこれからなのだ。
「ああ、忘れていたわ! 温室は大丈夫かしら?」
メアリーと温室に向かう。いつの間にかベリンダがついて来ている。
「お嬢様、大丈夫そうですわ」
「良かった! メロンはこれから収穫するのよ」
温室の外を一周し、そして中も見回る。魔法で育てたメロンは、食べ頃だ。魔法を使わずに栽培しているメロンも大きくなっている。
「ペイシェンス様、私はハープシャー館に滞在した方が護衛をしやすいのですが、許可して頂けますか?」
それは、そうだろうけど、旦那様のローラン卿とは別れて住む事になるけど良いのかな?
「仮採用期間が済む頃には、ハープシャーに騎士の家を用意しますわ。それからでも、良いのですよ」
ベリンダが困った顔をする。
「私は、冒険者上がりで、家事は全くできません。それは、ローランも承知しています。ローランは、家よりも兵舎の方が快適だと思います」
あっ、それは、どうしたら良いのかな?
「今は、寂れているから土地を与えても、却って困ると思っています。でも、いずれは土地持ちの騎士になって貰おうと考えているのですが……」
二人で、困惑していると、メアリーが遠慮がちに口を開く。
「下女を雇えば良いのでは?」
私とベリンダが二人で手を叩く。
「そうね!」
「ああ、その手があったな!」
「うん? バーンズ公爵領では、どうしていたのかしら?」
照れくさそうに笑うベリンダ。
「私は、宿屋で暮らしていました。独身のうちは、ローランは、兵舎の上に住んでいたのです。結婚してからは、二人で宿屋暮らしですね」
因みにローラン卿の従者は、宿屋の別の部屋だったそうだ。
「昨夜の様にお客様の部屋でなくて良いです。使用人部屋で十分ですから!」
これは、ミッチャム夫人に要相談だ。護衛だけなら、使用人部屋でも良いけど、騎士の奥さんだからね。
それは、ミリアムも同様だ。村の教師なら、半使用人。家庭教師より、少し下かな? でも、騎士の婚約者だから、複雑。
私的には、一緒に食事をしたりしても良いと思うけど、こちらの常識が分からない。ある程度は、当主なのだから、私の判断で良いのだけど、あまりに非常識は拙いかも。
嵐の通り過ぎた庭で、オルゴール体操をしながら、今日は忙しくなるぞ! と気合を入れた。




