ハープシャー館の夜
応接室では、サミュエルが女の子達とハノンの連弾をして、それを皆で楽しんでいる。
王立学園では、全員が音楽も習得するから、次々と代わりながら演奏して、なかなか良い感じだ。
「パーシー様、彼方で盾をお見せしますわ」
メアリーに夕食中に執務室に盾を運んで貰っている。二人で、執務室に向かう。あっ、メアリーも付いてくるけどね。
「これ、誕生日プレゼントにしようと作ったのです」
パーシバルは、紙に包んだ盾を受け取り「開けてみて良いですか?」と尋ねる。
「ええ、どうぞ」
パーシバルが包装を解いて、盾を取り出す。
「半透明の盾なのですね。魔法陣がありますが、これで剣を弾いたのか」
試してみたそう。目がキラキラしている。でも、夜だから領兵の訓練所も使えないよね。
「パーシー様は盾を使われないのですね。これは、失敗しましたわ」
他の誕生日プレゼントを用意するから、受け取ろうと、手を伸ばしたけど、ぎゅっと盾を握りしめている。
「この魔法陣、どんな物かはわかりませんが、剣を弾き飛ばすと聞いただけで、凄い物だと思っています。これを、私が貰っても良いのか、ゲイツ様にお伺いしましょう!」
やはり、パーシバルは盾でも騎士関係だから、萌を感じるのかも。
「本当に失敗したと落ち込んでいるのです。他のに変えますわ」
だから、他のプレゼントを用意すると、再度、手を伸ばしたのだけど、やはりパーシバルは盾を抱きしめている。
「本当は、私が貰って良い物では無いと感じるのですが、欲しいと思う気持ちが抑えられません」
兎も角、明日、盾のテストをする事にした。
パーシバルは、盾を抱きしめて部屋に戻った。
ふぅ、失敗したと、落ち込む。
「ペイシェンスの盾になりたい!」と言われて、パーシバルを護る盾を作るだなんて、単純な発想だったね。
今夜は、賑やかな応接室に行く気にならず、かと言って部屋に戻ったら、もっと落ち込みそうだ。
ヘンリーは、まだ起きているかしら? でも、こんなに元気のない顔で行ったら、心配させるかも。
「お嬢様?」メアリーが心配そうだ。
やはりヘンリーの部屋に行こうと思った時、東の端のモーニングルームに灯が見えた。
「お父様が本を読んでいらっしゃるのかも?」
ハープシャー館の東側にモーニングルームを作ってある。
王都では、書斎に籠って読書している父親だけど、ハープシャー館の執務室は私が使っているからね。
モーニングルームは、まだ基本的な家具しか置いていない。
本来は、旦那様が執務室にいる間、奥方がお茶を飲んだり、読書したり、刺繍をする部屋なのだ。
ハープシャー館の場合、いずれは図書室にしても良いかもと思っている。グレンジャー家ほどの書籍は置かないけど、好きな本をゆったりとパーシバルと読みたいな。
本を読んでいるパーシバルの横で、刺繍をするのも良い感じ。
でも、きっと私はヘンテコな錬金術に夢中になっているのかも?
うっ、自分の失敗を思い出し、しおしおな気分だよ。
「ペイシェンスかい?」
読書していた父親が気づいたみたい。
「ええ、まだ寝るには早いですが、何となく応接室で皆と騒ぐ気分にはならなくて」
父親が本をサイドテーブルに置く。メアリーが気を効かせて、ハーブティーを持ってきてくれた。
「これは、良い香りだわ」
バラの花とハーブ、心が和む香りだ。
「ペイシェンス、元気がないな」
おお、珍しい。父親との雑談だ。
そうだ! 前から父親には訊きたいと思っている事があったのだ。
「お父様、私の名前は少し子どもに付けるのは相応しくない気がします。何故、この名前を付けられたのですか?」
父親の灰色の目が見開かれる。意外な事を言われたと、驚いているみたいだけど、誰が考えても忍耐なんて子どもに名付けないと思うよ。
「そう言えば、私は名付けの意味を話した事がなかったな。ユリアンヌも話さなかったのか……。もっと大きくなって話そうと思っていたのだろう」
えっ、凄く良い意味なの? 忍耐だなんて、あまり良い名前じゃないと思っていたよ。
「私は『忍耐は学識に勝る』という格言が大好きなのだ。学問の家に生まれた第一子に相応しいと考えた」
そんな格言があったの? 元ペイシェンスも知らなかったみたいで騒ついている。
「だが、ユリアンヌがペイシェンスと名付けるのに同意したのは、別の意味があるからだ」
父親は、陛下も認める非常識人だから、娘に変な名前を付けたのも分かるけど、母親もなの?
「別の意味とは?」
母親のユリアンヌを思い出して、ぼんやりしている父親に話を催促する。
「ユリアンヌは、植物が好きで、調子の良い時は、庭のバラの手入れを楽しんでいた。だからかもしれないが、庭に関した格言から付けたのだ。『忍耐は、誰の庭にでも咲く花ではない』それと『忍耐の庭でこそ、強さがいちばん育まれる』という格言が好きだった」
えっ、何だかペイシェンスって良い意味に感じてきたよ。心の中の元ペイシェンスも満足そうだ。
「ユリアンヌは、自分の身体が弱いのを苦にしていた。だから、娘にペイシェンスと付けたのだろう。『忍耐が世界を救う』と言う格言もあるぐらい強い名前だからだ」
へぇ、聞いて良かった! 忍耐は、ネガティブな意味じゃなく、強いポジティブな意味を持つんだね。
いや、一般的にはちょっとな名前だけど、両親の願いが籠った名前なんだ。
「お父様、話して下さってありがとうございます。名前に恥じないように生きていきますわ!」
うん、気分が上昇したよ。
「ゲイツ様があの盾を世間に出さない方が良いと判断されたら、名前を刺繍したハンカチを何十枚も贈りましょう!」
「ペイシェンス……ほどほどに……」
父親は、何か言って、読書に戻った。
「ヘンリーにお休みのキスをしに行きましょう!」
✳︎ ✳︎ 参考格言 ✳︎ ✳︎
Patience surpasses learning.
忍耐は学識に勝る。
It is in the garden of patience that strength grows best.
忍耐の庭でこそ、強さがいちばん育まれる。
Patience is a flower that grows not in every one's garden.
忍耐は、誰の庭にでも咲く花ではない。
Patience is the remedy of the world.
忍耐が世界を救う。




