味噌と醤油ができたら
今日は朝から館が忙しない雰囲気だ。
「お姉様、オルゴール体操のハンコが昨日で五つ貯まりました!」
キラキラした目のヘンリー! 可愛いから抱きしめてキスする。
「ええ、ご褒美のチョコレートバーを配ります」
メアリーに用意してあったチョコレートバーを配って貰う。
「ヘンリー、チョコレートバーは朝食後ですよ」
すぐに食べたそうなヘンリーを注意したけど、騎士コースの二人はもう一口齧っていた。
「このくらい食べても、朝食は食べられます!」
堂々と言い切るジェニー。リンダは、こそこそと残りをポケットに入れている。
「今日は、一日中、味噌と醤油を作る作業です。パーシー様は、モラン領に行かれるのですね」
「ええ、来て欲しいと手紙が届きましたから。今日と明日は、彼方に泊まります」
パーシバルがいないのは悲しいけど、やる事がいっぱいなのだ。特に、パーシバルの誕生日プレゼントは、居ない間に作りたい。
「子爵様、皆の用意ができました」
雇った手伝いには、シャワーを浴びて貰って、ご褒美に渡す古着に着替え、白の上着を配ってあるから、それを着て貰う。
「エバ、リラ、クラリッサ、ケリー、ミッチャム夫人も今日はこちらに専念して欲しいのです」
エバは、調理助手に任せてあると胸をパンと叩く。彼女には、豆を炊く作業や、麦を炒る作業の監督を任せる。
リラは、私が居ない時に、味噌、醤油造りの責任者になって貰いたいし、ケリーはソース作りの責任者になって貰いたいから、全体の流れを覚えて欲しい。
ミッチャム夫人は、私のする事を全て知っていて欲しいからね。錬金術の一部は除くけどさ。
これは、クラリッサに手伝って貰う予定。
「作業の手筈は、モンテス氏に任せますわ」
管理は、リラにして貰うけど、今回は初回だから、モンテス氏に仕切って貰う。
「先ずは、豆を洗って貰う! それと、小麦を炒る組とに分かれよう」
豆を洗うのは力仕事だから、男の人中心、小麦を炒るのは、焦がしては駄目だから女の人中心だ。
「昨夜から洗って水に浸けている豆は、茹でるよ!」
エバが、女の人の半分に、茹でる作業をさせる。
「小麦を煎るのは、初めてだわね」
大きな平たい釜で、小麦を煎る。暑い夏の作業だから、皆に冷え冷えマフラーをクラリッサに配らせる。
「香ばしい香りが立ったら良いと思うの。狐色になれば、出来上がりだわ」
その後の粉砕作業は、機械に任せる。機械と言っても、中で刃物が回っているだけだ。回転の魔法陣で作れる。
「ペイシェンス様、これも作られたのですね」
クラリッサは、すぐに機械の構造を理解したみたい。
「ええ、本当は煎る機械も作りたかったのですが、どの程度が良いのか、まだ分からないから」
焦がしては駄目、でも、浅いと駄目だと、工場見学で聞いた気がする。
「粉砕した小麦は、あちらにおいて、次の小麦を炒ってね!」
家庭用なら、一回で終わりだけど、同じ作業を延々としなきゃいけない。
「リラ、ミッチャム夫人と一緒に麹室に行きましょう」
クラリッサも一緒に麹室に行く。
「わぁ、なんだか変な匂いがします」
むぁとした麹室の中は、麹の匂いが満ちていた。クラリッサは、初めてだから、気になるみたい。
「これが麹の香りなの。リラ、覚えておいてね」
私には、良い香りに感じる。
「布をどけて、麹をバラバラにしなくてはいけないわ」
メアリーやキャリーの手にも「綺麗になれ!」と掛けて、皆で麹をバラバラにしていく。
「あのね、この麹には美白作用があるのよ。手が綺麗になるわ」
これを利用した化粧品もあったよね。凄く高価だったから、私は買えなかったけど、母親は使っていた。
そう言ったからではないだろうけど、全員で麹をバラバラにする。
「ここに少し麹を入れておきましょう。次に作る時の種になるのよ」
それと、塩麹とかも美味しいから、少し多めに取っておく。
麹を入れた容器を皆に持って貰って、作業所に戻る。暑い! やはり冬にするべきだったかも? でも、ソースの調味料をカルディナ街で買っていたら、儲けが少ないのだ。
「エバ、麹を持ってきたわ!」
炊いた豆を潰す作業をしていたエバに、麹を持ってきたと報告する。
「味噌も醤油も豆を使うのですね。昨日のうちから、もっと水に浸けておいたら良かった」
「今日一日で全てを仕込む訳ではないわ。エバは、初日だけ仕切って欲しいの」
あの大きな樽にいっぱいの味噌や醤油、一日では無理だよ。
「それは、そうですね! つい、屋敷で作った時の事を思い出してしまって」
それに、あの時は、ほぼ生活魔法で時短したからね。今回も一部は時短するつもり! 夏休み中にソース作りの工房も立ち上げたいからだ。
お昼は、作業をしている人にも出す。兵舎の食堂で、野菜沢山のスープとパンと魚のポアレだ。
レモンと塩と蜂蜜を混ぜた水の入ったピッチャーを長机のあちこちに置いてある。
「水分をいっぱい取らせてね」
ここは、モンテス氏に任せて、私はメアリーに引っ張られて、シャワーを浴びてお着替えだ。
「メアリーもシャワーを浴びた方が良いわよ」
「お嬢様がお食事中にシャワーを使わせていただきます」
グレンジャー館にもハープシャー館にもシャワーを完備させている。勿論、お風呂もだけど、シャワーが凄く評判なのだ。
特に、領兵や使用人達! 風呂よりも簡単に綺麗になるから、毎日利用されている。清潔は大事だからね!
王都のグレンジャー屋敷でも、お風呂よりシャワーの方が人気みたい。私は、浴槽に浸かると、疲れが取れる気がするけど、元々、庶民は身体を拭く程度だからかな?
麹の匂いが髪にも染み付いていたので、洗うとサッパリした。
「ああ、シャンプーとリンス、それにボディシャンプーも作らなきゃ! ポンプ式ボトルも作ろう!」
本来なら、領地の改革をしながら、生活を豊かにする小物をちょこちょこ作って、弟達とパーシバルと海水浴を楽しむ夏休みだったのに!
「ゲイツ様! 許さない!」
なんて愚痴っても、竜は、ゲイツ様のせいではない。でも、八つ当たりしたくなる相手なんだよね。
昼食後も、この日は一日中、味噌と醤油作りだ。
「明日も、お願いしておきます」
後は、醤油の麹ができたら、それに塩水を入れて、醪を作り、三ヶ月攪拌したら出来上がりだ。
まぁ、それを絞ったり、加熱して発酵を止めたりするのだけどさ。
「クラリッサ、味噌を入れる樽と醤油を入れる瓶を作るわよ。それと、ソースを販売する瓶も作らなきゃいけないわ」
これは、個別販売用だ。味噌は、壺でも良い。醤油は、ガラスにスライム粉を混ぜたプラスチック擬の瓶にしたい。
「味噌も、瓶でも良いのかも?」
陶器も錬金術でできそうだけど、粘土より、珪砂やスライム粉の方が手元にあるからね。広口の瓶なら、味噌も大丈夫な気がする。
前世では、四角いプラスチックの箱に入っていたんだよね。その形にしても良さそう。
「魔力が足りませんわ」
クラリッサが弱音を吐く。
「一日で作らなくても良いのです。毎日、何十個か作れば良いのよ」
横で聞いていたルーシーとアイラが「錬金術クラブでなくて良かった」と目配せしていた。




