グレンジャー館の昼食
海洋生物学科のベッカム教授には、色々と相談したいから、ノートにまとめて来た。
それと、グレアムに運び込んで貰った木箱に、ザルを重ねた雲丹漁の道具と、養殖の網の一部が入っている。
「あのう、一応、養殖の生簀の設計図と網を作って来たのですが、見てもらえますでしょうか?」
ベッカム教授が前のめりになる。パーシバルとクラリッサが木箱から、網と雲丹漁のザルを出してくれた。
「この網に触ると、電撃されるのですか? 中の海老は大丈夫なのかな?」
「それは、試してみないと分かりませんわ。これは、浅瀬で養殖する時に使おうと考えたのですが、水田というか、海辺に養殖池を作っても良いのかもしれません」
前世の東南アジアの海老の養殖は、コンクリートの生簀でやっていたような? あまり興味がなかったから、ハッキリと覚えていないんだ。
「ペイシェンス様が養殖を考えられているのは、海洋生物の保護の為ですか? 魔物は、何故だかは分かりませんが、増えるのです。だから、マッドクラブやビッグホエールなどは、討伐した方が良いのですよ」
「では、普通の魚や海老や雲丹や鮑はどうなのでしょう?」
ベッカム教授は、そこら辺は調査不足だと腕を組む。
「漁師も遠洋漁業はしていません。あまりに乱獲してしまうと、その種類の魚が次の年に不漁になるとは聞いていますが……ううむ、これは面白いですな」
乱獲の基準がわからない。できれば鰹っぽい魚をとって、鰹節を作りたいのだ。
「ローレンス王国もコルドバ王国も漁業に関して、研究不足ですな。それは、農業に関してもです。ペイシェンス様が言われた、糖を蕪の中に蓄える甜菜もまだ見つかっていません」
リンネル教授も話に加わる。甜菜が見つかると良いのだけど。
「それと、学生には麦芽糖の実験もさせたいと考えています」
その施設は、グレンジャーには無いんだよね。作れば良いのかも?
「ハープシャーには、味噌と醤油を醸造しようと施設を作っていますが、グレンジャーには急速冷凍施設と大きな冷蔵庫、冷凍庫しかありません」
でも、麦芽糖だけなら、加熱する釜と保温容器だけでもできる。
「こちらに、釜と保温容器を作って持って来させますわ。材料は、モンテス氏に言って下さい」
ベッカム教授は、麦芽糖にも興味があるみたい。
「魚の加工と言われていましたが、干すだけでは無いのですね」
見本の雲丹の瓶詰めをベッカム教授に見せる。
「今日のお昼は、この雲丹の瓶詰めを料理させます」
こちらには、ゲイツ家の使用人がメインにいる。エバの指導を受けたファビやサング、どれだけ上達したか、楽しみだね。
「おお、今日はペイシェンス様もこちらで昼食ですか?」
ランチタイムなので、ライトマン教授と助手達がグレンジャー館に帰ってきた。
「ハープシャー館が近い作業場所の時は、あちらにいらして下さい」
そう言ったけど、ライトマン教授は午前中は、グレンジャー領で作業していると笑う。
「綺麗になれ!」手や顔は洗っておられるけど、少し汗ばんでいるから掛けておく。
「おお、昨日、少し習いましたが、これを習得できたら便利ですなぁ」
あらら、リンネル教授やベッカム教授や学生達の耳がそば立っている。
「ライトマン教授、ペイシェンス様から生活魔法を習ったと助手達が言っていました。そんなに簡単に習得できるのですか?」
昨夜、学生達は話し合ったみたいだね。
リンネル教授は、早起きしたようだ。
「弟君と王立学園の学生が、庭で変わった体操をしていました。不思議に思って尋ねたら、オルゴール体操で魔素を身体に取り込むのだとか……。私や学生達も参加してもよろしいでしょうか?」
それは、構わない。クラリッサに台紙をいっぱい持って来てもらっているから、それを渡す。
「オルゴール体操をされたら、この台紙にハンコを押します。五個集めたら、チョコレートバー。十個集めたら、チョコレート。十五個でアイスクリーム。二十個でスイカ。二十五個でメロン。三十個でファイル、三十五個でファイルの紙をご褒美に渡します」
このご褒美は、ヘンリーに決めて貰った。実は、三十五個のファイルの紙以外は、作れる物ばかりなのだ。
「歴史研究クラブの方は、チョコレートバーだけになりますが、良いのですか?」
フィリップス達は、一週間で帰るからね。
「ヘンリーがご褒美を決めたのです。それに文句を言う方では無いと思いますわ」
パーシバルも笑っている。昼食は、簡単で良いと言っていたから、前菜の代わりに雲丹のパスタだ。
「ああ、これは濃厚で美味しいですね。私も購入したくなりました!」
ベッカム教授は、うっとりとしている。
「あのザルに海藻を詰めて、海に沈めておくと、食い意地の張った雲丹が取れます。ただ、乱獲にならないか注意しなくてはいけませんわ」
「ふむ、こんなに美味しいなら、乱獲にならないように注意が必要ですな!」
ゲイツ家の料理人も腕が上がっている。
メインは、魚のポアレだったけど、バターソースにレモンが効いてて美味しい。
「それと、ベッカム教授にお聞きしたい事があったのです。鮭は、ライナ川を遡上しますが、それの養殖は可能でしょうか?」
ベッカム教授は、魚を切っていたナイフの手を止めて、考える。
「鮭は、生まれた川に帰る変わった生態なのです! そうか、卵を取って……やってみたいです!」
雌の鮭から卵を取って、雄の精子を掛けて、生簀で孵化させて、稚魚を放流する映像を思い出したのだ。
「あっ、ライトマン教授! 昼から、水田を作るのに協力して頂けませんか?」
ライトマン教授とリンネル教授も仲が良さそう。
「ええ、良いですよ。でも、ペイシェンス様に手伝って貰うと上手くいきそうです」
リンネル教授は、まだピンときていない。
「生活魔法で、水田を作るのですね。皆様も覚えると、農地改良に便利ですわ」
土木建築も農地改良も生活魔法でもできそう。
「私達は、漁師からどのくらいの漁獲量があるのか聞いてみます。あまり、急激な増量は良くないでしょうから。それと、ビッグホエール漁についても調査したいのです」
海洋生物について、あれこれ調査したいみたいだね。それは、任せよう。
「カツオという魚がここでも取れるか聞いて欲しいですわ。カルディナ帝国では、この魚を干して、美味しいお出汁を取っているのです」
「カツオ! それは、魚図鑑で見た事があります。ただ、白身の魚では無いから、食用に適さないのでは?」
ローレンス王国の魚料理、白身の魚がメインだ。青魚は、漁師や海辺の庶民が食べる感じなんだよね。美味しいのに!
「ペイシェンスの料理人なら、どの魚でも美味く料理しますよ。それに、あのお出汁は絶品ですから」
パーシバルが笑っている。
「そうですわね! 鰹節のお出汁を使った料理を食べて頂かないと! ファビをグレンジャー領に来させて、エバに指導させますわ」
三人の教授達が「それは楽しみです」と笑った。
「こんな素晴らしい館に滞在させてもらい、色々な調査やフィールドワーク! 学生達も満足しています」
こちらこそ、頼りにしているからね!




