グレンジャー館にて
今日は、一日中グレンジャー館で過ごすかも。
「メアリー、キャリーは侍女としてどうかしら?」
メアリーは、少し考えて返事をする。
「かなりしっかりして来ましたが、まだ王宮には行かせられません」
そうか、でも上級貴族は大丈夫なのかな。
「今日は、私とパーシー様とクラリッサは、グレンジャー館で過ごす事になりそうなの。侍女としてキャリーを連れて行こうと考えているのよ。メアリーは、ゆっくりとグレアムと過ごしたらどうかしら?」
新婚なのに、ずっと働き詰めだから、親切に提案したのだけど、きっぱり断られた。
「あちらにはロマノ大学の学生さん達もいらっしゃいますし、パーシバル様も一緒なのに、お嬢様のお側を離れる事はできません。それに、グレアムも護衛を兼ねて同行いたします」
ああ、やはりメアリーは私とパーシバルを二人にはさせない気だ。
まぁ、今日は色気めいた話ではなく、真面目な話ばかりなんだけどさ。
「ヘンリー、今日はグレンジャー館で教授達と話し合いなの。昼からは、生活魔法を四人の女学生達に教えてあげてね」
昨日は、綺麗になれ! を教えたから、今日は浄水が良いかも?
「分かりました! メロンを大きくしても良いですか?」
「ええ、それでも良いですわ。でも、片方の温室は、魔法なしで育てているから駄目ですよ」
ヘンリーはメロンが大好きだからね。早く食べたいのかも?
「えっ、植物を育成するのも生活魔法なのですか?」
ルーシーが驚いている。
「ええ、農家の生活には欠かせないでしょう。それと、馬を大人しくさせるのも生活魔法なのですよ。馬の王に言うことを聞かせられるのも、スレイプニルも馬の一種だからです」
ジェニーとリンダが首を捻っている。
「馬は、元々大人しいから分かりますが、馬の王は別物ではないでしょうか?」
「馬の王をテイムされたのだと、ユージーヌ卿からお聞きしましたが?」
テイムねぇ? そうなのかな?
「遊牧民とかの生活には、動物をテイムするのも含まれるのかもしれませんわ」
パーシバルもこの件には、疑問を持っている。
「フェンリルをテイムされたのは、生活魔法では無いのでは?」
銀ちゃんかぁ、どうしているかな?
「犬も番犬とかに必要だから、生活魔法の一種なのですよ」
パーシバルが、パッと顔を輝かせる。
「ペイシェンスなら、龍に乗れるかもしれませんね。ほら、あの伝説のテムジン山脈の龍部隊ですよ!」
「あれは、卵から孵した時に親と摺り込むのではないでしょうか? それに、龍の卵なんてローレンス王国にはありませんわ」
この話を、ヘンリーがワクワクした目で聴いている。
「お兄様に教えて貰った『龍飼いの少年』を読んだのです」
パーシバルは、その本は読んだことがないみたい。
「私も読んでみたいです! 家の『最強の龍部隊長、シーザス』を貸しますよ」
二人は、龍部隊について夢を語っているけど、南の大陸の竜の脅威があるんだよね。
父親も、パーシバルが持っている本は読んだ事がないと口を挟む。
「少年向きの娯楽本ですから、グレンジャー子爵様はお読みになっておられないのかも。お貸ししますから、読んでみて下さい」
「それは、楽しみだ。ゲイツ様から新刊本を譲って頂いているが、娯楽本は含まれていないのだ」
普通の大人は、少年向きの娯楽本なんか買わないからね。グレンジャー家は、本の虫ばかりかも。
今日は、馬車でグレンジャー館に向かう。パーシバルは、護衛達と馬の王だ。
「クラリッサ、今日お会いする教授達と手紙のやり取りや、実験の進捗状況を報告して貰う事になるわ。キャリーと護衛をお供にしてね」
クラリッサも、侍女や護衛など要らないのにって顔をしたけど、バリー氏に『ちゃんとお預かりします』と言ったからね。
「エドが一緒なら、侍女はいらなかったのかしら?」
「いえ、侍女は必要だと思いますわ」
メアリーとキャリーが満足そうに頷いている。面倒だと思う事もあるけど、今回、他所の令嬢を預かって、必要性に気づいたんだ。
侍女が常に付き添っている! は、ちゃんとした令嬢だという証にもなるんだ。
前世の自由気ままな行動を考えると、窮屈だし、面倒臭いけど、この世界では貴族の令嬢の評判を保つのは、とても大切なのだ。
ハープシャー館からグレンジャー館まで、馬車で一時間だ。馬なら三十分ぐらいかな?
「ペイシェンス! 教授達がお待ちかねだよ」
パーシバルが馬車から降りるのをエスコートしてくれる。
クラリッサには、グレアムが馬車から降りる時に手を貸している。メアリーとキャリーにもね。
「リンネル教授、ベッカム教授、ようこそいらっしゃいました」
応接室には、二人の教授が待っていた。
「いや、このグレンジャー館は、とても快適です。ここで、夏休みのフィールドワークができるなんて、学生達も喜んでいますよ」
リンネル教授の言葉に、ベッカム教授も頷く。
「それに、夏休みに海の近くに滞在できるのは有り難いです。海洋生物を観察し放題ですからね」
どちらの教授から話し合おうかと悩んでいたけど、二人とも一緒に話を聞きたいそうだ。
「お互いに協力できる事があるかもしれませんし、何をしているのか知っておきたいです」
リンネル教授もベッカム教授も仲が良いのかもね。グース教授とヴォルフガング教授みたいにいがみ合うよりは嬉しい。
二人にパーシバルとクラリッサを紹介して、話し合いを開始だ。
「先ず、リンネル教授には、短粒種の米の栽培をお願いします。それと、海風に強い作物を海岸近くに植えたいのです」
リンネル教授も、水田栽培について調査してくれていた。
「種を直播きでも良いみたいだが、時期が遅いから、苗を育てて植えた方が成功しやすいと思う」
直播きって、東南アジアとか暑い地方だった気がする。
「どちらもやってみたら、良いのでは?」
ベッカム教授のアドバイスに、リンネル教授も頷く。
「そうだな! フィールドワークなら、色々なパターンを試してみても良さそうだ。ついでに長粒種の畑植えもやってみたい」
空き地はあるから、やってみて欲しい。
「今からでも、米は実るでしょうか?」
前世では五月頃に田植えをしていたような? 都会育ちだから、詳しくないんだよ。
「実験だから、出来るだけ魔法は使いたくないが、今年は仕方ないだろう」
リンネル教授は、植物育成の魔法を使えるみたい。
「海風に強い植物も、調べて来たが……オリーブとかはどうでしょうか?」
「それは、良いですね!」
オリーブオイルは、料理にも使えるし、石鹸を作っても良い。
「今でも、少し生えていますが、管理されてはいませんね。それと、塩害を防ぐ防風林を考えても良いと思います」
前世の海辺に松林があったけど、あれって防風林の役目もあったんだ。
「特に、松や椿などは、海風に強いですよ」
これも任せたい。それと聞きたい事があったんだ。
「スイカを温室で育てていますが、砂地でも育てられるでしょうか?」
これは、リンネル教授も考え込んだ。
「スイカは、コルドバ王国の南部で作られているそうですが……一度、温室を見てみたいです」
砂地でスイカを栽培している映像を見た事があるけど、海辺だったかは不明だ。
「ペイシェンス様は、色々なアイデアが豊富ですな。海洋生物の方も養殖とか興味があります」
今度は、ベッカム教授との話し合いだね。




