ハープシャー館の庭で
午前中、弟達と魔法クラブ、騎士クラブ、そしてクラリッサは、カミュ先生の元で勉強をした。
その間、私とパーシバルは、館内を視察する。視察って大袈裟に思うかもしれないけど、田舎の領主館、マジに広いんだ。
メアリーがずっと付き添っているから、キスもできない。
馬の王は、建て直された馬房が気に入ったみたい。
「バフン! バフン!」『走りたい』と騒いでいる。
「ちょっと待ってね! 午前中は館の運動場で我慢して。昼からはグレンジャー館まで行くし、マッドクラブ狩りをするから」
「ブヒヒン!」『仕方ない!』って感じかもね。
サンダーとジニーが運動場に馬の王を連れて行く。
「どこから視察しますか?」
パーシバルに聞かれて、少し悩む。
「養鶏場がちゃんと浄化されているか気になりますわ」
パーシバルも同意して、養鶏場に向かう。
「臭くないし、見た目も清潔なようですね」
グレンジャーのライト司祭、モラン伯爵に調べて貰ったら、少し異端めいた論文を発表して、田舎に左遷されたそうだ。
異端? 何だか危険人物の気がして、論文を取り寄せて貰った。
異端判断された論文本体は破棄されていたけど、写しが残っていたんだ。
『エステナ神は、民に魔法を授ける方法を広めたが、魔法自体は太古から存在した。それは、天にある太陽から魔素が降り注いでいるからだ。エステナ神の偉業は評価するべきだし、尊いが、魔法の進化の為には、太陽光から魔素を取り込む方法を広めるべきだ』
もっと婉曲な表現だし、エステナ神に遠慮していたが、これで殺されなかっただなんて、エステナ教会も懐が深いのかも? それか、聖皇国からしたら、辺境のローレンス王国の司祭など、歯牙にもかけなかったのか? 面倒を避ける為に、上に報告されなかったのかもね!
「ライト司祭は、有能ですね。できればグレンジャーとハープシャーの司祭を交代したいぐらいです」
まぁね! でも、あの老司祭夫婦は、ここでの生活に馴染んでいる。
「それぞれの司祭は、在任期間が長いから、住民も馴染んでいるでしょう。ライト司祭には、馬か馬車を用意させましょう」
パーシバルは、聖職者に馬は似合わないと笑う。
「ロバの方が良いでしょう。ロバなら、孤児院脇の畑も耕せます」
「それなら、ハープシャーのヨハンセン司祭にもロバをあげなくてはね」
お爺ちゃん司祭、ロバに乗れるかな? 私も、できればロバの方が良い。だって、馬より体高が低いんだもん。
持ち歩いているメモ帳に「司祭達にロバを支給すること」と書いておく。気がついた時に書かないと、忘れちゃうからね。
えっ、魔法記憶力はどうしたのか? あれはまた違うんだよ! 日常の様々な事は、メモをした方が良いの!
庭に出たついでに、牛の放牧場も見に行く。
「ここも良さそうだわね。草は、これで良いのかしら?」
畜産については何も知らない。これも勉強しなくてはね!
牛達は、満足そうに草を食べているから、今はこれで良いのだろう。
「次は、温室ですね!」
パーシバルもメロンが大好きだから、心なしかいそいそしている。
「先ずは、魔法で少し成長を促した温室を見てみましょう」
温室まで、パーシバルがエスコートしてくれる。腕を組むだけでも、心が浮き浮きする。
本当に、メアリーがいなければ、いちゃいちゃできるのに!
「ああ、かなり実が大きくなっていますね」
うん、前に来た時に成長を促していたからね。
「そうだわ! ルーシー様は土の魔法も使えるのよ。アイラ様は火の魔法だけだけど、生活魔法も覚えて貰おうと考えているの。この温室で練習したら良いわ」
「私もペイシェンスから生活魔法を習いたいです」
「ええ、勿論! ナシウスはかなり使えるようになりました。ヘンリーと一緒に教えますわ」
ふふふ、生活魔法の練習だろうと、パーシバルと一緒なのは嬉しい。
もう一方の魔法を使わずに栽培している温室でも、メロンの実ができていた。まだ小さくて固そう!
「ふうん、これなら夏にはメロンを収穫できそうね!」
パーシバルと喜ぶ!
「特産品は良いですよね!」
そうなんだよ! まだハープシャーのワインは、上等とは言えない。スミスさんが十年かかると言っていたもんね。
「ワインが特産品になるまで、夏はメロン、冬場は味噌と醤油を販売したいです」
味噌と醤油は、熟成するまで時間が掛かる。特に、醤油はね!
「生活魔法で時短しないのですか?」
パーシバルが揶揄う。
「自宅で使う分や、ソース作りに使う物は少し後押ししますが、領民だけで作れるようにしなくてはいけないと思っています」
だって、調味料をカルディア街で買っていたら、ソースを売っても儲けが少ないんだ。
もっと高くしたら良い? それは、ちょっとね。適正価格ってあるじゃん。
第一騎士団、魔物討伐に頑張っているのに、そこで荒稼ぎはし難い。
だから、調味料を領地で作りたいんだ。
葡萄畑は、管理人のスミスさんに任せる。
館の庭を一回りしただけで、午前中は終わった。やはりペイシェンスの歩く速度が遅いからだよ。
パーシバルといちゃついている時間は、ほとんどなかったのだからね。
メアリーがよそ見をしている隙に、キスを一度だけ。




