私の結婚……メアリー視点
このところ屋敷の雰囲気が怪しいのです。
特に、マリーとモリー! こそこそとドレスを縫っています。
「どなたのドレスなの?」
私が裁縫室に入ると、二人が縫っているドレスを不自然に隠しました。
「これは……」
「モリー? 隠したドレスは、令嬢向きの絹ではないわね?」
追求しようとしたけど、キャリーが呼びに来ました。
「ミッチャム夫人がメアリーさんをお呼びです」
仕方ないですね。何のご用事かしら? お嬢様は、あれこれされるからミッチャム夫人も忙しくて大変でしょう。
「メアリーも、そこにお座りなさい」
家政婦の部屋で、二人っきりで話をするなんて、珍しいですね。
「メアリーは、グレアムと結婚すると聞いていますが、いつするのでしょう?」
えっ、それは! 私だってもういい年です。グレアムは待ってくれていますが、そんなに待たせては悪いとは思っています。
「お嬢様は、今年の秋に社交界デビューされます。忙しくなりますから……」
ミッチャム夫人が笑う。
「社交界デビューの後は、ロマノ大学に進学されます。寮生活ではなくなりますから、より忙しくなるのでは?」
そうなのです! 今は、お嬢様は寮生活だけど、大学生になれば屋敷から通われる。
ロマノ大学には、従者や侍女が待機する部屋があるそうだ。私も付き添うつもりです。
「お嬢様の夏休みが良い機会だと思いますよ。領地には、私やカミュ夫人も参りますから……」
そんなの駄目です!
「お嬢様の婚約者様も一緒に過ごされるのですよ! 一瞬たりとも目を離せません」
仲が良いのはいいが、結婚まで清らかな仲でないといけないのです。庶民でも、貞節は尊重されるが、割と田舎では自由な面もあります。
でも、お嬢様は貴族の令嬢なのですよ! 悪い噂が流れでもしたら、大変です。ユリアンヌ様に申し訳ありません。
「ええっと、では、お嬢様がお忙しい時期、つまりメアリーが暇な時期に結婚式を挙げましょう!」
王立学園のテスト期間、お嬢様は婚約者様とデートどころではないでしょう。
それに、私の結婚式に出たいと無茶を言われたのを阻止できます。
「ええ、それが良いと思います!」
ミッチャム夫人と相談してから、グレアムに言う。本当は、グレアムと相談するのが筋ですけどね。
「ああ、やっと結婚できるのだな!」
うっ、待たせすぎたかしら?
「いや、メアリーがお嬢様を大切に思うのは尊いと思っている。その点も好きになったのだ。でも、あまりに素知らぬ顔だから、結婚するのが嫌になったのかと心配していた」
「ええ、そんなことはありませんわ」
二人で、結婚式の日を決める。
「この日なら、お嬢様はテストですから、王立学園からお戻りにはなりません」
私の結婚式に出たいと言われる気持ちは嬉しいが、ご主人様が使用人の結婚式になど出ないのが慣例です。
お嬢様は、少し普通の令嬢とは違い使用人との距離が近いのを、前から注意しているが、なかなかなおりません。
貧乏なグレンジャー家は、使用人の数も少なく、その時の影響でしょうか?
執事のワイヤットさんは、前から結婚した使用人の為の長屋を建てていました。本当に、先を考えているのだから、少し不思議な人だと思います。
もしかして、私とグレアムが結婚するのを見越していたのかしら?
休憩時間に、グレアムと一緒に、新居の買い物をして過ごす。
ベッドや箪笥などは備え付けがあるから、シーツや布団などを買えばお終いです。
お互いの服を、クローゼットや箪笥にしまい、結婚する実感が湧いてきました。
「私が結婚する日が来るだなんて!」
私も、そう感じていたけど、グレアムも同じ気持ちみたいです。
「お嬢様に一生奉公するつもりですが、宜しいでしょうか?」
これ、結婚しようとプロポーズされた時も訊いたけど、もう一度確認しておきます。
「もちろんだ! それに、私の過去も知らないで、結婚して良いのか?」
グレアムが下町育ちなのは、ワイヤットさんが知り合いだから察しています。
それに、リチャード王子の手の者として、グレンジャー家に来たのも。
そうなるまで何をしていたのか、私は知りません。でも、それはどうでも良いと思います。
「貴方の過去がどうであれ、今はグレンジャー家の使用人です。そして、お嬢様が結婚されたら、一緒にお側で護ってくれるのですよね!」
グレアムはしなやかな腕で私を引き寄せてキスしてくれた。こんな幸せな気分になれるのは、一時だけ。
でも、だからこそ貴重なのです。
結婚式の日、マリーとモリーが秘密に縫ってくれた茶色と緑色のチェックのドレスを着る。バレバレでしたけどね。
「メアリーさん、これを!」
キャリーとミミが庭のバラを摘んで、花束を作ってくれた。
「ふふふ、本当に花嫁さんみたい」
キャリーとミミが「本当の花嫁さんですよ」と笑う。
食い扶持を減らす為に、ケープコット伯爵家に下女として出されました。
そこで、少しずつ裁縫や字の練習をして、サイモン坊ちゃまの子守になり、ユリアンヌ様が結婚されるのに付き添って、王都で侍女見習いになったのだ。
ユリアンヌ様が亡くなられてから数年、貧乏暮らしのグレンジャー家での生活は厳しかった。でも、こうして、幸せな日を迎えられました。
「メアリー、行こう!」
私とグレアムが結婚式を挙げるのは、下町の教会です。
ブライズメイドも付添人も無しの簡単な結婚式だけど、グレアムの服も新しいし、胸には一輪のバラが差してある。
司祭さんの言葉は上の空で聞きました。
「グレアムは、メアリーを妻とするか?」
「はい!」
「メアリーは、グレアムを夫とするか?」
「はい」声が緊張して、上擦ってしまいました。
指輪をグレアムが用意してくれていました。銀の飾り気のない指輪だけど、嬉しい!
指輪を嵌めて、キスをする。これで、私はグレアム夫人だ。
馬車で少し遠回りして屋敷に帰りました。
いつもは乗らない御者台に二人で座る。
途中で、何回かキスをしました。
「もう、グレアム! 恥ずかしいわ!」
なんて言ったけど、本当は嬉しかったのかも。
屋敷に戻ったら、長屋の部屋にグレアムがお姫様抱っこして運んでくれました。
「ゆっくりとしたいが、仕事があるからなぁ」
一張羅は着替えて、普段のメイド服になる。グレアムも御者の服に着替えます。
その日の夕食は、少し豪華でした。それに、ウェディングケーキが使用人にも振る舞われた。
「さぁ、メアリー、切って!」
一緒に苦労を乗り越えたエバが、ウェディングケーキを焼いてくれたのです。
私とグレアムでウェディングケーキを切り、皆で笑いながら食べました。
後で、お嬢様から山ほど文句を言われるだろうけど、こんな気取らない結婚式が私には相応しいと思います。
それに、とても幸せです!
これで、この章はお終いです。




