夏の離宮 お目覚め役を代わって貰おう
朝、自分の身支度をメアリーに手伝って貰ってから、マーガレット王女を起こしに行く。昨夜、ビクトリア王妃様から「ペイシェンス、マーガレットを朝食に遅刻させないでね」と言われたから。やれやれ。
私は昨夜のうちにマーガレット王女の侍女ゾフィーに紅茶を用意する様に伝えておいた。
「マーガレット王女、起きて下さい」
ゾフィーとシャーロット女官、2人がかりで起こしているが、マーガレット王女は熟睡中だ。
「起きて下さい」生活魔法で血液の循環を促しながら起こす。
「おはようございます」やっと起きたマーガレット王女に、ゾフィーが淹れた紅茶を差し出す。
「やはり、ペイシェンスは起こすのが上手だわ。誰か生活魔法の上手い女官を知らないかしら?」
紅茶を飲んだマーガレット王女に「綺麗になれ!」と生活魔法をかける。これから先はゾフィーに任せて大丈夫だろう。
「先に食堂へ行っています」
部屋を出ると、シャーロット女官に捕まった。
「ペイシェンス様、どうやってマーガレット王女を起こされたのですか?」
「生活魔法です。私はそれしか使えませんから」
少し変な生活魔法だけどね。あっ、でもマーガレット王女のお目覚め係は辞めたい。シャーロット女官もかなり必死だ。土日、起こすのに手こずっているのだろう。
「私も生活魔法が使えますが、あの様なことはできません。どうか教えて下さい」
シャーロット女官には頑張って起こして貰いたい。
「生活魔法はなんでもできるとジェファーソン先生は言われました。だから、シャーロット様も頑張ればできますよ。マーガレット王女が朝起きるのが苦手なのは、低血圧だからだと思います」
異世界では低血圧は無いのかな? あっ、シャーロット女官は分かってないみたいだ。目が泳いでいる。
「ええっと、冷え性の女性が寒い日に足先や手先が冷たくなって動かし難くなるのと似ています。寝ているあいだに血の流れが悪くなるから、目覚め難いのです。だから、その血の流れを良くする様に生活魔法をかけるのです」
シャーロット女官は「血の流れをよくする?」とまだ理解出来ていない。
「生活魔法でなくても血行は良く出来ます。熱い蒸しタオルで、脚をマッサージしても目覚めを促されるでしょう」
やっとシャーロット女官が明るい顔をする。
「ああ、それなら用意できます。足をマッサージすれば良いのですね。舞踏会で踊り疲れた令嬢とかに侍女がよくしていますから、ゾフィーも慣れているでしょう」
是非、頑張って下さい! これで起きられる様になれば、マーガレット王女の目覚め役から解放されるよ。
朝食後、サロンで寛いでいたら、子守がジェーン王女とマーカス王子を連れてきた。ああ、可愛い。ジェーン王女は小さなマーガレット王女。そしてマーカス王子は小さなキース王子だね。
「おはようございます」
王妃様に挨拶して、行儀良くキスを順番に受ける。
「ジェーン、マーカス、こちらがマーガレットの側仕えのペイシェンスです。夏の離宮で一緒ですから、仲良くするのよ」
うっ、ジェーン王女と私ってほぼ同じ身長だ。少しだけ私の方が高いよね。
「ジェーン王女、マーカス王子、ペイシェンスと申します」
あれっ、それだけで子守は子供部屋に連れて行くんだね。グレンジャー家が貧乏で良かったと初めて思ったよ。いや、貧乏は嫌だけどね。弟達とほんの一瞬しか会えないなんて寂しすぎる。
「マーガレット、キース、午前中は勉強をした方が良いと思うわ。マーガレットは数学と縫い物、キースは古典よ」
夏休みなのに厳しいね。なんて他人事みたいに傍観していたら、飛び火した。
「ペイシェンスはリュートとダンスと乗馬と泳ぐのも覚えなくてはいけないわ」
マーガレット王女の道連れ計画だが、リチャード王子の待ったがかかる。
「それは後にしてくれ。ペイシェンス、昨日話していた件だが、早速試してみたい」
おお、助かったのかな? あっ、でもビクトリア王妃様は少し疑問を持ったみたい。
「リチャード、何をするつもりですか? ペイシェンスはマーガレットの側仕えなのですよ」
次の王様になるだろうリチャード王子も王妃様には弱い様だね。筋を通さないと駄目みたい。
「マーガレット、海水から塩を作れるかペイシェンスと試してみたいのだ。少しペイシェンスを貸してくれるか?」
マーガレット王女はリチャード王子に貸しを作ることにしたみたい。
「ええ、私が勉強している間はペイシェンスをお兄様にお貸ししますわ。でも、昼からはリュートの練習ですからね」
王妃様も「良いでしょう」と頷かれた。やれやれ、リュートの練習と塩作りのどちらがしんどいかな?




