ふぅ、大変だね!
教授会、応接室に移動してからは、チョコレートやクッキーなどを摘みながら歓談するのだけど、ご夫人方は元々知り合いなのか、楽しそうに話し合っているから、私はザッカーマン教授に質問する。
「領地の商店は、とても寂れているのです。それに領民の服装もなんとかしなくてはと思うのですが、王都の古着を持って行って売っても良いのかどうか悩んでいます」
他にも悩みは多い! でも、一番目に付くのがこれなんだ。
ザッカーマン教授は、私の質問を聞いて、少し考える。
「ううむ、それは難しい問題だね。地元の寂れた商店を何とかしたいのは理解できるが、先ずは領民が食料品以外に購入できる余裕があるかを考えないといけませんよ」
うっ、やっぱりそうなんだね。
「では、領民の女の人に働き場所を提供するのは、どう思われますか?」
ザッカーマン教授は、少し考えて頷く。これって肯定だよね?
「働く場所を作るのは良いですが、農家の主婦は朝から晩まで働き詰めです。ペイシェンス様は田舎の生活をご存じないのでは?」
えっ、確かに知らないけど……それに、前世と違って炊事、洗濯、掃除は全て手作業になる。その上、子だくさんなんだ。
ゔゔゔ、困ったなぁ! 干物の加工とか味噌や醤油は男の人でも良いけど、ソースとかミシンで古着のリメイクとか考えていたんだけど……。
「ザッカーマン教授、まだ指導学生ではないのですよ」
ベッカム教授が苦笑して、口を挟む。
「ああ、面白い実践ができそうだと思って、つい」
ザッカーマン教授、なかなかの曲者の予感!
そこから、先ずは放置されていた領地の注意点を指摘してくれた。モンテス氏に任せっきりだけど、注意しなくちゃいけないね。
「先ずは、農地の管理です。官吏は、税金が納められたら、それ以上は調べません。勝手に良い土地と交換したり、他の空き地も耕作しても、前のままの税しか納めていない場合もあります」
ふうん、ピンとこない。あの寒村、空き地が多そうだから、少々のズルより耕してくれた方が良さそう。
「今は、空き家や空いている農地も多いでしょうが、次男や三男が独立する時に入るかもしれません。その時に、悪い場所しか残っていないと問題でしょう」
ああ、それは問題だね。やはり、もっと勉強しなくちゃいけない。
ベッカム教授も海洋生物と養殖の可能性について、学生と共に調査したいから、夏休みにグレンジャーに来ることになった。
「今年の夏休みは、グレンジャーでロマノ大学のフィールドワーク大会になりそうですな」
少し苦笑するザッカーマン教授に、小声で質問する。
「父がロマノ大学の学長だという立場を利用しているように思われないでしょうか?」
これ、凄く心配だったんだ。でも、不思議な言葉を聞いたような顔をして、笑う。
「ロマノ大学の学生にとって、とても有意義な事ですし、滞在費は要求しないのでしょう? その上、材料なども提供するのだとしたら、そちらの持ち出しの方が多いのですよ」
ああ、そういう感じなんだね。確かに、食費や使用人の経費は掛かるけど、それよりも領地に有益な事が多いと思う。
「私は、費用は掛かりますが、将来的に領地の為になると思いますわ」
ザッカーマン教授は、満足そうに頷いた。
教授会がお開きになり、各教授夫妻にチョコレート一箱とメロンとスイカをお土産に渡した。
「ペイシェンス、忙しい夏休みになりそうだね」
父親は、呑気に笑って、書斎へと向かう。
はぁぁ、疲れた! でも、夕方にはパーシバルが迎えに来るから、少しでも弟達とすごそう。
夕食もモラン伯爵家でご馳走だろうから、教授会の私のお皿は少なめにして貰っていた。
「ナシウス、ヘンリー、二人とも何がしたいかしら?」
ああ、こんなことをヘンリーに聞くんじゃなかった。
「お姉様! 馬の王に乗りたいです」
ふぅ、疲れているけど、少しなら愛しい弟の言うことを聞かなきゃ。
馬舎に行って、馬の王のご機嫌を伺う。
「ブヒヒヒン!」『乗るのか?』と聞いてくるけど、乗馬服じゃないんだよね。
「いいえ、ヘンリーを乗せてくれる?」
チラリとヘンリーを見て「ブヒヒン」と言う。
『まぁ、良いだろう』って感じだよね。パーシバルの時ほどは喜んでいない。
ヘンリーが馬の王と障害を跳ぶのを見ていると、メアリーに捕まった。
「お嬢様! 婚約者様のお屋敷に招待されているのですよ! お風呂に入って着替えないといけません!」
えっ、ドレスは着替えるつもりだったけど、お風呂も入るの? なんて、口答えしたら、メアリーが怒りそうなので、素直に従う。
今夜のドレスは、初夏らしい薄いブルーのドレスだ。バイアスに布を切って、縫製しているから、かなり身体のラインが見える感じ。
「もう少し……」
鏡に写った自分の姿を見て、背と胸が欲しいと溜息がでる。
このドレスは、昔のハリウッド女優のイメージで縫って貰ったんだ。
バイアスに布を切るのは、とても贅沢な使い方だけど、絹も伸縮性が出て素敵なドレスに仕上がっている。
「とても大人びたドレスですから、髪型もそれに似合うように結い上げた方が良いですね」
メアリーの方が髪型とか詳しいから任せる。まだ子供っぽい顔立ちだから、きちんとは結い上げず、緩い編み込みをしてふんわりと纏めてくれた。
「お嬢様、もう少しアクセサリーが必要です」
リリアナ伯母様にもらった淡水真珠のネックレス、このドレスに似合うと思うけど、メアリー的にはもう少しグレードの高い宝石のアクセサリーが相応しいと感じているみたい。
それに、メアリーには私の通帳を銀行で記帳して貰っているから、アクセサリーを買うお金を持っているのを知っているのだ。
「夏の領地開発に幾ら必要かわからないのよ。それが終わったら、アクセサリーを買いましょう」
秋の社交界デビュー! 正式な舞踏会やパーティには、母親のダイヤモンドの三点セットがあるけど、もう少し気楽なパーティ用も確かに必要なのだ。
パーシバルと婚約指輪を買った宝石店、格式が高そう! それに価格も高そうだよ。
でも、宝石なんて私は鑑定もできないから、信頼できる店で買った方が良いと思う。ふぅ、大変だね!




