領地に行く前にしておく事
寮に戻ると、メアリーが先に部屋に来ていて、鞄に服をテキパキとしまっていた。
「ミセス・グレアム! ご機嫌はいかが?」
秘密の結婚式、私が考えていたのとは、全く違ったよ。夏休みになる前にと、メアリーが言い切って、二人だけで教会で結婚したんだ。
テスト期間だったから、結婚式に出席どころか、花嫁のブーケも作れなかった。
キャリー達が、庭のバラで作ったみたいだけどさ。私が作りたかったの!
「お嬢様! 揶揄わないで下さい」
ポッと頬を染めるメアリー! 幸せな新妻らしいね。
やはり、ケープコットへの新婚旅行は、拒否された。
「婚約者と同じ館で過ごす夏休み。間違いがあってはいけませんから、一瞬たりともお側を離れません!」
真顔で言われて、ドン引きしたよ。
キャリーとか、メアリーよりも監視が緩いから、キスぐらいできるかなと、ちょこっとだけ考えてはいたけどさ。
拒否された新婚旅行で思い出したけど、ケープコッド伯爵夫妻との顔合わせは、少しだけ億劫。でも、社交界で初顔合わせも、微妙だから頑張ろう!
弟達もいずれは社交界に出るようになる。母方の親戚と絶縁状態のままは良くないと思うからね。去年の夏みたいにサイモンとの気まずい関係、あんなのは嫌だし、ナシウスやヘンリーが傷つくのは見たくない。
「領地に行く前に、教授会、ベネッセ侯爵夫人とのお茶会、エリザベス様とアビゲイル様に縫い上がったドレスを渡して、ハンナ様達に仮縫いが終わったドレスを渡すのよね! それと、一番大切なのは、ナシウスの誕生日祝いよ!」
本当にスケジュール帳で管理しないと忘れそう。ナシウスの誕生日は、忘れていなかったけど、テスト期間に被ったから、本人が後にして欲しいと言ったんだよ。
「お嬢様、一度、モラン伯爵夫人にご機嫌伺いに行かれないといけませんよ。領地の使用人をお貸しくださるのですから」
ああ、それも必要だ! パーシバルと相談して決めなきゃ。
「バーンズ公爵家にも挨拶に行った方が宜しいのでは?」
うん? そんなに商品は作っていないよ?
「ノースコート伯爵領で売る遺跡のブロックとか、フロートや水着など、大至急で作って貰ったのでは?」
ああ、そうだった! お礼を言わないと駄目だよね!
もちろん、ノースコート伯爵もお礼をしていると思うけど、バーンズ商会には足を向けて寝れないよ! バーンズ公爵が竜の件を私に話すなら、相談しても良いのかも。少し胸のつかえが取れた気がする。
「丁度良かったわ! 領地にお土産でチョコレートを買う方が多いと聞いたのよ! 保冷剤を作れば、チョコレートも溶けにくいと思うわ」
メアリーが、私の顔を見て、呆れている。
「お嬢様! 領地に行くまで、とても忙しいのですよ。それに、王妃様が社交界デビュー用のドレスを届けて下さいました。お礼のお手紙を書かないといけません」
メアリー的には、社交界デビューのドレスが一番大事みたい。
もちろん、王妃様にはお礼の手紙を書くけど……今は、夏の離宮に近づきたくないから、王妃様とも距離を置きたい気分なんだ。アンジェラ、頑張って!
「あっ、ドレスで思い出したわ! 領民の服、あまりに酷すぎるのよ」
王都は、庶民でも、少し小洒落た格好をしている。もちろん、新品じゃない古着だけどね。
農作業をするにしても、ぼろぼろすぎる服に、私は驚いたんだ。メアリーは、農民なら普通ですよと、私がショックを受けているのが理解できなかったみたいだけどね。
「古着を買って、領地で売れば良いと思うのだけど……」
メアリーが渋い顔をしている。何か問題なのかな?
「王都と違って、領地の農民は現金をあまり持っていません。古着だって買えるかどうか……」
ふぅ、私は、田舎の庶民の生活は全く知らないんだ。王都の貧乏貴族の生活は詳しいけどね。
この件は、パーシバルに相談しても無駄だと思う。彼は、根っからの貴公子だからね。
相談するなら、ミッチャム夫人かな? ワイヤットも王都育ちなんだよね。
バーンズ公爵にも領地管理について相談したいな。彼方は、遣手だから見習いたい。
「それと親戚の方々に挨拶をしておかないといけませんよ」
確かにね! 淑女教育とかして貰ったし、リリアナ伯母様には領地に行く度に泊めて貰っている。シャーロッテ伯母様には、生地を格安で譲って貰ったし、アリアナ伯母様は……サリエス卿の剣の指導、本当にありがたいんだ。
ああ、それにアンジェラの母親のラシーヌ様にも挨拶しなきゃね。
「サティスフォード子爵に、領地管理について相談したいけど、彼方も領地行きの前で忙しいかしら?」
メアリーが呆れた顔で「お手紙で都合を尋ねられたら良いのです」と言う。他の親戚も、忙しい人は手紙で挨拶で良いみたい。ラッキー!
錬金術クラブで初等科のメンバーと仲良く話していたナシウスの方が先に馬車に乗っていた。この馬車は、新しい私の馬車だ。家紋は、あれこれ悩んだけど、グレンジャー家のままにしたよ。ナシウスも使うからね。
それにしても、何故だろう? かなり先に寮に戻ったのだけど? コンパスの違いかな? ナシウス、本当に背が伸びて、嬉しいけど、少し悲しい。
「ナシウス、とても素晴らしい成績だったわ。頑張って勉強したのね」
とにかく、一番に褒めておく。本当は、錬金術クラブでナシウスを見た瞬間に抱きしめて褒めたかったんだけど、周りに同級生もいるから自重したんだ。
「いえ、お姉様と違って、まだ美術も音楽も修了証書をもらっていないのです。体育も、もっと頑張らないといけません」
ふぅ、自分に厳しすぎるよ!
「音楽は、この前、ハノンを弾いているのを聴いたけど、秋学期には修了証書が貰えると思うわ。それに、美術と乗馬と剣術は、夏休み中に練習すれば良いのよ。ナシウスの成績は、本当に素晴らしいわ」
ナシウスが少し嬉しそうに笑う。ヘンリーとは違う性格だから、自信をもっと持てるように気をつけてあげなきゃ。
屋敷に着いたら、ヘンリーが飛び出してきた。
「お姉様、お兄様!」
ああ、可愛い! ヘンリーもぐんぐん背が伸びているけど、まだ私より少しだけ小さい! 抱きしめて、キスしよう。
ナシウスもハグはしているけど、キスはしない。男の子って、この時期は恥ずかしがりだから、仕方ないね。
「あっ、サミュエルが夏休みに一緒に勉強したいと言っていたわ」
伝えておかなきゃね。
「それは、良いですけど、合宿中は日中は遺跡に行くと思います」
ああ、そうだよね。
「その時は、私と一緒に勉強したら良いのでは?」
ヘンリー! 凄く良い子! 夏休みでも、午前中はカミュ先生と勉強するのだ。午後からは、カミュ先生は、私の秘書の仕事だよ。
あっ、それとフィリップス様には聞きにくかったから、ナシウスに聞いておこう。お客人にいつまで滞在するのか尋ねるのは、マナー違反だからね。
「歴史研究クラブの合宿の期間は決まっているのかしら?」
パーシバルは、せいぜい一週間程度だと考えていたようだけど、フィリップスの遺跡愛は深いからね。
「一応、他のメンバーの都合もあるから、夏休みの初めの一週間になりそうです」
そうだよね! 領地に行かなきゃいけないメンバーもいるからね。これは、パーシバルの予想通りだった。
それぞれ、従者を連れて来るそうだ。ナシウスの従者のマシューも練習になるだろう。
「初日に挨拶をしたいと言っていましたよ」
その日は、グレンジャーで出迎えよう。
「ナシウス、こちらが領地に行く日をフィリップス様に手紙で伝えてね。そして、いつ来られるか聞いておいて」
歴史研究クラブの合宿関係は、ナシウスに任せよう。その代わり、私はグレンジャー館の準備をしなきゃいけないけどね。
手紙をいっぱい書かなきゃいけないと思いながら、屋敷に入ったけど、ワイヤットが少し引き攣った笑顔のまま銀のトレイに山と積まれた手紙を差し出した。
はぁぁ、もう少し弟達との時間を楽しみたかったよ!




