忙しない領地行き!
週末の領地行きは、強行軍だった。ナシウスがヘンリーの面倒を見てくれると言ったので、馬の時の付き添いとしてカミュ先生も同行してもらったんだ。
ノースコート館には、何人かの貴族が遺跡見物に来ていたが、私とパーシバルは、朝と夜しか食事はそこでは取らなかったし、食後はすぐに部屋に戻って眠ったから、リリアナ伯母様には悪かったかも。音楽とか提供できなかったからね。
でも、その代わりに渡した遺跡のブロックは大好評で、バーンズ商会に大至急で作らせるとノースコート伯爵は喜んでいた。
建て直されたグレンジャー館は、とても素敵だった。ハープシャー館は、ワインの産地として客をもてなすことができる瀟洒なシャトーになっている。
こちらは同じ白壁でも、貝殻を焼いたのを刷毛目をわざと目立つ感じにしてあり、オレンジ色のスレートと上手くマッチした海辺のリゾート感が溢れた良い館になっていた。
「夏は、高級ホテルにしても良さそうですね」
パーシバル? それって良いの?
「ノースコート伯爵は、ホテルは別に作っておられたけど?」
貴族や断れない紹介がある人は館に泊めて、それ以外はホテルって感じだったのだ。
「ペイシェンスの場合、知り合いはハープシャー館に泊まってもらいますからね。まぁ、今年は人数が多くなり過ぎたので、グレンジャーにも分かれますが。これからも、ロマノ大学の教授や学生や技術者に領地の開発を頼むなら、人数に応じてはグレンジャー館に滞在して貰っても良いと思います」
そうかも? 海洋生物学科の教授だけでなく、稲作についても相談したいんだ。前世では農家生まれではなかったし、水田での栽培なんて、何も知らない。田植え、稲刈りが必要なのは教科書で読んだけどね。
米ができるまでの長期の滞在になるなら、お互いに気楽な方が良いかもね。
「それに、このような館になら泊まりたいと考える人が多いと思いますよ」
貴族は、夏休みは自分の領地で過ごすのが一般的だけど、前のグレンジャー家みたいに領地を持たない人も多い。
親戚の領地に招待されたり、友達の館にお呼ばれしたりするけど、毎年ではないからね。
「それに、近頃は商人階級も余裕がある人は、夏にリゾートに行くみたいですよ」
「あっ、それは良いですわね! でも……」
このグレンジャー館、ノースコート領に建てられた無骨な灰色の石作りのホテルより、凄く素敵なんだ。
「ペイシェンス、彼方はカザリア帝国の遺跡を真剣に見学したい学生とかで満室ですよ。こちらは、一度ぐらいは見学に行くけど、海でリラックスしたい人と住み分けたら良いのです」
今年は無理だけど、将来的にはグレンジャー館はホテルにしても良いな。なんて、私は呑気にパーシバルと話していたけど、ミッチャム夫人は館に必要な物を凄い勢いで歩き回ってメモしていた。
「メアリー、ここでミッチャム夫人の手伝いをしていてね。私は、カミュ先生に付き添ってもらってハープシャー館に行くわ」
昼食は、私達はハープシャーで食べるけど、ここに残るミッチャム夫人とメアリーはどうするのかな? と少し心配したけど、警備する兵も配されているから、簡単な食事はできるそうだ。
「メアリー、前に食事をしたグレンジャーの町の食堂に行っても良いのよ。ミッチャム夫人にここの料理を食べて欲しいわ」
エバも海産物で料理してくれているけど、現地の料理も荒削りだけど美味しいんだ。
「そうですけど……ミッチャム夫人に言ってみますわ」
メアリー的には、町の食堂は私が行くべき所ではないと否定的だったけど、使用人なら良いみたい。ただ、これで私が行くのを了承したように見えるのが嫌なのかな? まぁ、それはミッチャム夫人に任せよう。
ハープシャーではやることが山積みなんだ。
今日は、馬組だけで走る。パーシバルも自分の馬に乗っていく。
やっと一人でも馬の王に乗って遠乗りもできるようになったんだ。
「子爵様! 早いですね」
管理人のモンテスさんと葡萄畑の管理人のスミスさんが二人揃ってお出迎えだ。ここでは、私は子爵様と呼ばれているけど、夏休みは父親も滞在するから『ペイシェンス様』にしてもらおう! ややこしいからね!
「ええ、やらなくてはいけない事が多くて」
そうは言っても、先ずは報告を受ける。手紙で遣り取りしているけど、実際に見てみないとね。
「葡萄は、今年は少しだけ植え替えました。一気に植え替えるのは、良くないですから」
葡萄関係は、任せるよ! こちらは、素人だからね。ただ、植え替えた細い葡萄の苗にちょっとだけ「大きくなれ!」と成長を促進させておいたよ。
奥さんのケリーは、ハープシャー館で臨時の料理人をしてくれていて、昼食もなかなか美味しかった。田舎料理とも言えるけど、じゃがいも、にんじん、セロリ、ベーコンなどをたっぷりのスープで食べる。
ポトフに似ているけど、前世のよりは少し具材は細かくなっている感じ。でも、これは私達が来るからかもね。普段は、ポトフらしく大ぶりの野菜がゴロゴロしていそう。
昼食後は、パーシバルはモラン伯爵領にモンテス氏と一緒に向かう予定。私は、ハープシャーでやることがいっぱいなんだ。
先ずは、気になっている温室! 春に来た時に、メロンとスイカの苗を植えたけど、枯れてないと良いな。
カミュ先生を連れて、温室へ向かう。
「まぁ、ここは王都より温かいですね」
王都の屋敷でも温室でメロンとスイカを栽培しているけど、ここの温室より温度が低いかも? ハープシャーは、モラン領からグレンジャー海岸まで斜面になっているから、日当たりは良い。だから、前は葡萄も甘くて、良いワインが作られていたみたい。
「ええ、でも成長は遅い気がするわ」
彼方は、週末に帰る度に、私やナシウスが成長を後押ししているから、もう小さな実がなっている。
「それは、彼方が普通ではないのでしょう。領地でメロンやスイカを栽培するのなら、魔法を使わない遣り方も重要ですよ」
そうだよね! 温室だけで作れるか? それが大事だよ。
とはいえ、今年の夏はお客様が多いから、二つある温室の一つの方は成長を促しておく。
「まぁ、花がいっぱい咲きましたわ」
この花を一株に何個残すかも、これから研究しないといけないのだ。
去年は、一株に一つだけにしたけど、今年は二、三個にしている。夏休みになる前に、実を収穫して、親戚や知り合いに配った後は、全部売るつもり。
こちらは、夏休み中、次々と実ったらデザートに困らないよね! メロンパフェも食べたいけど、それには牛と鶏が必要なんだ。
「パーシバル様は、モラン領から牛と鶏を連れて帰る為に行かれたのですか?」
カミュ先生は、あんな貴公子にそんな事をさせるのかと呆れている。
「いえ、今日、連れて帰るわけではないでしょう。それに、牛舎と鶏小屋を作ってからだと思うわ」
では、何故、パーシバルがいそいそとモラン領に出かけたのか? 勿論、牛と鶏の手配もあるけど、それだけなら、馬の王に乗って行く必要は無いよね。
「あっ、もしかして!」カミュ先生も気づいたみたい。
サンダーも付いて来ているから、理由はわかるよね。そろそろ、馬の発情期は終わりだから、急ぐ必要があったんだ。
モラン伯爵領には、何頭かの良い戦馬と私が購入して預けている戦馬もいる。馬の王の気にいる相手がいると良いけど。
この話題は、未婚の令嬢には相応しくないみたいだから、モラン伯爵領から来た領地の家政婦代理をしているリラを応接室に呼んで、色々と話をする。
前に、ミッチャム夫人と選んだベビーブルーの縁取りがあるティーセットでお茶を飲む。うん、いい感じ!
「夏休みに、ここには大勢のお客様が来られるの」
リラは、まだ領地で雇った使用人達の教育が済んでいないと、困った顔になった。村の女の子と男の子は、自分の名前を書くこともできなかったんだ。要改善だよ!
「大丈夫よ! モラン伯爵夫妻は、今年は領地で夏を過ごされないから、館の使用人を使って良いそうよ」
モラン伯爵館から来たリラは、ホッとしたみたい。
リラは家政婦代理だから、夫人とは呼ばない。それに、庶民の名字は出身の村だから、モラン領にはいっぱいいるからややこしいんだ。
それでも、いつか領地の家政婦として一人立ちしたら、ブラウン夫人と呼ぶのかもね。




