色々と準備しよう!
夕方になったので、パーシバルも寮に行くから一旦は屋敷に帰る。
月曜の授業は取っていないけど、外交学のディベートの準備や、他のレポートを領地に行く前に仕上げたいし、明明とカフェで一緒に食べる約束もしているから、日曜の夜までに寮に行く。
でも、その前に領地へ行く準備をしなきゃね。こういう時、家政婦のミッチャム夫人がいるから、助かるんだ。
「まぁ、グレンジャー館でナシウス様の歴史研究クラブの合宿ですか?」
未だ本決まりではないけど、ノースコート伯爵領には泊まれないと思うんだ。夏休み中は、館にもホテルにも長期滞在は無理だと思う。
「ええ、部長のフィリップス様にお伺いしないといけませんが、多分、ホテルの予約も難しいと思うの。歴史研究クラブは大人数ではないわ」
ナシウスが入って、ギリギリ廃部を回避できたと聞いているから、五名か六名程度だと思う。
「そのくらいでしたら、ハープシャー館でも宜しいのでは?」
ミッチャム夫人は、二つの館に分けるほど使用人がいないので、首を傾げている。ああ、少し言い難いな。
「建築家のラドリー様が夏休みに領地に来られるのです」
未だ、ミッチャム夫人は理解できていない。高名な建築家が滞在しても、一人なら大丈夫だと思っているのだ。
「きっとライトマン教授の学生達がラドリー様の技を見たいと、領地に滞在しそうなの」
ああっ! とミッチャム夫人が理解したみたい。
「あの学生さん達でしたら、兵舎で過ごしておられましたわ」
そう、歴史研究クラブと学生だけなら、ハープシャーでも何とかなりそうなんだよね。あの学生達は、兵舎でも食事さえちゃんとしていたら、満足しそうだもん。
はぁ、こうなったら一気に伝えよう!
「魔法の修業の為に魔法使いコースのルーシー様とアイラ様も滞在されるし、騎士の修業の為にリンダ様とジェニー様も……それと、二週間ぐらい後には、ゲイツ様、サリエス卿、ユージーヌ卿、アルーシュ王子も来られるかも……」
女学生が数人滞在するのも、ミッチャム夫人的には、そんなに負担にならないのか、平然とメモを取っていた。
ゲイツ様は魔法修業で察していたのだろう。親戚のサリエス卿も何とかメモをとり続けていたが、ユージーヌ卿あたりで、困惑し始め、最後のアルーシュ王子でメモを取るのをやめた。
「ユージーヌ卿とは、あの強くて美しい有名なお方ですよね?」
まぁ、そうだよね。
「前に、冬の魔物討伐のお疲れ様会にも来られたと思うわ。サリエス卿の婚約者なのよ」
言いながら、ミッチャム夫人はその時は未だ屋敷に居なかったのだと思い出した。
本当に家政婦がいない状態で、よく屋敷が機能していたもんだよ。いや、機能していなかったのかも。
貧乏で、他の貴族とは交流が無いに等しかったから、何とかなっていたのだ。
「ご親戚のサリエス卿の婚約者様なら領地の館に滞在されてもおかしくはないのでしょうね……でも、アルーシュ王子様は何故なのでしょう?」
私もできれば避けたい。竜が来なければ良いのだけど、万が一来たら困るから魔法合宿になったんだ。それをやんわりと説明する。
「えええ! 竜が飛来するのですか!」
やはり、そこだよね! 慌てて、その可能性があるだけだと宥める。
「アルーシュ王子の祖国では竜の谷で活動が激しくなっているそうなの。ゲイツ様は、百年に一度の繁殖期だと言われていたわ。ただ、この数百年よりも活発になりそうだから、それに備える必要があるのよ」
竜ってだけで本能的に恐怖を感じてしまうけど、来ない事を祈ろう!
「お嬢様、でも何故、ハープシャーでその訓練をするのでしょうか?」
そうだよね! 誰でも王宮で上級王宮魔法使いや第一騎士団が訓練をするのが妥当だと思うよね!
「王宮でも、それに備えて訓練はするそうです。騎士コースの女学生は、王妃様とゲイツ様の母上から頼まれて鍛えるみたい」
未だ、ミッチャム夫人は首を傾げている。言い難いけど、説明しないと駄目だよね。
「ゲイツ様は、ご自分で竜は倒せる自信がおありですが、上級王宮魔法使いでは無理だと考えておられるのです。それで、私を鍛えたいと……そして、私の騎士であるパーシバル様も鍛えるべきだと考えておられるのです」
ミッチャム夫人は、目を見開いて驚いていたが、少し考えて口を開いた。
「わかりました。では、ハープシャー館には、子爵様、お嬢様、ヘンリー様、パーシバル様、ルーシー様、カミラ様、ジェーン様、リンダ様が夏休みの初めから滞在されるのですね。それと、秘書としてカミュ先生とクラリッサ様。ラドリー様はいつからでしょう? 二週間後から、ゲイツ様、サリエス卿、ユージーヌ卿、アルーシュ王子様……」
テキパキと話を進めるけど、やはり外国の王族が滞在するのは、気が重そう。でも、気を取り直して、グレンジャー館に滞在する人々の確認をする。
「ナシウス様と歴史研究クラブのメンバー様。それと、建築学科の学生達……他にも、滞在されそうな方がいらっしゃるなら、教えて頂きたいです」
未だ決まってはいないけど、海洋生物学科の教授と助手……と小さな声で伝える。
「未婚の女学生を五人もお預かりするのですから、確かに男子学生とは別の館の方が良いでしょう。しかし、王都の使用人を全て連れて行っても二館の管理は難しいです」
あっ、これも伝えなくては!
「ゲイツ様が王都の屋敷の使用人をグレンジャーに派遣して下さいます。それに、パーシバル様がモラン館の使用人を貸して下さいます」
その言葉を聞いて、少し引き攣っていたミッチャム夫人の頬が緩んだ。
「ありがたいです! でも、こんなことが起こらないように、厳しく使用人達を教育しなくてはいけませんわ」
確かにね! それに、数年後には私は結婚するのだから、グレンジャー屋敷と使用人を分けなくてはいけないのだ。
「今週末には、一度領地に行ってこようと考えています。ミッチャム夫人も一緒に来てもらえますか?」
未だ夏休み前だから、ノースコート伯爵館にも少しだけ部屋の余裕があるとリリアナ伯母様から滞在の許可を貰ったんだ。
「ええ、ハープシャー館のリネン類や食器は用意していますが、グレンジャー館の方は準備しておりませんから」
ミッチャム夫人は、センスも良いから任せよう! だって、領地から帰ったら、私はレポートとテストで大変なんだ。
テストが終わったら、教授会とケープコット伯爵との顔合わせを兼ねたベネッセ侯爵夫人とのお茶会! そして、メアリーとグレアムの結婚式! そろそろ本人に言わないといけないかもね? 喜んでくれるかな? 幸せになって欲しい。




