パーシバルと慰め合う
嵐のようなゲイツ様が帰ってから、私とパーシバルは疲れてしまった。
「お嬢様、お茶をどうぞ」
本当は、昼食の後に応接室に移動した時、お茶を飲みながら話すのだけど、そんな感じじゃなかったからね。
ワイヤットに出してもらったお茶を二人で黙って飲む。
「やはり、ゲイツ様の罠に嵌ってしまったわ」
パーシバルも、自分の未熟さを突かれたので、落ち込んでいる。
「こうなったら、魔法でどんどん領地の改革ができる。それに、領民や冒険者達を領兵として雇いましたから、その訓練ができると考えて頑張るしかないですね」
それに、使用人の訓練はありがたい。領地の若い子を下女や下男に雇ったけど、王都の孤児院の子より教育が大変そうなんだ。
「ええ、こうなったら利用できる事は、利用させて頂きましょう!」
落ち込んでいても仕方ないので、二人で領地に必要な物を考える。
「夏休みに滞在する人数が多くなりそうですから、屋敷に残っている冷凍した魔物の肉を運びますわ」
パントリーからはみ出そうだった魔物の肉も、これで食べ尽すかも。
「それと、前から考えていたのですが、領地に養鶏場と牧場が必要ですね」
そうなんだよね。今は、ノースコートから卵や牛乳は買っている状態なのだ。今年の夏は、彼方もお客様も多いし、ホテルでの食事もあるから、融通して貰いにくくなるかも。
「領民達は、卵や牛乳は食べないのかしら?」
王都では、高価ではあるけど、卵や牛乳も手に入る。私は、田舎の暮らしは知らないのだ。
「モラン領では、牧畜もしていますが、領民は牛ではなく山羊を飼う方が多いです。あれなら、庭でも飼えますからね」
つまり、卵や牛乳は貴族か、それに仕える人しか食べないのだ。まぁ、前のグレンジャー家でも食べられなかったけどさ。
「モラン領では、森が近いから魔物の肉を食べるのが多いです。それと、湖の魚とか……でも、やはり海がある方が良いですね」
ハープシャーもグレンジャーに近いから、魚を食べるのかも?
「いえ、普通は山羊か魔物の肉、若しくは川魚でしょう」
流通が発達していないし、今は一つの領地になっているけど、前は違っていたから、交流も少なかったのかも?
「魔物……やはり討伐しないといけないのでしょうね」
パーシバルが笑う。
「冬の魔物討伐のような大物は少ないと思います。アミラージや鼠やモグラの魔物は、領民も狩りをするし、冒険者ギルドでも常に依頼が出ているでしょう」
ふぅ、それは安心だよ。でも、パーシバルに注意された。
「そのような小物は問題ありませんが、偶に大物も移動してきますから、常に領兵にパトロールさせなくてはいけません。それに、領地の街道を常に安全に保つのも領主の仕事です」
ふぅ、溜息が出ちゃう。冬の魔物討伐の時も雪狼を一匹たりとも逃してはいけないと、騎士団達は真剣に考えていた。
普通の領兵では、討伐できないから、領民達に甚大な被害がでると恐れていたのだ。
「養鶏場は、ハープシャーの司祭では浄化できそうにありませんわ」
本拠地は、ハープシャーになりそうなのだけど、あの年老いた気の良さそうな司祭は、あまり能力は高くない。
「グレンジャーの司祭はできそうなのですよね? なら、そちらに作るか、週一でハープシャーまで浄化に来て貰うかです」
卵も高価だから、養鶏場も館の敷地内に作った方が良い。浄化が不十分だと臭いし、衛生的に良くないよ。
「ただ、未だ信頼できるかわからなくて……」
ハープシャーの老司祭は、多分、大丈夫だと思う。グレンジャーの司祭は、少し年配だけど、独身だし、何故、あんな寂れた教会に派遣されたのか謎なんだよね。
「父も、教会関係は詳しくありませんが、調べて貰っています。ゲイツ様に頼んだ方が確かかもしれません」
ああ、そのゲイツ様に踊らされているんだ! 二人で肩を落とす。
「ペイシェンス、今年の夏休みは大変になりそうですね。領地からの収入が未だないのに、負担が多いのでは?」
パーシバルが心配してくれる。とてもありがたい。
「使用人を鍛えられるのは大きいですわ。それに、食料品は魔物の肉と領地の生産物で賄えます」
やはり、海があるのは良いよね! マッドクラブの乱獲になるのではと、心配していたけど、魔物なのですぐに増える。
「海のある領地は羨ましいです」
ふふふ、パーシバルもカニや海老が好きだからね。それに鮑のステーキも!
「今度の教授会、お父様にお願いして、海洋生物に詳しい教授を招待して貰っているのです」
パーシバルが目を輝かす。
「もしかして、養殖ですか?」
前にチラッと話していたのを覚えていてくれたのだ。
「ええ、グレンジャーの遠浅の海は、港には直ぐにはできそうにありませんが、養殖するには向いていると思うのです」
ケイレブ海老とか魚とかの養殖、できたら良いよね!
「それと、雲丹漁についても考えています」
パーシバル、笑って肩を抱いてくれる。
「あの瓶詰めの雲丹、とても良い商品になりそうです」
お酒のアテにもなるし、雲丹スパゲッティも絶品だよ。パーシバルも大好物なんだ。
「ただ、海の魔物は大きいし、厄介ですわ」
養殖の網なんか、マッドクラブがハサミで一瞬で切ってしまいそう。
「ふむ、それを防ぐ手段がないと、魔物の餌場になってしまいそうですね」
だから、それを海洋生物学の教授に相談したいんだ。
「ああ、でもペイシェンス……ナシウスの歴史研究クラブの合宿、それにラドリー様の助手に立候補するだろうライトマン教授の学生達、その上に海洋生物学の教授と助手達も合宿になりそうですが……大丈夫ですか?」
ふぅ、溜息しか出ない。ここは、やはりハープシャーとグレンジャーに分かれて滞在するしかないかも。
「ナシウスと離れ離れは辛いわ」
寮生活でも、あまり接触はないのだ。錬金術クラブでも、ナシウスは初等科のメンバーと頑張っているから、少し離れて見ているだけなんだよ!
「歴史研究クラブも夏休み中ずっとは合宿しないでしょう。合宿が終わったら、ナシウスもハープシャーで一緒に夏休みを楽しめば良いのです」
パーシバルに慰めて貰うけど、あの人達の遺跡愛を知らないからだと思う。
「そうだと良いのですが……」
フィリップスも普段は良識派なんだけど、歴史や遺跡となるとね。
それに、今年は無理だと思って諦めていた稲作! 姪の明明に親切にしたお礼にと、王さんから短粒種の種籾と梅の苗木を貰ったんだ。
梅の苗木は、グレンジャーの屋敷と新居の屋敷に植えたよ。継枝もして、領地にも増やしたい。梅の実があれば、色々と料理の幅が広がるからね。
問題の種籾、ローレンス王国やコルドバ王国では、長粒種は畑で栽培していると聞いたけど、カルディナ帝国では水田なんだよね。
ふぅ、リンネル教授に要相談かも?
「ペイシェンス? 他にも何か?」
パーシバルにこれ以上手を出す事について説明しにくいけど、相談すると約束したからね。
「一気には無理ですよ!」と言われても、種籾は長く置かない方が良いと思う。
「何とかなりますわ!」きっとね!




