なんとか帰国してくれて、ほっとしたよ
一晩、馬の王が王宮に留まって、少しドキドキした。サンダーが一緒だし、普段は私が寮に居たりしているんだけどね。
「お姉様、馬の王はいつ帰ってくるのですか?」
ナシウスと違って、いつも家にいるヘンリーが一番長く馬の王と一緒にいるのかも。
「マチウス陛下の美しき雪号と一緒に居たいみたいです。いつ帰って来るのかはわかりませんわ」
馬の発情期って知らないんだもん。雌が発情して、それに雄が応えるって感じには理解しているけど……これまでの馬の王のお見合い相手、全頭が妊娠した訳じゃないみたい。それでも、ほぼ妊娠したとサンダーが嬉しそうだったから、確率は人間より高いんじゃないかな?
雌馬は妊娠したら、雄馬に興味が無くなると聞いたから、美しき雪号が知らんぷりしたら、馬の王も帰って来ると思いたい。
日曜、そろそろ寮に行かなきゃと思っていたら、馬の王が帰宅した。
「帰って来たのね! 良かったわ」
もしかしたらと危ぶんでいたのでホッとしたよ。
『ブヒヒヒヒン、ブヒヒヒヒン、ブヒヒヒヒン!』
『美しき雪号は綺麗だけど、私の主はお前だ!』って感じだよね?
サンダーも一緒に帰って来てホッとしているみたい。はっきりとは美しき雪号との関係については聞かなかったけど、かなりお熱い感じだったようだ。
「あちらにいる間に、お見合い計画があった雌馬達との予定が押しています! 雌馬の発情期を逃さないと良いのですが……」
その件については、サンダーにお任せして、私はナシウスと寮に向かう。
「そろそろ青葉祭の準備が忙しくなるけど、歴史研究クラブの方は大丈夫なの?」
錬金術クラブの出し物は熱気球、それと料理クラブに協力して貰って色々な味の綿菓子と決まっている。
「歴史研究クラブでは、やはりノースコートのカザリア帝国の遺跡について発表する事になりました。夏休みに本格的に調査する予定ですが、去年のフィリップス様の調査報告を元にした発表です」
なるほどね! 今回は、最後の執政官やローレンス王国からの撤退について調べるみたい。
「お姉様、音楽クラブの発表はどうなのですか? アンジェラは初めてだから不安なのではないでしょうか?」
従姪のアンジェラの心配までするなんて、ナシウスは優しいね。
「アンジェラの新曲はもう出来上がっていますし、私が前に作った曲もよく練習していますから大丈夫ですよ」
これは、本当にサミュエルの手伝いもあったけど、アンジェラ自身も音楽的な才能があるから、心配ないんだよね。
私は……グリークラブへの新曲提供は何とか逃れられたけど、リュミエラ王女がコーラスクラブの新部長になりそうだから、そちらに何曲か前世のコーラス曲を提供したりして忙しかったんだ。
コーラスの定番曲、そして青葉祭に相応しい青春の曲を思い出しながらハノンで弾いて、サミュエルに楽譜にして貰った。
本当にサミュエル様様だよ。協力が無かったら、領地に行く暇が取れなかったと思う。
「ペイシェンス! お疲れ様だったわね」
寮に着いたら、マーガレット王女に労われた。私が乗馬を苦手にしているのを知っているからね。
「デーン王国の国王陛下ご夫妻は帰国されたのですか?」
これ、重要だから聞いておく。パーシバルは、日曜は父親のお手伝いで訪問できなかったからね。
「ええ、パーシバルは途中までお見送りしていると聞いたわ。ペイシェンス、寂しいでしょう」
パーシバルも私の領地行きに付き合う為に金曜と月曜の授業を取っていないから、火曜日に戻って来る感じかもね。
デーン王国の国王夫妻が帰国して、ほっとしたけど、青葉祭の準備で忙しい。領地の方は管理人に丸投げ状態だけど、何とかして今週末は領地に出向きたい。
「えっ、熱気球の試乗の申し込みがこんなに!」
月曜は、元々、授業は取っていなかったので錬金術クラブに行ったら、カエサル部長が頭を抱えていた。
「学生は勿論だけど、保護者も乗りたいと言う方が多い。三機では、回しきれないかもな……」
一人はクラブメンバーを乗せて、降りる際に綱を引いて温かい空気を逃さないといけない。
「学生は、他の体験コーナーにして貰うとかは如何でしょう」
でも、それって本末転倒だよね。青葉祭は、基本的に王立学園の学生の為のお祭りだもの。
「それは……二日、熱気球を飛ばすのはありかもしれないな。青葉祭の前日と当日と……ただ、そうなると掛け持ちをしているクラブメンバーの負担が増える」
うっ、それは私も困るよ。音楽クラブの新曲発表会とグリークラブの伴奏の稽古があるからね。コーラスクラブの方はハノンの伴奏だけだから、私は曲の提供だけで終わっている。
「掛け持ちしているメンバーは、ペイシェンスとナシウスだよな」
アーサーも卒業単位は、ほぼ取っているのか、朝一からクラブハウスに来ている。
「ナシウスは初等科の二年だし、あまりサボるのは良くないと思うわ。それに歴史クラブは人数も多くないから」
彼方は、青葉祭の当日は、自分の当番の時間以外は、錬金術クラブに来ても良さそうだけど、前日は資料を展示する準備が大変そうなんだよね。
「ペイシェンスは、前日も当日も音楽クラブとグリークラブの練習と発表の時は駄目なのだなぁ」
カエサルが大きな溜息をつく。
「ええ、今年はグリークラブに楽曲を提供していませんし、伴奏ぐらいは協力したいと考えています。最後の発表会になりますから」
今年で卒業するからね!
「えっ、ペイシェンスは今年で卒業するのか!」
あらら、カエサル部長やアーサーには言っていなかったっけ? 二月に、カエサル部長は卒業したらどうだと勧めてくれたけど? マーガレット王女の側仕えの件があるから、はっきりとは言っていなかったかも。
「ええ、単位も春学期で殆ど取れますから……」
そんな事は聞いてない! と二人に詰め寄られた。
「ベンジャミンと一緒に錬金術クラブを盛り立てていって欲しかったのに!」
相変わらず、カエサル部長の錬金術愛は深いな。勝手に錬金術クラブの幹部に考えていたのかな。
「まぁ、ペイシェンスはもう子爵として領地の管理もしなくていけないだろうからな。それにしても、専攻と指導教授は誰なんだ?」
アーサーは、ロマノ大学の方に興味があるみたい。
「なぁ、ペイシェンスはゲイツ様の魔法の指導は続けるのだろう? ついでに錬金術学科にしたらどうだ?」
カエサル部長の熱烈な勧誘だけど、こればかりはお断り!
「領地管理のアダム・ザッカーマン教授の指導を受けたいと思っています」
きっぱり言い切った。でも、カエサル部長は未練たらたら。
「ロマノ大学で錬金術クラブに入らないか? アーサーも入るのだ!」
それは、楽しそうだとは思うけど……顧問があの教授でしょ?
「グース教授の近くには行きたくないのです」
ガッカリと肩を落とすカエサル部長には悪いけど、これからは領地を優先したいんだ。




