馬の王とマチウス陛下
やれやれ、なんとか昼食会を終えた。これで、お家に帰れるかな?
土曜の半日を使わされたけど、これから帰ってナシウスとヘンリーとでいちご狩りをして、もう一つの温室にメロンとスイカを植えよう! なんて考えていた。
前からある温室は、バラといちごとアルーシュ王子のお土産の蘭っぽい花を植えている。南国の花が上手く咲くと良いな。楽しみ!
温室が増えたから、観賞用の花と野菜は別にする方針を決めたのだけど、何となくいちごはこちらにしちゃったんだ。屋敷に近いから弟達といちご狩りしやすいからね。
いつもながら、呑気だったなぁ。デーン王国の馬好き具合を理解できていなかったのだ。
さて、パーシバルとお暇しようと思っていたのに『待った!』が掛かった。
勿論、馬好きのマチウス陛下からだ。オーディン王子も少し止めようとしてくれたけど、貫禄負けだね。
ショタ好きの私としては、オーディン王子の細さが良いんだけど、片手で押し除けられていたよ。
「デーン王国の伝説の八本脚! それをこの目で見られたのは、我が生涯一の幸福だ!」
えっ、横のキルスティナ王妃やオーディン王子を得たよりも幸せだと聞こえるよ。私なら、パーシバルがそんな事を口にしたら気分が悪くなる。一週間ぐらい口をききたくないかも?
そう呆れていたら、流石のキルスティナ王妃もマチウス陛下の腕を掴んでいた。
「マチウス様、お行儀よくすると約束したではありませんか?」
微笑むキルスティナ王妃、とても美しくてクールビューティ! 氷の女王様みたい。
「キルスティナ、行儀良くしているではないか……それに馬の王を賛美するのは、自然な事だろう?」
あらら、強面のバイキングみたいなマチウス陛下だけど、王妃様には弱いようだね。
「馬の王に一度乗せて貰いたい」
ああ、そういう感じのお願いなんだね。
「馬の王は、とても気遣いのある子なので、他のスレイプニルの主は乗せないのですが……」
これを断り文句にしているんだけど、相手は引かない。
「それは事前に聞いていたが、私の美しき雪号の許可は得るつもりだから、一度試してみたいのだ」
断りたいけど、モラン伯爵からお願い視線が……仕方ないなぁ。
帰るつもりだったけど、馬場に移動する。そこに馬の王が連れて来られて、マチウス陛下を乗せても良いか尋ねるのだけど……何だか雰囲気が違う。
『ブヒヒヒヒン!』
『あの美人は誰だ?』って気がそぞろなんだよ。
マチウス陛下の美しき雪号も他のスレイプニルに乗る許可を得る為に馬場に連れて来られたのだけど、確かに白い美しいスレイプニルだ。
「マチウス陛下の美しき雪号よ。許可が出たら、乗せてくれる?」
なんだか嫌な予感がする。
『ブヒヒヒヒン!』と馬の王は美しき雪号に駆け寄ると、彼方も嫌がる感じがない。
「美しき雪号よ、馬の王に乗るのを許可してくれるか?」
上機嫌のマチウス陛下。ああ、これって馬の美人さんなんだろうね。
『ブヒヒン!』
美しき雪号の許可が出て、馬の王に乗ってマチウス陛下が馬場を何周かしている間、私はサンダーと第一騎士団長から質問攻めだ。
「何故、馬の王は他のスレイプニルの主なのに乗せているのですか?」
これは今まで第一騎士団の騎士達の断り文句になっていたから、困ったなぁ。
「ペイシェンス様、馬の王はもしかして美しき雪号に惚れたのでは? まさかデーン王国に付いて行くとか言い出しませんよね!」
サンダーは、第一騎士団長どころじゃなく真っ青な顔で私に質問する。
「さぁ、美しき雪号は綺麗だと私も思いますが、スレイプニル的にもそうなのかも? 何歳ぐらいなのでしょう?」
私は馬に関してはど素人だけど、横のパーシバルや第一騎士団長やサンダーは、見た目だけでもわかるのか、あれこれ話し出した。
「美しき雪号は、十五歳にはなっていそうです」
パーシバルは、前にデーン王国で美しき雪号を間近で見たみたい。
「十五歳かぁ、年上だなぁ」
第一騎士団長、レディに失礼だよ。馬の年齢には詳しくないけどさ。
「普通の馬の繁殖年齢は四歳ぐらいから十四、五歳までですが……スレイプニルの寿命は長いそうですから」
サンダーは、スレイプニルについてあれこれ文献を読んで、勉強しているけど、デーン王国は他国に知られたくないのか資料が少ないみたい。
「スレイプニルの寿命は、四十歳とも五十歳とも言われています。そんな事もご存じなくて、馬の王の世話がちゃんとできるのですか?」
ああ、うるさいガイアス卿がサンダーに意地悪を言っている。馬の王のお嫁さん候補を絞られてお怒りみたいだけど、ローレンス王国の方を優先するのが当たり前だと思う。
「ガイアス卿、馬の王は何歳ぐらいまで生きられるのかしら?」
一応、馬の王の主としての私の質問には、丁寧に答えてくれる。
「スレイプニルは、飼い主との縁で寿命も決まると言われています。マチウス陛下の美しき雪号は、二代目のスレイプニルですが、普通は生涯に一頭のスレイプニルです。だから、飼い主の健康、魔力などが影響するのだと推察されます」
つまり、寿命はあってなきが如くなんだね。
「それなら、馬の王は長生きしてくれるのですね!」
これ、とても重要! ペットとか自分より早く亡くなるのって、凄く悲しいからね。
「ペイシェンス様は、お若いし、魔力も多い。それに八本脚だから、何十年も、いや百年生きるかもしれません!」
ははは、百歳越えまで私が生きるとは思えないけど、長生きはしたいな。短命だった元ペイシェンスと前世の私の分までね。
マチウス陛下を乗せて、何周か走った馬の王は、美しき雪号の前で止まった。
『ブヒヒヒヒン!』『ブヒヒン!』
何だかピンクのハートが飛び交っている様な? まずくない? 目の前でエッチとかやめて欲しい。
「これは……こうなったら、王宮の馬房をお借りするしかない!」
馬の発情は、未婚の令嬢の見るべきものでは無いって扱いなので、ここからはサンダーに任せる。ただ、マチアス陛下の美しき雪号が相手なので、馬の王がメロメロになっちゃうかもね。
「ペイシェンス様は、お先にお屋敷にお戻り下さい」
サンダーにそう言われたけど、馬の王がこのままデーン王国に行ったら寂しいよ。前は、朝早くの運動とかで、少し厄介だと思っていたんだけどさ。情が移っているんだもん。
「ペイシェンス、馬の王は君を主にしたのだから、離れたりはしないよ」
パーシバルにそう慰められる。王宮の馬車で送って貰ったけど、この晩は馬の王は屋敷に戻って来なかった。
「お姉様、馬の王は王宮にお泊まりするのですか?」
ヘンリーがいちごを籠に入れながら質問する。
「ええ、多分ね……」としか答えられない。
これまでも、屋敷だけじゃなく、王宮でお見合いもしていたけど、お泊まりした事は無かった。
熟女の美しき雪号に夢中なのかも? でも、本来は広大な草原を駈ける方が馬の王には似合っているのかも……いちごのパフェを弟達と食べながらも、何となく気分は浮上しなかった。




