デーン王国の国王夫妻訪問
金曜は、家でまったりするつもりだったけど、やはりバタバタしちゃったね。
ヘンリーとは少し時間をとって、一緒に音楽やダンスをしたり、絵を描いたりしたけど、乗馬まですることになったのは、計算外だったな。
「お姉様は、土曜に王宮まで馬の王で行かれるのでしょう」
何の悪意も無く言われると辛い。そうなんだよね。パーシバルと一緒に行く予定だけど、あまりにお粗末な乗馬だと恥ずかしい。
「ええ、練習しておきましょう。ヘンリーもクラーレに乗れるようになりましたか?」
本当なら今年の誕生日プレゼントのはずだったベージュ色の戦馬、サンダーに調教して貰うために引き取ったんだ。
ヘンリーは大喜びでクラーレと名付けたんだけど、それって馬の色のまんまだよね。ネーミングセンスは無いけど、ヘンリーは可愛いから良いんだよ。
「サンダーさんがまだクラーレに乗るのは無理だと言うから、マロンに乗っています。もっと私の乗馬技術が上になるか、クラーレが上手くなるか、どちらが先になるかと笑われました」
マロンは、来年の春には馬の王とお見合い予定だから、それまでにクラーレに乗れるようになると良いね。
「ブヒヒン!」
『久しぶりだ!』と、馬の王に文句を言われたけど、そちらも忙しそうだったんじゃん。あまり、その現場には近寄らない様にしていたけど、何頭もの雌馬やスレイプニルが今も来ている。
「王宮にはペイシェンス様が乗って行かれるのですか?」
サンダーが心配そうだ。
「早朝ならそうしますけど、昼食会の前ですからパーシー様と一緒に乗って行くつもりです」
かなり、ロマノの人達も馬の王を見慣れてきたけど、私は人がいっぱいいる時間帯は、自信がないからね。
「それが宜しゅうございます」
そこまでは良かったけど、サンダーは少し心配そうだ。多分、デーン王国の雌馬、スレイプニルをサンダーが立てたお見合い計画にゴリ押しされるのを案じているのだろう。
「サンダー、後は外務省に任せるわ」
練習は、なかなか上手くいったよ。領地でも乗っていたからね。
ここからメアリーに捕まって、昼食会に着るドレスの相談だ。
「馬の王に乗って行かれなければ、どのドレスでも大丈夫ですのに」
不満そうだけど、乗馬服じゃないと私は乗れないからね。
「着替える部屋は用意して下さるそうよ」
ただ、あまりお待たせするわけにいかないから、すぐに着替えられるドレスにしなきゃね。
「髪型も凝った物にはできませんし……でも、新作の春のドレスが出来上がって良かったです」
乗馬服とドレスに似合う髪型にメアリーは悩んでいたけど、結局は編み込みを多用した複雑で可愛い髪型になった。
「これなら、乗馬服でもおかしくありませんし、黄色のドレスに着替えたら、この髪飾りをつければ華やかになります」
土曜の朝、身支度はメアリーに任せて、私はパーシバルが来るのを待つ。どうやら、外務省はデーン王国の申し出を強硬過ぎると拒否したいみたいだけど、ジェーン王女の縁談もあるから、緩やかな言い方にしたいそうだ。
つまり、私にこの程度にして欲しいと書簡が届いたのだけど……サンダーに見せたら激おこだったんだよね。
サンダーもある程度はデーン王国のスレイプニルもお見合い相手に予定していたけど、彼方からも何頭も連れて来られるとは考えていなかったみたい。
ローレンス王国には、現在は雌のスレイプニルは8頭だけだし、デーン王国に譲った雌は7頭。だから、戦馬や優れた血統の馬とのお見合いを計画していたサンダーだったんだけど、デーン王国本土からスレイプニルがかなり連れてこられるみたい。
「その上、戦馬や普通の馬なんか相手にさせないなんて、勝手な事を!」
デーン王国としては八本脚のスレイプニルが欲しいので、スレイプニル以外は駄目だって態度みたい。
「そこら辺は、こちらも主張するそうだから……」
怒れるサンダーを宥める。だって、馬の王は私の馬なんだから、こちらを優先しちゃうよ。まぁ、マチウス陛下の顔を立てるようには配慮するけどさ。
「パーシバル様がいらっしゃいました」
呼びに来られたから、下に降りたけど、パーシバルだけじゃない。
「ガブリエル団長様も一緒なのですか?」
第一騎士団の団長様がパーシバルの横に立ってて、少し驚いた。聞いてなかったよ。
「ええ、ロマノの街中を馬の王で行くのは、少し目立ちますからね」
そうなんだと、馬房に行こうとしたら、いつもの護衛だけじゃなく、第一騎士団のメンバーも数人待機していた。これってデーン王国がまだ八本脚のスレイプニルに執着しているからかな? 行く前から、憂鬱な気分。
「さぁ、行きましょう!」
パーシバルと相乗りは楽しいけど、少しナーバスな私だ。
昼食前とはいえ、十時にはなっていないけど、ロマノの街には人がいっぱいいた。普段は、貴族街にこんなに人はいないよね?
それを、第一騎士団のメンバーが警護してくれている中、馬の王と王宮に向かうのだ。屋敷が王宮に近くて良かったし、下町とかじゃ無くて本当に嬉しいよ。乗る時間が少なくてすむから、近いって良いね。
やっと王宮に着いてホッとした。騎士団長に先導されて、いつもの運動場に向かったけど、そこにテントが建ってて、中で接待できるようにしてある。
「あれって、デーン王国の国王夫妻用のテントなのかしら?」
小声でパーシバルに尋ねる。もう、帰りたい気分だよ。
「ええ、あちらのマチウス陛下は、馬の王の走っている姿を是非見たいとおっしゃったそうですから」
そうなんだね……私が乗らなくて良いなら、幾らでも見て欲しいけど、やはり私が乗るのかな?
「ペイシェンスは、数回周ったら、降りても良いと思いますよ」
パーシバルのアドバイスだけが救いだ。
なのに、彼方はそんな気遣いはする気がなさそうなんだよね。馬の王の主としての実力を知りたいとかさぁ。初対面の令嬢に何を期待しているの?
あのねぇ、私は騎士でもなければ、乗馬クラブでもないんだよ! と内心で罵りながら、馬の王に乗って馬場を何周も走らせている。それもパーシバル抜きで! これ、重要だからね。
二人乗りなら、心強いし、なんて言ってもパーシバルと近いのは嬉しいのだ。メアリーの監視が厳しくて、こんな時じゃないと身体的接触はないに等しいから。
「ふむ、馬の王は素晴らしい!」
おい、おっさん! 怒るぞ! なんてペイシェンスのマナー縛りがあるから言わないけどさ。私の苦労を労る気はないんだね。
「ペイシェンスは疲れたでしょう。パーシバルに代わったら如何でしょう」
王妃様はわかっているからね! その横のオーディン王子をごつくしてバイキングぽくしたおっさんに、レディへの心遣いを教えてやって欲しいよ。
デーン王国のマチウス陛下、髪の色や目の色はオーディン王子そっくりだけど、ゴツイ! 私の好みじゃないね。
もし、オーディン王子が年を取ったらこんな風になるなら、ジェーン王女が気の毒だよ。
でも、その横のキルスティナ王妃は、綺麗な銀髪を王冠の様に編み上げている背が高いスレンダーな美人さんだ。王子は、こちらに似てくれたら良いな。
やっと、馬の王から降りて、ジェーン王女の横に座って、パーシバルが馬の王を走らせているのを見学する。
ホッとしたのも束の間、あの気遣いなし陛下から、あれこれ質問責めだ。もう、お家に帰りたい気分。
「ペイシェンス、昼食用に着替えなくてはいけないのでは?」
王妃様にまたも救われたよ。控え室にはメアリーが居て、素早くドレスに着替える。
昼食会は、ジェーン王女やマーガレット王女達と近くだったので助かったよ。まぁ、オーディン王子やパリス王子も近いけど、パーシバルも近いから若い者ばかりで気が楽。
それに、若い者はこんな正式な昼食会では余計な口は開かなくて良いからね。
私は、お行儀良く食べているだけで良さそう。
デーン王国のモーガン大使がパーシバルの父親のモラン外務大臣とあれこれ話しているけど、席が遠くて良かった。きっと、馬の王のお見合い相手の件だと思う。
昼食会の後は、サロンでお茶を頂いたけど、ここで私は若者組だったので良かった。ただ、モラン外務大臣とモーガン大使が隅でかなり厳しい口調で話し合っているのが気になったけどさ。




