ハープシャー領内の開発計画
流石のラドリー様でもハープシャー館の改修は、一日ではできない。
「外装や水回りの配管工事が終わっただけでも驚きですわ」
前世だったら、これだけで半月? いや数ヶ月掛かったんじゃないかな。
「私はノースコートに戻りますが、ラドリー様はモランに行かれますか?」
テキパキと改修工事を進めていたラドリー様が腕を組んで悩む。
「ノースコートにはペイシェンス様の料理人がいる。でも、屋敷の改修を頼む貴族が面倒だ……今夜はノースコートに泊まり、明日からはモラン伯爵領にお邪魔しよう」
何故なら、途中でゲイツ様が抜けてマッドクラブを狩ったのを知っているからね。
「ふふふん、今夜は蟹鍋ですよ! 雑炊が食べられるのだ」
ご機嫌なゲイツ様を、ラドリー様は羨ましそうに眺める。
「貴方は傲慢な態度で貴族達を寄せ付けないから、こんな時は楽ですね。私は、貴方より常識があるから困るのです」
確かに、その通りかも。
「失礼な! 私の場合は、文句を言わせない実力があるからです」
ううむ、そうなのかな? 実力があっても常識的な人もいるんじゃないの?
「ペイシェンス様も、頑張って実力を付ければ、他人の目など気にしなくて良くなるし、外国に行けるかもしれませんよ。手を出したら痛い目に遭うと知らせるのです。どうですか? 王都に戻ったらモンタギュー司教を一緒に虐めて遊びませんか? ハープシャーに自分の手下を送ろうとしたのですから、少しお灸を据えたら良いのです」
いや、それは遠慮しておくよ。
「サリンジャーもこの件は黙ってはおかないと、張り切っていました。さて、今回はどんな目に遭わせましょうか?」
えっ、常識人だと思っていたサリンジャーさんが? やはり魔法省は近づいてはいけない部署かも?
「ペイシェンス、あまり酷いことはしないように」
えっ、パーシバル! そんな疑う目で見ないで。
「しませんから!」
きちんと断っておく。このところ、パーシバルの目が厳しい気がするよ。お淑やかな令嬢の化けの皮が剥がれているからかな。
「パーシバルもペイシェンス様の婚約者なら、そんな柔な心構えではついていけなくなりますよ。護る気があるなら、もっと身体も心も鍛えなくては!」
パーシバルとゲイツ様の視線がバチバチしている。
「勿論です。私はペイシェンス様を護ります。それを譲る気はありません」
えっ? そんな話だったっけ?
「ははは、これは良い物を見せて頂きましたね。若い方達は良いですねぇ」
ラドリー様は、面白そうに笑っているけど、私は居心地が悪い。もしかして、ゲイツ様と一緒にいるのってパーシバル的には苛つくのかな。
後で、パーシバルとゆっくりと話し合わなくては。
ノースコートの館に戻って、私はパーシバルと話し合いたいとメアリーに相談する。
「応接室には、お客の貴族の一行様がいらっしゃいますし、かと言ってお嬢様のお部屋には通せません」
ふぅ、パーシバルと話し合うのもなかなか難しいけど、メアリーが良いアイデアを提案してくれた。
「応接室の皆様も夕食の為にお着替えになります。お嬢様とパーシバル様は、早めにお着替えになって、他の方がいない間、応接室で話し合いをされたら良いのでは?」
うん、それに決定! パーシバルに簡単に話し合いをする為に、早めに着替えて応接室に来て貰うように手紙を書く。
私も急いでお風呂に入って、メアリーに着替えを手伝って貰う。
「婚約者様とお話合いになるのですから、手抜きはできませんよ」
急いで欲しいのに、髪の毛を複雑に半分結い上げる。ちょっと背も伸びて、ハーフアップよりも大人っぽい髪型も似合うようになったんだ。
薔薇の香水はやめて、軽いジャスミンの香りが今のお気に入り。
石鹸やシャンプーにもこの香りを使いたいな。
「パーシー様、急がせて申し訳ありません」
やったね! 思惑通り、他の人はお着替えの真っ最中だ。
「いえ、ペイシェンス、とても綺麗ですよ」
パーシバルが褒めてくれると嬉しくなる。これ、重要だよね。
応接室のソファーに座って、二人で話し合う。メアリーは隅の椅子に座って、ビーズ刺繍をしている。前はシャツとかを縫っていたけど、今はお針子さんはいっぱいいるから、時間の掛かる刺繍とかをしている事が多い。これは、私のドレスの共布だから、きっと髪飾りになるのだろう。
「パーシー様とハープシャーの領地の改革について話し合いたかったのです」
これは本音だけど、それだけじゃない。近頃、ゲイツ様やラドリー様と話す時間が多くて、私的にはパーシバル成分が足りないんだ。
「もしかして、昼の件を気に病んでおられるのですか?」
パーシバルは、気づいたみたい。
「私は、父親の手管には及びませんが、ペイシェンスがやりたい事を十分にやれるようにサポートする覚悟は決めました。だから、気にせず、やりたい事をやって下さい」
前はブレーキ役っぽかったパーシバルなのに、どんな心境の変化が?
「でも、それでは本末転倒ですわ。私がパーシー様のお役に立ちたいのに」
外交官になるパーシバルと一緒に外国に行けないだけでもハンデなのに、こちらをフォローして貰うだなんて。
「私がペイシェンスと結婚したいと思ったのは、可愛くて、優しくて、賢くて、色々な発明をする才能溢れる女の子だからです。貴女の才能を活かすお手伝いをしたいと考えるようになりました。でも、一気に進めるのは反対ですけどね」
二人で何からしたら良いのか話し合う。
「先ずは、ハープシャーの葡萄園を少しずつ新しい木に植え替えていきましょう。これは、管理人に任せれば良いですね」
私は、葡萄畑は素人だから任せるよ。
「味噌と醤油は、初めはハープシャー館の使用人で作りませんか? どうやら、教育を受けた領民は少ないみたいですから、先ずは館で雇って知識を身につけさせたら良いと思います」
やっと、掃除や料理ができるように地元の若い女の子と男の子を雇ったけど、字も読めない状態で驚いた。孤児院出身のミミ達の方が、まだ簡単な文字は読み書きできていたんだ。
「それと同時に学校もなんとかしなくてはいけませんわ」
パーシバルも頷いている。
「ペイシェンスは、教会とは近づきたく無いでしょうが、今は教会しか使えません。いずれは、教育を受けた子を教師に雇えるようになれば、教会とは別に教育施設を作っても、運営できるようになるでしょう」
子どもは、これから教育するにしても、もう働かなくてはいけない年頃の12歳ごろの若者は、うちで雇って教育を最低限してから、味噌、醤油、ソース、魚の干物工場などで働いて貰っても良さそう。
「いずれは、工場で働く人の寮とかも作りたいです」
パーシバルも頷く。
「それと、宿屋も少しマシなのが欲しいですね。夏休みになったら、ノースコートでは泊まりきれないでしょう。グレンジャー館に学生達を泊めても良さそうですが……改修工事は間に合っても、使用人はどうかな?」
ノースコート伯爵もホテルを建設中だけど、働く人が不足しているみたい。
今は、ノースコート館で大勢のメイド、下僕、料理人を訓練中みたいだ。
「あのう、王都で人材を募集してはいけないのかしら? ハープシャーもグレンジャーも働き手が少ない気がするの」
パーシバルは、すこし考える。
「確かに王都の方が人材は多いでしょうが、田舎に行きたがる人がいるかどうか。それと、やはり領民の働き場所の確保になる方が良いと思います。今は、領都ぐらいしか知られていませんが、田舎の村の子も働き場所が必要です」
ああ、そうだよね! 寂れた村にも何十人も住んでいるのだ。
ここからは、二人で少しだけ甘い話をする。だって婚約者なんだもん。
「私もパーシー様と一緒にロマノ大学に行きたくなりました」
本音だよ。錬金術クラブは楽しいけど、新しい分野の勉強もしたいし、パーシバルと一緒のキャンパスライフも送りたい。
「マーガレット様も学友達と過ごしておられるし、パリス王子との婚約も決まりそうですからね」
「えっ、知りませんでしたわ!」
パーシバルが面白そうに笑う。
「まだ、本決まりではありませんが、どちらの国にとっても悪い話ではないという事になりそうです」
「でも、カレン王女とキース王子の件は?」
こちらがあるから、パリス王子との縁談は無いと思っていたんだ。
「お互いに王女を嫁がせるというのが、良かったみたいですよ」
つまり、大事にしないと駄目って感じなのかな。
「王妃様は反対されるのでは?」
「前のマーガレット様なら、反対されていたでしょうが、かなり頑張っておられますからね」
確かにね! 文官コースの勉強も頑張っているし、パリス王子ばかりを目で追うような態度も控えている。
「でも、ソニア王国の国王夫妻は冷え切っているし、王宮の雰囲気も悪いのでは?」
これが一番の心配なんだ。一緒に付いて行ってあげられないからね。
「だから、ペイシェンスも頑張って転移の魔法を覚えなくてはね!」
えっ、意味不明だよ。
「ゲイツ様の言う事も一理あるのですよ。ペイシェンスが強くなって、エステナ聖皇国も手出しできなくなれば、マーガレット王女の嫁入りに付き添えるようになるかもしれませんよ」
「えっ、でもあそこの王宮にはエステナ聖皇国からのマルケス特使がいると聞きましたわ」
パーシバルがマルケス特使と聞いて「少し厄介ですね」と言っていたら、ゲイツ様がやってきて、私たちの会話に口を挟む。
「そんなマルケス特使などペイシェンス様の小指の先で吹っ飛ばしたら良いのです」
ひぇぇ、パーシバルも笑って頷いているけど、それで良いのかな? でも、そうなったら、パーシバルと一緒に外国に行けるのかも?




