馬喰は危険地帯かも?
ゲイツ様とサリンジャーさんがリヴァイアサンの討伐に遠征しているので、何となく私は暇になった。いや、実際は暇じゃないんだけど、やはり気が抜けたのかもしれない。
三月の中旬まで、ノースコート伯爵夫妻は領地に行かないと手紙が届いたので、私も領地に行けないんだよね。未婚の令嬢って親戚の保護が無いと駄目だなんて困ったな。
ただ、ハープシャーの館が住める様になったら、ちょこっと変わるんだ。だって自分の家だからね。
彼方にも女の使用人もいるし、カミュ先生やメアリーに付き添って貰う。パーシバルは、モラン伯爵館に泊まらないといけないんだけどさ。
モラン伯爵領からきて貰った執事見習いハーパーと女中頭の娘のリラが館の方の執事(仮)と家政婦(仮)として、領地の若い子を十人ほど雇って教育している。
ただ、若い子だけでは屋敷の管理も行き届かないから、未亡人や年配の男の人も雇いたいとモンテスから手紙が届いた。
「今週末は、馬喰に行こうと思っています」
パーシバルの目が煌めく。いや、乗馬用の馬も買うけど、高いのは駄目ってモンテスに言われていたでしょ。
「分かっています。予算は聞きましたから」
釘を刺されていたからね。ただ、今回は他の用事もあるんだよね。
「預けていた戦馬を引き取るのと、やっと馬車ができたので、その馬も買わないといけないのです」
馬車とその馬は、私の個人資産から払う。だって、お嫁に持っていく予定だからね。馬車の扉の紋は、グレンジャー家のままだけど、お嫁に行く時にモラン家に変えるのかもね。
「それは、良いですね!」
やはり、パーシバルは馬関係だとテンションが上がるね。私は、馬は……馬だとしか分からないから、任せよう。
王立学園で明明と時々会っている。月曜の午後とか、下のカフェでお茶をするんだ。
「やっと下級薬草を育てられそうです! 下級回復薬は、何とか合格できました!」
まだ収穫はできてないけど、光の魔法持ちの明明は、浄水も作れそうだからね。
「カルディナ帝国の薬草とは違いがあると思うので、宜しかったら教えて頂きたいですわ。私は、ロマノ大学でも薬草学を学びたいと思っています」
明明も、目を輝かす。
「私もローレンス王国の歴史や文化をもっと学びたいと思える様になりました。外国の文化を知ると、自分の国の良い面や悪い面も分かってきます」
それは、そうだと思うよ。
「第二外国語はカルディナ帝国語なのです。明明様に教えて頂きたいですわ」
明明が笑いながら承諾してくれたので、領地に行かない月曜の午後はカルディナ帝国語でお話をすることになった。時々、パーシバルも参加するけど、青葉祭までは忙しいみたい。
話し合いと言えば、アルーシュ王子とザッシュから南の大陸の竜について情報を得たよ。
「アルーシュ様、お土産に頂いた蘭の花が蕾を付けました」
南国の花、温室で育てているんだ。先ずは、遠い所から話を始める。
「それは良かった! いずれは、薬草の種も持ってきたいが、薬草は使い方を間違えると毒にもなるからな」
それは、凄く興味があるけど、いちごや食べ物を植えている温室では無理かもね。
「あのう、ゲイツ様がリヴァイアサンの討伐に行かれたのですが、そんなに南の海は危険なのですか?」
アルーシュ王子は、何故、寮の夕食時に私がパーシバルと話しかけてきたのか理解したみたい。一緒の席で食べながら話をする。
「バラク王国は海岸ぐらいしか船は出さないから、リヴァイアサンの被害は受けていないのだ。だが、コルドバ王国の商船は被害が出たと聞いている」
それはグラント元提督も話していたよ。
「南の谷の竜も活発になっているとか?」
パーシバルが質問する。海より、そちらが気になるみたい。
「ああ、まだ谷から出たとは聞いていないが、竜が活動的になると、谷から強い魔物が溢れてくるのだ。兄上達も討伐に向かわれている」
王族も大変なんだね。まぁ、リチャード王子も魔物討伐に参加していたけどさ。
「アルーシュ様は、ロマノ大学で魔法を学びたいと言われていましたが、それはもしかして?」
私が水を向けると、アルーシュ王子は笑う。
「それが知りたかったのか? ペイシェンスは来年はロマノ大学に進学するのか?」
質問に質問! やはり、一筋縄に行かないね。
「まだ考え中なのです。ただ、指導教授は決めましたわ」
「うん? ゲイツ様はロマノ大学の教授ではないのでは?」
「いえ、ザッカーマン教授に指導して頂くつもりです」
知らないのか首を捻っている。魔法科の教授は調べているみたいだけど、領地管理だからね。
「領地管理の教授なのですよ」
パーシバルがサポートして、話が進む。
「ゲイツ様がアルーシュ様に魔法訓練をしても良いと言われていました」
ガタン! とアルーシュ王子が席を立つ。
「本当に! それは嬉しい!」
ザッシュも横で喜んでいる。
「それは、やはり竜の行動をゲイツ様が気にしておられるからだろうか?」
椅子に座り直して、真剣な顔で尋ねられた。
「さぁ、ゲイツ様が何を考えておられるのかはわかりませんわ。ただ、南の大陸の魔法の使い方に興味を持たれたのかも?」
どちらでも嬉しいみたい。
「万が一、竜が谷から出たら、今のままでは大被害が出る。そう考えてローレンス王国の魔法を学びに来たのだ。私は、今年で卒業して、ロマノ大学に進学するつもりだ」
アルーシュ王子の言葉に、ザッシュも頷いている。
「私も、もっと勉強しなくてはいけませんね」
できる事はしておかないとね!
裁縫の授業は、マーガレット王女とエリザベスは、少しデザインが選べないのに不満を言っていたけど、週に二回か三回で済むようになったみたい。
直線の所は、ミシンで助手が縫ってくれるから、はやくできそう。
「ペイシェンス! 馬喰に手紙を書いておきました。良い馬がいるそうです」
良い馬は良いけど、高価な馬は駄目なんだよ。
「分かっていますよ!」
私の疑いの目に気づいて、慌てて口にする。パーシバルを信じよう。だって、本当に馬の良し悪しなんかわからないからさ。
金曜の午後から、馬喰に行くことになった。メアリーを連れて行くんだけど、彼女も馬には興味がないから、もしかしてカミュ先生の方が良かったのかもね。
「ペイシェンス様!」
えっ、馬喰の爺様に熱烈歓迎されているんだけど? 何頭も馬を買うからなのかな?
「八本脚のスレイプニルの主になられたと聞きました」
ああ、馬好きなら知っていそう。
「ええ、でも繁殖はサンダーに任せているのです」
これをビシッと言わないと、自分の馬の売り込みが長くなるのは経験済みなんだ。
「王家の馬丁頭のサンダー様ですよね。うちの馬も素晴らしい血統のがいると一言お伝え願えますか?」
パーシバルが「そんな事より、乗馬用の馬と馬車用の馬を見せてくれ」と話を遮ってくれた。
私は、馬の良し悪しはわからないけど、なかなか良い馬みたい。
「モンテス氏のだけでなく、騎士や兵の馬も必要になります」
まだ騎士は雇っていないけど、兵士は募集している。館の警備とかも必要だからね。
私の馬車用の馬と領地の馬を買った。
「預けてある戦馬をサンダーが調教してくれるそうだから、屋敷に連れて来て下さい」
来年のヘンリーの誕生日プレゼントの予定だったけど、前倒しになるね。
「八本脚のお嫁さんになるような戦馬もいるのですが……」
まだ諦めていなかったのか、馬喰の爺様が最後まで言うけど、なんとか家に戻ったよ。
「馬喰は、危険地帯だわ」
私の呟きにパーシバルが肩を竦める。
「これから迎える春は恋のシーズンですからね」
やれやれ、当分は馬関係の人には近づかないようにしよう。




